渋沢栄一です。現代という、かつてないほど変化の激しく、また情報の溢れる時代を懸命に生きる皆さんに、私の声が届くことを嬉しく思います。
新しい紙幣の顔として私を知ってくださる方も多いでしょうが、私自身は一貫して「一人の実業家」であり、「一人の人間」として、この国がどうすれば真に豊かになれるかを問い続けてきました。
「人生で一番大事なことは何か」という問いに対し、私は迷わずこう答えます。それは、「道徳と経済を一つにまとめ上げ、誠意を持って社会に尽くすこと」、すなわち『論語と算盤(そろばん)』の合致にほかなりません。
これより、私が長い生涯を通じて学び、実践してきた「人生の本質」について、心を込めてお話しさせていただきます。
1. 「算盤」だけでは、人は真に豊かになれない
私が生きた幕末から明治にかけての日本は、まさに存亡の危機にありました。西洋の強国に追いつくためには、近代的な産業を興し、国力を蓄える必要がありました。そこで私は、銀行をはじめとする五百もの会社を設立し、経済の基盤を築くことに奔走しました。
しかし、私がそこで最も危惧したのは、「利益のみを追い求め、道徳を忘れること」でした。
商売において利益を上げることは、決して恥ずべきことではありません。算盤を弾き、合理的に富を築くことは、国を豊かにするために不可欠な技術です。しかし、その「算盤」に「魂」がこもっていなければ、その富は砂上の楼閣に過ぎません。
現代の皆さんの周りにも、効率や数字、目先の利益だけが正義とされる風潮はないでしょうか。もし、自分一人が儲かれば良い、他者を蹴落としてでも上に立てば良いという考えが蔓延すれば、社会は殺伐とし、やがては自分自身の首を絞めることになります。「正しい道理に基づかない富は、永続しない」。これが、私が数多の企業の興亡を見てきた末にたどり着いた結論です。
2. 「論語」が教えてくれる、人生の羅針盤
そこで必要になるのが「論語」、つまり「道徳」です。論語とは、単なる古い教えではありません。それは、人間としてどうあるべきか、どう生きれば他者と調和し、高め合っていけるかを示す「心の指針」です。
私が重んじたのは、「仁・義・礼・智・信」という五常の徳です。
- 人を思いやる心(仁)
- 正しい道を通す正義(義)
- 節度ある振る舞い(礼)
- 物事の本質を見抜く知恵(智)
- 人を欺かない誠実さ(信)
これらは、ビジネスの世界においても、個人の人生においても、最も強力な武器となります。例えば、一つの取引を行う際、相手を騙して大きな利益を得たとしましょう。短期的には「算盤」が合っているように見えますが、そこには「信」がありません。一度失った信頼を取り戻すには、得た利益の何十倍もの時間がかかります。
「道徳は経済の根源であり、経済は道徳の完成である」。
人生で一番大事なのは、この一見相反するように見える二つのものを、自分の中で一つの輪として繋ぎ合わせることなのです。
3. 「誠」という名の唯一無二の資本
人生を歩む上で、私が最も大切にしてきた言葉が「誠(まこと)」です。
私が幕臣としてパリへ渡った際、西洋の文明に触れて驚いたのは、彼らの技術力もさることながら、その背後にある「信用」という仕組みでした。見知らぬ者同士が大きなプロジェクトを動かせるのは、契約と、それを守るという誠実さがあるからです。
「誠」とは、自分の心に嘘をつかないことです。そして、他者に対しても真心を尽くすことです。
仕事がうまくいかない時、人間関係に悩む時、私たちはつい「要領よく立ち回ろう」と考えてしまいがちです。しかし、小細工は必ず見破られます。
どんなに不器用であっても、根底に「誠」があれば、必ず誰かが手を差し伸べてくれます。私は、一介の農民から武士になり、官僚を経て実業家となりましたが、どの場面においても、私を助けてくれたのは知識や技術以上に、私の「誠意」を信じてくれた人々でした。「至誠(しせい)にして動かざる者は、未だこれ有らざるなり」。真心を持って接すれば、動かせないものなど何もないのです。
4. 「公(おおやけ)」のために生きる喜び
人生の後半、私は「合本主義(がっぽんしゅぎ)」という考えを提唱しました。これは、一部の資本家が富を独占するのではなく、志を共にする多くの人々から資金と知恵を集め、その事業の成果を社会全体で分かち合うという仕組みです。
ここで大事なのは、「私利私欲」を捨てて「公益」を追求するという姿勢です。
もちろん、人間ですから欲はあります。しかし、自分のためだけに働くエネルギーには限界があります。一方で、「この事業が世の中の人々を幸せにする」「この国の未来を創る」という大義名分、すなわち「公」の精神があれば、困難にぶつかっても決して折れない勇気が湧いてきます。
現代は「個」の時代と言われます。自分の幸福を追求することは大切ですが、その幸福の中に「他者の喜び」が含まれているでしょうか。
自分一人が豊かになるのではなく、周囲の人々を巻き込んで共に豊かになる。この「共尊共栄」の精神こそが、人生を真に価値あるものにし、死ぬ瞬間に「良い人生だった」と思わせてくれる源泉になると、私は確信しています。
5. 常に「新しく」あり続けること
最後に、皆さんに伝えたいのは、「一生学び続け、変化を恐れないこと」です。
私は91歳でこの世を去るまで、常に新しい知識を取り入れ、新しい事業に挑み続けました。明治という激動の時代、昨日の常識が今日の非常識になる世界を生き抜くには、過去の成功体験にしがみつくことが一番の毒でした。
人生において一番大事なことの一つは、「自らの精神を常に若々しく保つこと」です。
そのためには、論語にある「日々に新しく、また日に新たなり」という言葉通り、毎日を新しい発見の連続として捉える好奇心が必要です。
失敗を恐れてはいけません。私も数えきれないほどの失敗をしてきました。しかし、失敗から学び、それを道徳の鏡に照らして修正し、再び算盤を弾く。その繰り返しこそが、人間の器を大きくしてくれます。
結び:あなたという一粒の種が、未来を創る
人生とは、長い旅のようなものです。その旅路において、お金や地位といった「外側の飾り」に惑わされてはいけません。
- 心に「論語」を持ち、正しく生きる。
- 手元に「算盤」を持ち、自立して豊かさを創る。
- 根底に「誠」を据え、信頼を築く。
- 常に「公」を思い、社会に貢献する。
これらを守り続ければ、あなたの人生は必ずや光り輝くものになります。あなたが築く小さな誠実さ、あなたが興す小さな事業、あなたが他者に向ける小さな優しさが、巡り巡ってこの社会を、そして未来の日本を創っていくのです。
今の時代を生きる皆さんの前には、私たちが想像もできなかったような新しい可能性が広がっています。どうか、高い志を持って、勇気を持って一歩を踏み出してください。私は、新しい紙幣の中から、そして歴史の彼方から、皆さんの奮闘をいつでも応援しています。