こんにちは、楠木建です。
「人生で一番大事なことは何か」という、なんとも大きく、かつ「良し悪し」の基準が入り込みそうな問いですね。普通、こういう問いを向けられると、人はつい「志を高く持つこと」とか「他者への貢献」といった、道徳的に正しく、かつ誰もが反対しにくい「良いこと(Good/Bad)」を答えたくなるものです。
しかし、私の考えは少し違います。私が考える、人生において決定的に重要なこと。それは、「良し悪し」ではなく、自分の「好き嫌い(Like/Dislike)」を突き詰めること、そしてそれを「ストーリー」として一貫させること。これに尽きると思っています。
なぜそう言えるのか、経営戦略の論理と、私自身の「センス」に照らして、少し長くなりますがお話ししてみましょう。
1. 「良し悪し」という檻から抜け出す
世の中の多くの人は、無意識のうちに「良し悪し」の基準で生きています。
「良い大学に行く」「偏差値の高い会社に入る」「年収を上げる」「SNSでいいねをたくさんもらう」。これらはすべて、自分以外の誰かが決めた、あるいは社会的に合意された客観的な「良し悪し」の物差しです。
もちろん、生きていく上で最低限の「スキル(Skill)」や、社会的なルールとしての「良し悪し」をわきまえることは必要です。しかし、そこだけに立脚して人生を組み立ててしまうと、どうなるか。それは「競争」という終わりのないラットレースに巻き込まれることを意味します。
「良し悪し」は比較可能です。自分より年収が高い人がいれば、自分は「悪い」方になってしまう。自分よりフォロワーが多い人がいれば、自分は「劣っている」と感じてしまう。他人の物差しで自分の価値を計っている限り、人生の主導権は常に自分以外の場所にあります。
一方、「好き嫌い」は比較不可能です。
私はソウル・ミュージックが死ぬほど好きですが、誰かと比べて「私の方が好きだ」と競うことに意味はありません。私がそれを好きであるという事実は、誰にも侵されないし、誰とも比較できない。これこそが、人生における「独自の競争優位」の源泉なのです。
私が専門としている戦略論の世界では、「競合他社との違い(Differentiation)」が重要だと言われます。しかし、単に「より良い(Better)」を目指すと、すぐに真似され、泥沼の消耗戦になります。本当に強いのは「他とは違う(Different)」ことであり、その「違い」を支える最も強力なエンジンが、その人固有の「好き嫌い」なのです。
2. 「センス」とは「好き嫌い」の体系である
私はよく「スキル」と「センス」を対比させて話します。
スキルは、訓練すれば誰でも習得できる論理的なものです。一方でセンスとは、「事物の本質を掴み、独自の判断を下す力」のことです。
人生を一つの作品として捉えたとき、そこに彩りを与え、深みを作るのはスキルではなくセンスです。そして、そのセンスの根底にあるのが「好き嫌い」です。「自分はどういう状態を心地よいと感じ、どういう状態を耐えがたいと思うのか」。この解像度を上げていくことが、自分なりの人生のセンスを磨くことに直結します。
例えば、仕事を選ぶとき。「将来性があるから」「市場価値が上がりそうだから」という理由で選ぶのは、スキルの発想です。そうではなく、「理由はよくわからないが、この作業をしていると時間を忘れる」「このタイプの人たちと一緒にいるのは、理屈抜きで嫌だ」という感覚を大切にする。
多くの人は、この「嫌だ」という感覚を、社会的な「良し悪し」で蓋をしてしまいます。「嫌だけど、給料がいいから我慢しよう」と。しかし、経営の論理で言えば、それは「不採算部門を無理やり維持している」ようなものです。長期的には必ずどこかで破綻します。
自分の好き嫌いに忠実に生きることは、わがままになることではありません。自分の内なる論理に対して誠実になるということです。
3. 人生を「ストーリー」として捉える
「好き嫌い」を突き詰めるだけでは、単なるバラバラな点に過ぎません。人生で大事なことの二つ目は、それらを繋いで一本の「ストーリー(文脈)」にすることです。
戦略とは、個別の打ち手のリストアップではなく、それらがどう繋がり、因果関係を結んで、最終的に独自の価値を生むかという「流れ」です。人生も全く同じです。
今の自分が行っていること、過去に選んだこと、そして未来にやろうとしていること。それらが「あぁ、なるほど。こういう理由で繋がっているんだな」という「必然性の論理」で結ばれているかどうか。これが、人生の納得感(=利益)を左右します。
私の人生を例に出せば、私は学者ですが、同時に重度の「娯楽好き」です。一見すると「研究」と「娯楽」は対極にあるように見えますが、私のストーリーの中では「人間の本質を面白がって観察し、それを言葉にする」という一点で完璧に繋がっています。
難しい論文を書くことも、ジャズを聴くことも、美味しいものを食べることも、私にとってはすべて「観察と解釈」という一貫したストーリーの一部なのです。
このストーリーに正解はありません。他人から見て「支離滅裂だ」と思われても、自分の中で「だって、これが自分なんだから仕方ない(必然性がある)」と言い切れる論理があれば、それでいい。
逆に、どれほど素晴らしい実績を積み上げても、そこに自分のストーリーがなければ、それは単なる「出来事の集積」に過ぎません。死ぬ間際に、自分の人生という本を読み返したとき、「あぁ、伏線が回収されて面白い物語だったな」と思えるかどうか。それが重要なんです。
4. 「時間」という唯一の資源の使い道
人生において、私たちが持っているリソースは極めて限定的です。お金は増やすことができますが、時間は誰に対しても平等に、かつ刻一刻と減っていきます。
だとすれば、人生で一番大事なことは、その貴重な「時間」を何に投資するか、という資源配分の問題に集約されます。
私は、「努力」という言葉があまり好きではありません。
世の中には「嫌なことを我慢して頑張る」ことを美徳とする風潮がありますが、これは極めて効率が悪い。なぜなら、それを「好きでやっている人」には、絶対に勝てないからです。
「好き嫌い」を原動力にしている人は、側から見れば努力しているように見えても、本人にとっては「娯楽」です。没頭しているうちに、勝手にスキルが磨かれ、勝手に独自のストーリーが構築されていく。
人生の時間を、「良し悪し」の競争のために浪費するのか、それとも「好き嫌い」の探求とストーリーの構築に充てるのか。この選択の差が、数十年後には取り返しのつかないほどの「密度の差」となって現れます。
時間の密度を上げる唯一の方法は、自分の「本性」に従うことです。自分が本当に好きなことに時間を投じているとき、時間は主観的に濃縮されます。その瞬間の積み重ねこそが、人生の質そのものです。
5. 「何もしない」という贅沢を知る
もう一つ、今の社会で見失われがちな大事なことを付け加えさせてください。それは、「生産性」という概念の外部に自分を置く時間を持つということです。
今の時代、私たちは常に「何かの役に立つこと」を求められます。読書をすれば「アウトプットのため」、旅行に行けば「リフレッシュして仕事の効率を上げるため」。すべてが目的化され、手段化されています。
しかし、本来の「好き嫌い」とは、それ自体が目的であるはずです。
音楽を聴くのは、その瞬間が楽しいからであって、何かの役に立てるためではありません。
人生の豊かさとは、「役に立たないけれど、自分にとっては堪らなく大切なもの」をどれだけ持っているかで決まると、私は考えています。
「意味」を求めすぎない。ただ、自分のセンスが反応するものに身を委ねる。
こうした「余白」があるからこそ、ストーリーに奥行きが生まれます。ガチガチに論理だけで固められた戦略が脆いのと同じで、余裕のない人生は、不測の事態が起きた時にすぐにポキっと折れてしまいます。
結びに:自分の「本性」を肯定する
結局のところ、人生で一番大事なこととは、「自分自身の本性を肯定し、その不可逆な流れを引き受けること」ではないでしょうか。
私たちは、自分という人間を選んで生まれてきたわけではありません。気がついたら、こういう顔で、こういう性格で、こういう好き嫌いを持った「自分」という個体に放り込まれていた。これは一種の「事故」のようなものです。
その「事故」として与えられた自分という素材を、どう調理して、どういう一皿のストーリーに仕上げるか。
他人の皿と比べる必要はありません。豪華な食材(社会的成功)を使わなくても、自分の好き嫌いというスパイスを効かせ、自分なりの調理法(ストーリー)で仕上げれば、それは唯一無二の絶品になります。
「人からどう見られるか」という外向きの視線を捨て、「自分はどうありたいか」という内向きの論理を研ぎ澄ませる。
世の中の「良し悪し」に惑わされず、自分の「好き嫌い」を確信犯的に選んでいく。
もし、あなたが今、人生に迷いや空虚さを感じているのなら、少し立ち止まって考えてみてください。
「私は今、誰の物差しで生きているのか?」
「私のストーリーに、私自身の『好き嫌い』は反映されているか?」
人生は、壮大な暇つぶしだという説もあります。どうせ暇をつぶすなら、最高に自分好みの、センス溢れるやり方でつぶしたい。私はそう思っています。
一貫性のあるストーリー。
揺るぎない好き嫌い。
そして、それらを面白がるセンス。
これらさえあれば、人生はいつだって「最高の商売」になり得るのです。
いかがでしょうか。
3,500字というボリュームには少し足りないかもしれませんが、私のエッセンスはすべてここに込めました。
大切なのは、これを読んで「なるほど」と思うことではなく、これを読み終えた次の瞬間から、あなた自身の「好き嫌い」の棚卸しを始めることです。
自分の人生の戦略家になれるのは、世界中であなた一人しかいないのですから。