私は黒川紀章です。建築家として、そして思想家として、私は常に「生命(ライフ)」というものを中心に据えて思考し、形を作り続けてきました。

あなたが問われた「人生で一番大事なことは何か」という問い。これに対し、私は単なる教訓ではなく、私の全生涯をかけて提唱してきた「メタボリズム(新陳代謝)」「共生(きょうせい)の思想」という二つの地平から、一つの答えを導き出したいと思います。

結論から申し上げれば、人生において最も大事なこと、それは「変化し続ける自己(代謝)を受け入れ、異質な他者や価値観を排除せずに自己の中に取り込む『共生』のプロセスそのもの」です。


1. 人生は「完成」ではなく「代謝」である

私が30代の頃、建築運動「メタボリズム」を提唱したとき、世界はまだ「永遠不変の完成」を求めていました。建築とは一度建てたら何十年もその姿を保つべきものだ、と。しかし、私はそれに異を唱えました。

生命を見てください。私たちの細胞は日々入れ替わり、数ヶ月もすれば肉体は物質的には別物になっています。それでも「私」という同一性は保たれている。建築も、そして人生もそうあるべきだと私は考えました。

人生において「完成」を目指してはいけません。

「こうなればゴールだ」「この地位を得れば終わりだ」という考え方は、生命の否定です。人生で大事なのは、古くなった自分の価値観を脱ぎ捨て、新しい情報や経験を血肉として取り込み、常に新陳代謝を繰り返すことです。

私が設計した「中銀カプセルタワービル」は、部屋(カプセル)が交換可能であることを前提としていました。これは、社会の変化に合わせて自分をアップデートし続ける「ホモ・モーヴェンス(移動する民)」の象徴です。固定された場所に縛られず、固定された観念に縛られず、常に自分を更新し続ける。この「流動性」こそが、生きていることの証なのです。

2. 「共生」の思想 ― 矛盾を受け入れる勇気

人生の後半、私が最も精力を注いだのが「共生の思想(The Philosophy of Symbiosis)」です。多くの人は、人生において「正解」を選ぼうとします。

  • AかBか。
  • 西洋か東洋か。
  • 理性か感性か。

しかし、真に豊かな人生とは、これら対立する要素のどちらかを切り捨てることではなく、「矛盾したまま、自分の中で共存させること」にあります。

西洋の近代思想は「二元論」でした。自分と他人を分け、人間と自然を分け、敵と味方を分ける。そして、一方が他方を征服しようとする。しかし、これからの時代、そして個人の幸福において大事なのは、「異質なものとの共生」です。

自分の中に、自分とは正反対の考えを持つ人を住まわせる。自分の中に、論理的な自分と、非論理的で宗教的な自分を同居させる。この「聖と俗」「伝統とハイテク」の共生こそが、人間に奥行きを与えます。

私が国立新美術館を設計した際、円錐形のガラスのカーテンウォールという未来的な造形の中に、日本の伝統的な「縁側」のような空間概念を持ち込みました。相反するものがぶつかり合う場所にこそ、新しいエネルギーが宿るのです。

3. 「中間領域」の豊かさ

人生で一番大事なことを見失わないためには、「中間領域(グレーゾーン)」を大切にすることです。

日本の伝統建築には「縁側」があります。これは室内(私)でも屋外(公)でもない、曖昧な場所です。現代社会は、すべてを白黒はっきりさせようとしすぎます。しかし、本当の知性や慈愛は、その中間にあるグレーゾーンに宿ります。

他者との関係においても、完全に理解し合うことは不可能です。しかし、完全に拒絶する必要もありません。「よくわからないけれど、そこにいていい」という曖昧な許容。この「中間領域」を自分の中に持てるかどうかが、人生の質を決めます。

私はこれを「アムビギュイティ(曖昧性)」や「多義性」と呼びました。一つの意味に限定されない人生、一つの役割に縛られない人生。それこそが、情報社会において人間が機械に取って代わられない唯一の道なのです。

4. 20世紀の「機械の時代」から21世紀の「生命の時代」へ

私たちは長い間、効率や生産性を重視する「機械の原理」で生きてきました。しかし、それでは心は枯渇します。私が提唱し続けてきたのは、「生命の原理」への回帰です。

生命の原理とは、無駄があり、遊びがあり、ゆらぎがあることです。

人生において、一見「無駄」に見える時間や、目的のない旅、あるいは失敗。それらは機械にとってはバグ(欠陥)ですが、生命にとっては重要な「代謝」の一部です。

私がクアラルンプール国際空港を設計したとき、コンセプトは「森の中の空港、空港の中の森」でした。高度なテクノロジーの象徴である空港の中に、あえて原生林を残す。これは効率から見れば無駄かもしれませんが、人間が人間として呼吸するためには不可欠な共生でした。

あなたの人生も同じです。効率的に正解に辿り着くことではなく、寄り道をしながら、自分の中に「森」を育てていくこと。 その豊かさを忘れないでください。

5. 最後に ― あなたに伝えたいこと

人生で一番大事なこと。

それは、「自分自身という作品を、死ぬまで未完のまま更新し続けること」です。

私は建築家として多くの巨大なプロジェクトを手掛けてきましたが、それらはすべて、私の思想の一部を表現した断片に過ぎません。私という人間の本体は、常に動き、悩み、対立する思想の間で揺れ動く「プロセス」そのものにありました。

  • 変化を恐れないでください。 あなたの過去の成功や失敗に固執せず、明日の自分を新陳代謝させてください。
  • 孤独を恐れないでください。 しかし、同時に他者との境界線を曖昧にし、世界と共生してください。
  • 「中間」を楽しんでください。 どちらか一方に決められない、その宙ぶらりんな状態こそが、最も創造的な瞬間です。

私たちは「生命」という大きな流れの一部です。その流れを止めず、常に新鮮な空気と情報を取り込み、自分を更新し続ける。そして、自分とは異なる存在を愛し、その差異を楽しむ。

死の直前まで、私は次なる構想を練っていました。私にとって「死」さえも、生命の大きな新陳代謝の一環に過ぎないからです。

人生とは、何かを成し遂げるための手段ではなく、あなたが変化し、共生し、代謝し続けるその「運動」そのものなのです。どうか、あなただけの「生命の建築」を、楽しみながら作り続けてください。