こんにちは。吉永小百合でございます。
「人生で一番大事なことは何ですか?」という、とても深く、そして尊い問いを投げかけてくださり、ありがとうございます。私のような、いまだに「映画という名の長い坂道」を登り続けている未熟な表現者に、そのようなお話をさせていただける機会をいただけたこと、心から感謝申し上げます。
3500字という長いお手紙のような形でお話しするのは少し照れくさくもありますが、私がこれまでの歩みの中で、多くの素晴らしい方々との出会いや、時にぶつかった壁、そして映画という銀幕の世界から教えてもらった「心」について、ゆっくりと言葉を紡いでみたいと思います。
人生という長い旅路で見つけた、たったひとつの「種」
よく、「吉永さんにとっての原動力は何ですか?」と聞かれることがあります。若い頃の私は、その問いに対して上手く答えられず、ただ目の前の役を懸命に演じることで精一杯でした。ですが、80歳という大きな節目を前にした今、ようやくひとつの答えに辿り着いたような気がいたします。
それは、「誠実に、今、この瞬間を愛おしむこと」。
これに尽きるのではないかと思うのです。
1. 「誠実」という光を絶やさないこと
私が映画の世界に入ったのは、まだ中学生の頃でした。右も左もわからず、ただ大人たちに囲まれて必死に走っていた日々。そんな中で、多くの偉大な先輩方や監督、スタッフの皆様が教えてくださったのは、テクニックではありませんでした。それは「嘘をつかない」ということです。
カメラというものは、本当におそろしいものです。レンズの向こう側には、演じている私の心の奥底まで見透かしてしまうような、冷徹で、かつ慈愛に満ちた「目」があります。もし私が、心にもないことを口にし、形だけを整えてお芝居をしようものなら、それはたちまちスクリーンに「偽物」として映し出されてしまいます。
人生も、それと同じではないでしょうか。
自分自身に対して、そして目の前にいる人に対して、どれだけ誠実であれるか。格好悪くてもいい、不器用でもいい。ただ、その時に持っている精一杯の真心を込めること。その積み重ねこそが、人生という一本の映画を輝かせるための、最も大切な「光」なのだと信じています。
2. 「今」を慈しみ、五感を開く
私たちは時として、過ぎ去った過去を悔やんだり、まだ見ぬ未来を不安に思ったりして、心が「ここ」にない状態で生きてしまうことがあります。けれど、人生とは結局のところ、今日という一日の積み重ねでしかありません。
私は毎朝、プールで泳ぐことを日課にしています。冷たい水に身を沈め、自分の呼吸の音だけを聞き、一掻き一掻き、指先から足の先まで神経を研ぎ澄ませる。その時間は、私にとって「今、生きている」ことを確認する大切な儀式です。
スクリーンの中で役として生きる時も同じです。相手の方のセリフを耳で聞くのではなく、心で聞き、その場の空気の揺らぎを感じる。そうして「今、この瞬間」に完全に没入できた時、自分でも思いもよらなかったような感情が溢れ出すことがあります。
皆様も、日常の何気ない瞬間に、心を止めてみてはいかがでしょうか。窓から差し込む朝日の眩しさ、道端に咲く名もなき花の健気さ、誰かが淹れてくれたお茶の温もり。そうした「小さな幸せ」を五感でしっかりと感じ取ること。それが、心を豊かに保ち、明日へ進むための糧になるのだと思います。
想像力という「心の翼」を広げて
私がライフワークとして続けております、原爆詩の朗読についてもお話しさせてください。
30年以上前、広島や長崎の悲劇を伝える詩に出会った時、私は深い衝撃を受けました。同時に、戦争を知らない世代として、この記憶を風化させてはならないという強い使命感のようなものを感じたのです。
そこで学んだことは、「想像力」の大切さです。
3. 他者の痛みに寄り添う
「もし、自分がこの人だったら」「もし、自分の大切な人がこの場にいたら」。
そうやって想像力を働かせることが、誰かを思いやり、平和を願う心の出発点になります。映画も、まさに想像力の世界です。自分とは違う誰かの人生を追体験することで、私たちは他者の痛みに気づき、理解しようと努めます。
今、世界では悲しい出来事が絶えません。ですが、もし一人ひとりが、ほんの少しの想像力を持って隣の人の心に寄り添うことができれば、世界はもっと優しくなれるはずです。
人生で一番大事なことのひとつは、自分のことだけではなく、誰かの喜びや悲しみを自分のことのように感じられる「柔らかい心」を持ち続けることではないでしょうか。
4. 学びを止めない「しなやかさ」
私は、自分を「完成された人間」だと思ったことは一度もありません。映画を一本撮り終えるたびに、「ああ、もっとこうすればよかった」「自分にはまだこんなに足りない部分がある」と、反省の連続です。
けれど、それは決して悲しいことではありません。足りない部分があるということは、まだ成長できる可能性があるということですから。
いくつになっても「なぜかしら?」「もっと知りたい」という好奇心を失わず、新しい扉を叩き続けること。そのしなやかな姿勢が、人をいつまでも若々しく、魅力的に保ってくれるのだと感じます。
私はよく、若い俳優さんたちからも刺激をいただきます。彼らの自由な感性、恐れを知らない挑戦心。そうしたものに触れるたび、私の心も洗われるようです。「教える」のではなく、共に「学ぶ」こと。人生において、学びの終わりはないのです。
繋がりの温かさと、感謝の念
最後になりますが、私が人生の最後に持ち続けたいと思っているのは、「感謝」の二文字です。
5. 「サユリスト」という支え
これまで、本当に多くの方々に支えられて歩んできました。映画館に足を運んでくださるお客様、何十年も応援してくださる「サユリスト」の皆様。皆様の温かい声援がなければ、私は途中で立ち止まってしまっていたかもしれません。
人は一人では生きていけません。どんなに強い人でも、どこかで誰かの支えを必要としています。
「ありがとう」という言葉は、魔法の言葉です。口にするだけで、自分の心も、相手の心も温かくなります。些細なことにも感謝を見出し、それを言葉にして伝えること。その心の通い合いこそが、人生を生きる上での最も美しい景色ではないかと思うのです。
6. 体を大切にすること
そして、感謝すべきは周りの人だけではありません。今日まで動いてくれている自分の「体」にも、感謝の気持ちを忘れないでください。
私は水泳を通じて、自分の体と対話することを学びました。無理をさせすぎず、かといって甘やかしすぎず、丁寧にメンテナンスをしてあげること。健康で健やかな体があってこそ、私たちは心ゆくまで人生という舞台を楽しむことができるのです。
おわりに:あなただけの映画を紡いでください
ここまで、私のとりとめのないお話にお付き合いくださり、本当にありがとうございました。
3500字という言葉を尽くしても、人生のすべてを語り尽くすことはできません。なぜなら、「人生で一番大事なこと」の答えは、誰かに教わるものではなく、あなた自身が歩みの中で見つけ出していくものだからです。
人にはそれぞれの速度があり、それぞれの色があります。
誰かと比べる必要はありません。あなたがあなたらしく、誠実に、今日という日を精一杯生きたなら、その足跡は必ず美しい軌跡となって残ります。
もし、あなたが道に迷ったり、心が折れそうになったりした時は、どうか思い出してください。
「今、この瞬間」に立ち止まり、深く呼吸をして、あなたの周りにある小さな愛に目を向けてみることを。
あなたの人生という映画が、優しさと希望に満ちた、素晴らしい作品になりますよう、心から祈っております。
私も、もう少しだけ、この坂道を登り続けてみようと思います。
いつかまた、銀幕の向こう側で、あるいはどこかの街角で、笑顔でお会いできる日を楽しみにしております。
吉永小百合