あら、素敵な問いかけをありがとうございます。松坂慶子でございます。
「人生で一番大事なことは何か」……。そうですね、十代の頃からこの華やかな、けれど時に厳しい表現の世界に身を置いてまいりまして、七十代を迎えた今、改めてその答えを探してみますと、若い頃とはまた違った景色が見えてくるような気がいたします。
長い役者人生の中で、わたくしが辿り着いた、人生において最も大切にしたいこと。それは、「しなやかな心で、目の前の『今』を面白がり、愛すること」ではないかと思うのです。
約3500字という長いお手紙のようなお時間、わたくしの歩んできた道のりを振り返りながら、ゆっくりとお話しさせてくださいね。
1. 「綺麗」のその先にあるもの
わたくしは、まだ少女と言っていい年齢でデビューいたしました。当時は「清純派」や「お人形さんのような美しさ」を求められることが多く、それに応えることがわたくしの役割だと信じて疑いませんでした。もちろん、美しく撮っていただけることは役者として光栄なことですし、皆様の期待に応えたいという一心でございました。
けれど、どこか心の奥底で「自分自身」が置き去りになっているような、そんな戸惑いを感じていた時期もあったのです。若さや容姿というものは、いつかは移ろいゆくものです。その儚いものだけに自分の価値を置いてしまうと、人はいつか行き詰まってしまいます。
そんなわたくしを変えてくれたのが、素晴らしい監督や共演者の皆様、そして「役」との出会いでした。
映画『蒲田行進曲』での小夏という役は、わたくしの人生の大きな転換点となりました。深作欣二監督の現場は、それまでのわたくしの常識を覆すような、熱気と、ある種の泥臭さに満ちていました。そこで学んだのは、「綺麗に映ることよりも、その瞬間をどう生きるか」ということ。
なりふり構わず泣き、叫び、愛にすがる。その姿は、決して「お人形さん」のような美しさではありませんでした。けれど、剥き出しの感情をぶつけ合う中で、わたくしは生まれて初めて、自分という殻を突き破ったような解放感を味わったのです。
人生で大事なこと。それは、「自分を守っている殻を脱ぎ捨てて、新しい自分に出会う勇気を持つこと」。それこそが、自分を愛し、人生を豊かにする第一歩なのだと教えられました。
2. 「しなやかさ」という強さ
年齢を重ねることを、多くの方は「失っていくこと」と捉えがちです。若さ、体力、あるいは周囲からの注目。わたくしも、かつてはそうした変化に不安を感じなかったわけではありません。
けれど、今は違います。歳を重ねることは、いわば「人生という舞台の役柄が増えていくこと」だと思うようになったのです。
かつてはヒロインとして恋に悩んでいたわたくしが、いつしか母親になり、今では『まんぷく』の鈴さんのように「武士の娘です!」と胸を張るユニークなおばあちゃんを演じる。これは、本当に楽しい変化でした。
若い頃のわたくしであれば、あんなに滑稽で、けれど愛おしいキャラクターをこれほど自由に演じることはできなかったでしょう。プライドや「こう見られたい」という執着を捨てて、その役の欠点すらも「面白いわね」と笑って受け入れる。その「しなやかさ」こそが、今のわたくしの支えになっています。
人生には、思い通りにいかないことや、予期せぬ困難が次々と訪れます。それを硬い竹のように踏ん張って耐えようとすると、いつかポキンと折れてしまいます。けれど、柳のように風に吹かれ、重みをしなやかに受け流すことができれば、何度でも立ち上がることができる。
この「しなやかさ」を持つために必要なのが、「ユーモア」です。自分を客観的に見て、「あら、私ったら今、こんなに慌てていて面白いわね」と笑い飛ばせる心の余裕。人生で大事なのは、完璧であることではなく、不完全な自分を面白がること。そう思えるようになってから、わたくしの人生はぐっと楽に、そして豊かになりました。
3. 「ご縁」を慈しみ、分かち合う
わたくしという人間は、一人では決してここまで歩んでくることはできませんでした。
映画の世界で出会った巨匠たち、切磋琢磨し合った共演者の皆様、そしていつも温かい拍手を送ってくださるお客様。そして何より、家族。
人生で一番大事なことの大きな柱は、やはり「人とのご縁を慈しむこと」に尽きます。
特に、両親への想いは語り尽くせません。父はわたくしがこの道に進むことを喜び、支えてくれました。母はわたくしがどんなに有名になっても、一人の娘として厳しく、温かく見守ってくれました。両親との最後の日々を共に過ごし、看取ることができたことは、わたくしの人生において最も辛く、そして最も尊い経験でした。
「愛する」ということは、相手のために時間を使うこと、そして相手の存在をそのまま受け入れることだと学びました。
また、仕事を通じて出会う方々との「一期一会」も大切にしています。撮影現場は、言わば一つの「村」のようなものです。監督、カメラマン、照明さん、衣装さん……。それぞれのプロフェッショナルが、一つの作品のために命を吹き込む。その調和の中にいられる幸福感。
わたくしたちは一人で生きているのではなく、大きな流れの中で生かされている。その感謝の気持ちを忘れず、頂いた愛をまた誰かに手渡していく。そうした「愛の循環」の中に身を置くことが、人生に揺るぎない充足感を与えてくれるのです。
4. 好奇心という名の若さ
わたくし、よく人から「どうしてそんなにいつも楽しそうなのですか?」と聞かれることがございます。
その秘訣をあえて言葉にするなら、「永遠の初心者でいること」かもしれません。
何歳になっても、知らないことに出会うと心がときめきます。新しい役をいただくたびに、「この人はどんな景色を見て、どんな音楽を聴いて育ったのかしら」と、少女のような好奇心で考え込んでしまいます。
最近では、朗読劇や新しいジャンルの作品にも挑戦させていただいておりますが、いつもドキドキいたします。失敗したらどうしよう、という怖さもあります。けれど、そのドキドキこそが、命が躍動している証拠なのです。
「もう歳だから」と扉を閉ざしてしまうのではなく、「まだこんな面白いことがあるの?」と窓を開け放つこと。人生を彩るのは、知識や経験そのものではなく、それらに向かっていく「好奇心」という名の情熱です。
何かに夢中になっている時、人は年齢という概念から解放されます。わたくしにとって、芝居という表現の場は、永遠に自由な遊び場なのです。
結びに代えて:人生という名の長い旅
長々とお話ししてまいりましたが、わたくしが考える「人生で一番大事なこと」。
それは、「自分という人生の主人公を、最後まで楽しみ尽くすこと」。
これに集約される気がいたします。
人生には、晴れの日もあれば、土砂降りの雨の日もございます。華やかなスポットライトを浴びる瞬間もあれば、暗闇の中で自分を見失いそうになる夜もございます。けれど、そのどれもが「あなた」という物語を構成する、かけがえのない大切なシーンなのです。
悲しいことがあったら、それをいつか深い演技の糧にしようと微笑んでみる。
嬉しいことがあったら、それを宝物のように大切に抱きしめる。
そして、どんな時も「わたくし、よく頑張っているわ」と、自分自身を褒めて差し上げてください。
わたくしも、これからも欲張らず、けれど臆さず、しなやかに歩んでいきたいと思っております。時には「武士の娘」のように凛と、時には悪戯好きな少女のように軽やかに。
皆様の人生という物語が、驚きと愛に満ちた、素晴らしいものでありますよう。
今日という一日が、あなたにとって愛おしい「今」となりますように。
心を込めて。
松坂慶子