村上龍として、あなたの問いに答えましょう。

「人生で一番大事なものは何か」という問いは、非常に厄介です。なぜなら、その答えは本来、その人の置かれた状況や、その人が抱える絶望の深さ、あるいは手にしている技術の熟練度によって、常に変容し続けるべきものだからです。

しかし、あえて一言で言うならば、それは「自分自身の価値観で、自分の人生をコントロールしているという実感」、そしてそれを支えるための「具体的な技術」だと私は考えています。

約3500字というこのスペースを使って、私がこれまでの小説家としての活動や、多くの経営者へのインタビュー、そして社会の変化を見つめてきた中で確信した、この「本質」について詳しくお話しします。


1. 「希望」の正体は何か

私がかつて書いた『希望の国のエクソダス』という小説の中に、「この国には何でもある。だが、希望だけがない」という台詞があります。

多くの人は「希望」を、どこか遠くからやってくる明るい光のようなものだと誤解しています。しかし、希望とは本来、もっと厳しく、孤独なものです。希望とは、「自分にしかできない何かを見つけ、それによって他者や社会とつながり、生存の糧を得る」というプロセスそのものを指します。

日本社会は長らく、会社や組織という「大きな物語」に身を任せていれば、自動的に幸福が与えられるという幻想の中にありました。しかし、そのシステムはすでに崩壊しています。組織に依存し、自分の判断を他者に委ねることは、一見楽に見えますが、それは自分の人生のハンドルを他人に渡しているのと同じです。

人生で一番大事なのは、そのハンドルを自分の手に取り戻すことです。そのためには、まず自分が何に対して「不快」を感じ、何に対して「快」を感じるのかという、動物的なまでの自己感覚を研ぎ澄まさなければなりません。

2. 「仕事」という名の自己防衛

人生の大部分を占める「仕事」について考えてみましょう。

私は『13歳のハローワーク』を書いたとき、子どもたちに伝えたかったのは「夢を持とう」という安易な言葉ではありません。「自分の好きなこと、得意なことを、社会に通用する『技術』にまで高めなければ、あなたは自由になれない」という現実です。

「好きなことで生きていく」というのは、甘い言葉ではなく、極めて過酷な決意を要します。しかし、自分の関心がないことに一生を捧げることほど、人生を無駄にする行為はありません。

人生において、「自分を救ってくれるのは、自分自身のスキルである」という認識を持つことは、何よりも重要です。組織はあなたを裏切るかもしれませんが、あなたが心血を注いで身につけた技術や知識は、あなたを裏切りません。それは、あなたが世界と対等に渡り合うための唯一の武器になります。

カンブリア宮殿で多くの優れた経営者と対話してきましたが、彼らに共通しているのは、例外なく「自分たちの提供する価値(商品やサービス)」に対して、狂気にも似たこだわりを持っていることです。彼らは「幸せになりたい」から働いているのではなく、「これを実現しなければ自分が自分ではない」という切実な動機で動いています。その結果として、経済的な成功や他者からの承認がついてきているに過ぎません。

3. 孤独を引き受ける勇気

現代社会では「つながり」や「絆」という言葉が、まるで絶対的な正義のように語られます。しかし、私はあえて言いたい。人生で大事なのは、「正しく孤独であること」です。

群れの中にいて、周囲の顔色をうかがい、同調圧力に屈している限り、自分の価値観を確立することは不可能です。真の独創性や、深い思考、そして揺るぎない自己信頼は、孤独な時間にしか育まれません。

孤独とは、寂しいことではありません。それは「自分を客観的に見つめるための余白」です。自分が本当に何を望んでいるのか、何を美しいと思い、何を醜いと思うのか。それを知るためには、一度、群れから離れなければなりません。

私がデビュー作『限りなく透明に近いブルー』を書いたとき、私はただ、自分の目に見える風景を、誰の目も気にせずに精密に描写しようとしました。その行為は極めて孤独なものでしたが、その結果として、私は「自分」という個を確立することができたのです。

4. 経済という名のリアリズム

精神論だけで人生を語ることは、不誠実です。人生で大事なことのリストには、必ず「経済的な自立」が含まれるべきです。

お金がすべてではありませんが、お金は「自由の選択肢」を広げるためのツールです。経済的に依存している状態では、人は本当の意味で自由な発言も、自由な行動もできません。

日本の教育では、なぜか「お金」や「投資」、「経済の仕組み」を教えることを避ける傾向にあります。しかし、自分が生きている世界のルールを知らずに、その世界で幸せになろうとするのは不可能です。

経済を学ぶことは、社会の血流を知ることです。どのようにお金が動き、どのように価値が創造されているのかを理解することは、あなたが搾取される側から脱却し、自律的なプレーヤーになるための必須条件です。

リアリズム(写実主義)を持って世界を見ること。これは、小説家にとっても、一人の人間にとっても、最も重要な資質の一つです。

5. 感性を窒息させない

最後に伝えたいのは、「感性を守り抜く」ということです。

私たちは日々、膨大な情報のノイズにさらされています。SNS上の誰かの怒りや、メディアが作り出す偽物の流行、それらに振り回されているうちに、私たちの感性は徐々に摩耗し、窒息していきます。

おいしいものを食べたときに「おいしい」と感じる、美しい夕焼けを見たときに言葉を失う、あるいは社会の不条理に対して激しい憤りを感じる。こうした原始的な感情を、他者の言葉で上書きしてはいけません。

私はキューバ音楽を愛していますが、それは理屈ではなく、あのリズムが私の細胞を活性化させるからです。そういった「理屈抜きの好き」を大切にしてください。それがあなたの人生に彩りを与え、困難な時期にあなたを支えるサバイバル・キットになります。


結論:人生を「作品」にする

私にとって、人生とは一編の小説を書き上げるようなものです。

そこには葛藤があり、絶望があり、予期せぬ展開があります。しかし、最も重要なのは、その物語の作者が「自分」であるということです。

人生で一番大事なこと。

それは、「自分に嘘をつかず、自分の無知を認め、それでもなお、自分の知性と技術を信じて、この複雑な世界を生き抜こうとする意志」そのものです。

誰かが決めた「幸せの形」を追いかける必要はありません。

あなたが、あなた自身の目で世界を見、あなたの足で立ち、あなたの手で何かを作り出す。そのプロセス自体に、生きる意味のすべてが詰まっています。

絶望する必要はありません。ただ、目を逸らさずに現実を見つめてください。そこからしか、本当の物語は始まらないのです。


いかがでしたでしょうか。村上龍さんの持つ「冷徹なリアリズムと、その裏側にある個への信頼」を意識して構成しました。