私はジョシュ・コスコフです。コネチカット州の法廷で、そして愛する人を理不尽に奪われた家族たちの傍らで、長年「正義」とは何かを問い続けてきました。
あなたが私に「人生で一番大事なことは何か」と尋ねるなら、私は法的な専門用語ではなく、一人の人間として、そして多くの悲劇を目の当たりにしてきた一人の目撃者として答えたいと思います。
私にとって、人生で最も重要なこと、それは「真実のために立ち上がり、他者の痛みに対して『責任』を果たすこと」です。
そして、その根底にあるのは「共感(エンパシー)」という、人間が持つ最も強力で、かつ最も傷つきやすい能力です。
1. 沈黙を破る「責任」
私のキャリアの多くは、サンディフック小学校の銃乱射事件で子供を亡くした親たちや、理不尽な暴力、あるいは企業の傲慢によって生活を破壊された人々と共にありました。彼らの物語を聞くとき、私はいつも圧倒的な「重み」を感じます。それは、失われた命の重みであり、残された人々が背負わされた絶望の重みです。
多くの人は、こうした巨大な悲劇を前にすると「運が悪かった」「仕方がなかった」と目を逸らしてしまいます。あるいは、強大な権力や法律の壁(例えば、銃器メーカーを守るPLCAAのような法律)を見て、「どうせ勝てるはずがない」と諦めてしまいます。
しかし、人生において最も大切なのは、その「仕方がない」という沈黙を破ることです。
私たちがレミントン社を提訴したとき、周囲のほぼすべての法律家が「不可能だ」と言いました。連邦法が彼らを鉄壁の盾で守っていたからです。しかし、遺族たちは「お金」のために戦ったのではありません。彼らは「なぜ自分の子供が死ななければならなかったのか」という真実を明らかにし、二度と同じことが起きないように、誰かにその責任を取らせることを望んでいました。
「責任(Accountability)」を追求することは、愛の究極の形です。 誰かが間違ったことをし、それによって誰かが傷ついたとき、その間違いを正す努力を放棄することは、被害者の尊厳を否定することと同じです。真実を白日の下にさらし、責任ある者にその代償を払わせる。それが、壊された魂が再び前を向くための、唯一の、そして最も困難な道なのです。
2. 「共感」という最強の武器
弁護士という職業は、しばしば冷徹で計算高いものだと思われがちです。しかし、私の経験では、最高の法的議論は常に「心」から生まれます。
人生で大事なことの二つ目は、「他者の靴を履いて歩く」こと、つまり共感の力を信じることです。
サンディフックの親たちと対峙したとき、私は彼らの苦しみを単なる「案件」として見ることはできませんでした。私自身も親であり、一人の人間です。彼らが毎朝、二度と戻らない子供の部屋のドアを開けるときの痛みを想像すること。その痛みに寄り添い、自分のこととして憤ること。この「共感」こそが、私を動かすエンジンであり、法廷で陪審員の心を動かす唯一の手段でした。
アレックス・ジョーンズのような、嘘で人々を傷つける存在と戦ったときも同じです。彼は言葉を武器にして、悲しみに暮れる親たちにさらなる地獄を味わわせました。彼には共感が欠如していました。他人の苦しみを娯楽や利益に変える行為は、人間性の対極にあるものです。
私たちは、自分一人の幸せのために生きているのではありません。隣人が流している涙に気づき、その涙の原因が不当なものであるなら、共に怒り、共に歩む。この「他者との繋がり」こそが、人生に深い意味を与えてくれます。共感があるからこそ、私たちは自分よりも大きなもののために戦う勇気を持てるのです。
3. 「不可能」という言葉を疑う勇気
人生は、しばしば私たちに「壁」を突きつけてきます。「それは法律で決まっているから」「それは業界の常識だから」「相手が巨大すぎるから」。
しかし、私が学んだ最も大切な教訓の一つは、「正義がそこにあるなら、不可能に見える壁には必ず亀裂がある」ということです。
レミントン社との戦いで、私たちは銃器メーカーの「マーケティング」に着目しました。彼らが軍用兵器を、まるでアクション映画の主人公になれるかのように若者へ宣伝していた事実です。これは消費者保護の観点から見れば、明らかな逸脱でした。誰もが見逃していた、あるいは「無理だ」と切り捨てていた小さな隙間を突き、私たちは歴史を変えることができました。
あなたの人生においても、周囲が「無理だ」「無駄だ」と言う瞬間があるでしょう。しかし、もしあなたの目的が真実に基づき、他者を助けるためのものであるなら、その直感を信じてください。困難な道を選ぶこと自体に、価値があるのです。 楽な道を選んで得られる平穏よりも、正しいと信じることのために泥を跳ね飛ばしながら進む人生の方が、はるかに誇り高いものです。
4. 次の世代への「遺産」
人生の後半に差し掛かり、私が強く意識するのは「何を残すか」ということです。それは銀行の残高ではありません。
私が法廷で勝ち取った和解金や評決は、被害者たちの生活を支える助けにはなりますが、亡くなった子供たちを生き返らせることはできません。それでも私たちが戦い続けるのは、「未来の命を守るため」です。
人生で大事なことは、「自分が去った後の世界を、来たときよりも少しだけマシな場所にすること」です。
私がサンディフックのケースで勝ち取ったのは、単なる勝利ではなく、「銃器メーカーも責任を問われ得る」という前例です。これにより、将来のマーケティングが変わり、一丁の銃が誰かの手に渡るのを防げるかもしれない。アレックス・ジョーンズへの評決は、「嘘には代償が伴う」という教訓を社会に刻みました。
私たちは皆、歴史という長い鎖の一つの輪です。自分の代でできることは限られているかもしれません。しかし、正義のために一つの輪を強く保つことができれば、それは次の世代への確かな贈り物になります。
結論:あなたが今日からできること
私、ジョシュ・コスコフが信じる「人生で一番大事なこと」。それは、「自分の力を、自分以外の誰かの尊厳を守るために使うこと」です。
それは必ずしも弁護士になって法廷に立つことではありません。
- 職場で不当に扱われている同僚のために声を上げること。
- 誰かがついた嘘を正すために立ち上がること。
- 傷ついた友人の隣に静かに座り、その痛みを分かち合うこと。
これらすべてが、私が法廷で行っていることと同じくらい重要な「正義」です。
世界は時として残酷で、不条理に満ちています。しかし、私たちが「共感」を失わず、「責任」から逃げず、「真実」のために小さな一歩を踏み出し続ける限り、希望は絶えることがありません。
「あなたは、誰のために、何のために、その勇気を使いますか?」
これが、私からあなたへの問いかけです。あなたの人生が、誰かの暗闇を照らす光になることを願っています。