んー、人生で一番大事なこと、ねぇ……。

そういうことを改まって聞かれると、なんだか気恥ずかしいというか、困っちゃうんだよね。そもそも「人生に大事なことがある」って思い込んでいること自体が、実はちょっとした罠なんじゃないかって気がしてるんだ。

まあ、せっかく聞いてくれたんだから、僕なりの「いい加減」な人生観を、ジャズでも聴きながら世間話をするような感じで、つらつらと話してみようかな。3500字も書けるかどうか分からないけど、適当にお付き合いください。


1. 「やる気」という呪縛から逃れる

よく世間では「やる気を出せ」とか「目標を持て」なんて言うじゃない? でも、僕は昔から言ってるんだけど、「やる気のある者は去れ」と思ってるんだよね。

これ、冗談で言ってるんじゃなくて、本気なんだ。やる気がある人っていうのは、自分の「やりたいこと」や「目的」に目が眩んでしまって、今、目の前で起きている面白いことや、他人の変化に気づけなくなっちゃう。視野が狭くなるんだね。

予定調和というか、「こうあるべきだ」というレールを自分で敷いて、その上を必死に走ろうとする。でも、人生っていうのは予定通りにいかないから面白いわけでさ。最初からゴールを決めてそこへ猪突猛進するのは、せっかくの風景を台無しにしているようなものだよ。

僕が長年『笑っていいとも!』を続けてこられたのも、たぶんやる気がなかったからだと思うんだ。毎日、何が起きるか分からない、誰が来るか分からない。その状況に身を任せて、ただそこに漂っている。「反省もしない、目標も持たない」。これが長く続けるコツなんじゃないかな。

2. 「意味」を求めない贅沢

現代人っていうのは、何にでも「意味」を求めたがるよね。「これをやって何の意味があるんですか?」とか「人生の意味は何ですか?」とか。

でもね、人生なんて、そもそも意味はないんだよ。

これを絶望だと捉えるか、自由だと捉えるかで、生きる楽さが全然違ってくる。意味がないからこそ、何をやってもいいし、何をやらなくてもいい。壮大な目的のために自分を犠牲にする必要なんて、どこにもないんだ。

僕は坂道が好きだったり、古地図を眺めるのが好きだったりするけど、あれに何の意味があるかって聞かれたら、「何の意味もありません」としか答えようがない。ただ、そこにある高低差が面白い、昔の人がここに道を引いた形跡が面白い。それだけでいいじゃない。

「役に立つこと」ばかりを追いかけていると、人間はどんどん摩耗していくよ。人生を豊かにしてくれるのは、たいてい「役に立たないこと」の中に転がっている。意味から降りて、ただ「現象」として世界を面白がること。それが、僕にとっては一番大事なことのひとつかもしれないね。


3. 「真剣」にはなっても、「一生懸命」にはならない

「一生懸命」って言葉、日本人は大好きだよね。でも、僕はあの言葉があまり好きじゃないんだ。なんだか命を削って、悲壮感を漂わせながら頑張っている感じがするじゃない?

僕が大事にしているのは、「真剣」であっても「一生懸命」にはならないということ。

ジャズの即興演奏を想像してみてほしいんだけど、演奏者はめちゃくちゃ真剣なんだよ。相手がどんな音を出してくるか、一瞬も目が離せない。でも、彼らは楽しんでいるし、どこか軽やかだよね。悲壮感なんてない。

仕事も遊びも、その瞬間、その場に100%集中して向き合う「真剣さ」は必要だけど、そこに過剰な力みや「必死さ」を持ち込むと、途端に遊び(ゆとり)がなくなってしまう。

人間、必死になると余裕がなくなって、他人に優しくなれないし、自分自身も苦しくなる。「適当」っていうのは、実は「いい加減(良い加減)」っていうことなんだよ。自分にとって心地よい温度感で、真剣に遊ぶ。それが人生を面白くするコツなんじゃないかな。

4. 人間関係は「風景」のように眺める

人付き合いで悩んでいる人も多いみたいだけど、僕は他人に対してあまり期待しないし、理解しようとも思わないんだ。

「人は分かり合える」なんていうのは、傲慢な思い込みだよ。親友だろうが夫婦だろうが、結局は別の生き物なんだから。理解できない部分があって当たり前。

だから、僕は他人を「風景」のように眺めるようにしている。あそこに変わった形の木があるな、とか、あそこの川は急に曲がっているな、というのと同じ感覚で、「ああ、この人はこういう風に喋るんだな」「こういう時に怒るんだな」と観察する。

相手を変えようとしたり、自分の思い通りに動かそうとしたりするから、摩擦が起きるんだ。ただ、そこにそういう存在があることを認めて、適度な距離感で面白がる。

「友達は多いほうがいい」なんていうのも、誰が決めたんだろうね。一人で地図を眺めている時間の方がずっと豊かなことだってある。無理に繋がろうとしなくていいし、嫌な奴がいたら「ああ、珍しい生き物がいるな」と思って通り過ぎればいいんだよ。


5. 「今」という瞬間を即興で生きる

過去を悔やんだり、未来を不安がったり。人間はどうしても「今」以外の時間に意識がいきがちだけど、本当に存在しているのは「今、ここ」しかないんだよね。

僕はテレビの生放送をずっとやってきたけど、あれは究極の「今」の連続なんだ。台本があっても、その通りにはいかない。ハプニングが起きる。誰かが失言する。その瞬間に、どう反応するか。

人生も同じだよ。人生は、壮大な即興劇(インプロヴィゼーション)なんだ。

昨日まであんなに仲が良かった人が急にいなくなったり、予期せぬ病気になったり、あるいは宝くじに当たったり。予定調和なんてどこにもない。

そういう時、「こんなはずじゃなかった」と嘆くのか、「ほう、そうきたか」と面白がるのか。

大事なのは、何が起きてもそれを「受け入れる」こと。そして、その状況の中で自分なりにどう「遊ぶ」か。ジャズのプレイヤーが、前の人の変なミスタッチを拾って、それを新しいフレーズに昇華させていくように、人生のトラブルも面白がって取り込んでしまえばいいんだ。

6. 偽善を飼い慣らす

「いい人」でいようとすると疲れるよね。僕らはみんな、心の中にドロドロしたものや、自分勝手な部分、エゴ、偽善を抱えている。

それを「ないもの」にしようとするから、歪みが出るんだ。僕は、自分の不謹慎さや偽善を否定せず、むしろそれと一緒に生きていくのが健全だと思ってる。

「正義」を振りかざす人ほど怖いものはないよ。正義っていうのは、自分と違うものを排除しようとする暴力性を秘めているから。それよりも、「まあ、人間なんてこんなもんだよね」という、ちょっと斜めから見た諦念(あきらめ)みたいなものを持っていたほうが、よっぽど寛容になれる。

真面目すぎる人は、自分にも他人にも厳しくなりすぎる。もっと「不真面目」の効用を知るべきだよ。不真面目っていうのは、既存の価値観を疑う力のことでもあるんだから。


7. 結論:人生で一番大事なこと

さて、いろいろ話してきたけど、結局、人生で一番大事なことは何かって聞かれたら、僕はこう答えるかな。

「上機嫌でいること」

これに尽きるんじゃないかな。

どんなに成功していても、どんなに立派なことを言っていても、不機嫌そうな顔をしている人のそばにはいたくないよね。逆に、何をやっているかよく分からないけど、いつもニヤニヤして楽しそうな人の周りには、自然と面白いことが集まってくる。

上機嫌でいるためには、さっき言ったみたいに、やる気を出さず、意味を求めず、真剣に遊び、他人を風景だと思い、今この瞬間を即興で生きることが必要になってくる。

世の中はどんどん複雑になって、みんな余裕を失っているけれど、そんな時こそ「ふふっ」と鼻で笑えるような、軽やかさを持っていたいよね。

人生っていうのは、死ぬまでの暇つぶしなんだよ。どうせ暇をつぶすなら、不機嫌に過ごすより、面白がって過ごしたほうが得じゃない。

まあ、こんなこと言ってる僕自身も、明日になったら全然違うことを言ってるかもしれない。それでいいんだよ。人間なんて、その場その場で変わっていく、移ろいやすいものなんだから。

んー、こんな感じでいいかな?

ちょっと喋りすぎたかもしれないね。