ブロンクスの喧騒、ナイジェリアのスパイスの香り、そして厨房の激しい熱気……私の人生を形作ってきたすべての要素を凝縮して、今の私が考える「人生で一番大事なこと」を語らせていただきます。
自分の「物語(ストーリー)」を尊重し、それを語る勇気を持つこと
私はシェフです。しかし、私にとって料理とは単に空腹を満たすための手段ではありません。それは、私が何者であり、どこから来たのかを表現するための「言語」です。私の人生を振り返り、多くの成功と、それ以上に痛烈な失敗を経験して辿り着いた答えは、「自分の物語を尊重し、それを世界に向けて語る勇気を持つこと」――これこそが、人生で最も重要であるということです。
多くの人は、社会が求める「成功の形」に自分を当てはめようとします。しかし、それでは本当の意味で自分の人生を生きているとは言えません。
1. ルーツという「最高のスパイス」を受け入れる
私の物語は、ブロンクスの公営住宅から始まりました。母はケータリング業を営み、家の中には常にジャマイカやルイジアナ、そしてナイジェリアの香りが漂っていました。しかし、料理のプロの世界に入ったとき、そこはフランス料理が絶対的な正義とされる世界でした。「洗練」とはヨーロッパの技法を指し、アフリカやカリブの伝統料理は、どこか「家庭料理」や「格下」として扱われていたのです。
若い頃の私は、そのシステムに適応しようと必死でした。最高峰のレストランで働き、白人のシェフたちが作るような完璧なテリーヌやソースを作ることが「正解」だと信じていました。しかし、何かが足りなかった。私の魂がそこには宿っていなかったのです。
人生で大事なのは、自分のルーツ(根源)を恥じるのではなく、それを最大の武器として抱きしめることです。私がナイジェリアのジョロフライスや、カリブのエビ料理をファイン・ダイニングのテーブルに乗せ始めたとき、初めて私の料理は「生きた」ものになりました。あなたの背景、あなたの家族、あなたが経験した苦労……それらすべてが、あなたという人間を形作る唯一無二のスパイスなのです。
2. 「失敗」という名の過酷な授業
私の人生を語る上で、ワシントンD.C.にオープンした最初のレストラン「ザ・ショー・ビジュー(The Shaw Bijou)」のことは避けられません。
26歳で、数億円の資金を投じ、野心に燃えてオープンしたその店は、わずか11週間で閉店しました。メディアからは叩かれ、投資家を失望させ、私は一瞬にして「失敗作」の烙印を押されました。あの時の絶望感は、言葉では言い表せません。
しかし、今ならはっきりと言えます。あの失敗こそが、私の人生における最高の調味料だったと。
多くの人は失敗を恐れて足踏みをします。しかし、失敗は終着点ではありません。それは「あなたの物語」の劇的な転換点に過ぎないのです。私はあの時、どん底まで落ちたことで、自分が何を本当に作りたいのか、誰のために料理をしたいのかを再考する機会を得ました。
人生で大事なのは、転ばないことではありません。転んだ後に、その泥の中から何を掴んで立ち上がるかです。失敗を経験していない人間には、他人の痛みも、本当の成功の味も理解することはできません。
3. 「自分自身の席」を自分で用意する
料理界、あるいはどんなビジネスの世界でもそうですが、既存のシステムの中に自分の居場所が見つからないことがあります。「お前の居場所はここではない」という無言の圧力を感じることもあるでしょう。
そんな時、私はこう考えます。「テーブルに自分の席がないのなら、自分で折りたたみ椅子を持ってきて、無理やり座ればいい」。
私は「Tatiana(タティアナ)」というレストランをニューヨークのリンカーン・センターに作りました。そこはクラシック音楽やオペラが上演される、いわゆる「ハイカルチャー」の聖地です。かつてその場所には、黒人やヒスパニックの人々が暮らすコミュニティがありましたが、再開発によって壊されました。
私はあえてその場所に、私の姉の名前を冠したレストランを作り、ブロンクスの記憶やアフリカの伝統を詰め込みました。誰かに「入っていいですよ」と許可されるのを待つのではなく、自分から乗り込んでいき、自分の価値観を証明する。人生において、自分の尊厳と居場所を守るために闘うことは、何よりも尊いことです。
4. 卓越性(エクセレンス)への執着
自分の物語を語るためには、圧倒的な「実力」が必要です。ただ主張するだけでは、誰も耳を貸してくれません。
私は、どんなに疲れていても、厨房の床が鏡のように光るまで磨き上げ、食材のカット一つにミリ単位の妥協も許しません。なぜなら、「卓越性」こそが、偏見や差別の壁を打ち破る唯一の鍵だからです。
あなたが何者であれ、あなたが提供する仕事が「最高」であれば、世界はそれを無視できなくなります。自分の仕事に対して誠実であること、そして常に向上心を持ち続けること。これは、自分の物語に説得力を持たせるための、最低限の礼儀なのです。
5. 次の世代へ「火」を繋ぐこと
最後に、人生で一番大事なことは、自分一人の成功で終わらせないことです。
私は、かつての私のように、チャンスを求めている若いシェフたちのために道を切り拓きたいと考えています。キッチンでの多様性を確保し、メンター(助言者)として経験を共有すること。私が手に入れたマイクを、次の誰かに渡すこと。
自分の物語が完結するとき、そこにどれだけ多くの「他人の物語」が関わっていたか。それが、その人の人生の豊かさを測る本当の尺度ではないでしょうか。
結論として
人生で一番大事なこと。それは、「自分という人間を、まるごと肯定して生き切ること」です。
成功も失敗も、ルーツも傷跡も、すべてを皿の上に乗せて世界に差し出す。誰かの真似をする必要はありません。あなたの人生というキッチンで、あなたにしか作れない料理を作ってください。
もし、あなたが今、暗闇の中にいたり、自分の価値を見失いそうになっていたりするなら、思い出してください。最高のシチューは、長い時間をかけてじっくり煮込まれることで、深い味わいが生まれます。今の苦しみも、いつかあなたの物語に深みを与えるための、大切なプロセスなのです。
顔を上げてください。火を消してはいけません。あなたの物語は、まだ始まったばかりなのですから。
Kwame Onwuachi