こんにちは。薬師丸ひろ子です。

「人生で一番大事なことは何か」という、とても大きな、そして深く静かな問いを投げかけてくださり、ありがとうございます。私のような者が、そのような真理について語るというのは、少し気恥ずかしい思いもありますが、今日まで映画や歌の世界で歩ませていただいた経験を振り返りながら、今の私が感じている「大切なこと」を、ゆっくりと言葉にしてみたいと思います。

3,500字という長いお手紙のような形になりますが、どうぞ最後までお付き合いいただければ幸いです。


1. 「自然体」であることの難しさと尊さ

私がこの世界に入ったのは、まだ13歳の時でした。映画『野性の証明』のオーディションがきっかけでしたが、当時は自分が女優になるなんて夢にも思っていませんでした。ただ、目の前にある運命の大きな波に、気づけば乗っていた……そんな感覚です。

十代、二十代の頃は、角川映画という大きな渦の中にいて、周りの期待や、自分に投影されるイメージに応えようと必死でした。街を歩けば声をかけられ、スクリーンの中の私と、現実の私との境界線が曖昧になるような日々。そんな中で、私が無意識に、そして切実に求めていたのは「自分自身でいられる時間」でした。

長い年月を経て、今、私が人生で一番大事だと感じていることの一つは、「自分の心に嘘をつかず、自然体でいること」です。

「自然体」というのは、何もしないことではありません。むしろ、自分を取り巻く様々な「色」や「音」の中から、自分にとって本当に必要なものだけを選び取り、余計な力を抜いて存在することです。それは、とても勇気がいることです。人からどう見られるかよりも、自分の心が今、どう感じているかを優先する。透明な水が器の形に従いながらも、その本質を変えないように、私もそうありたいと願ってきました。

2. 「声」に宿る真実を信じる

私は女優としてだけでなく、歌手としても活動させていただいています。実は、歌うことに対しては、一時期、少し距離を置いていた時期もありました。自分の声が、自分のものではないような、どこか遠い場所で響いているような感覚があったからです。

しかし、活動を再開し、コンサートなどで直接皆さんの前で歌う機会をいただく中で、考えが変わりました。歌は、私一人のものではないのだと気づかされたのです。

私が歌う「探偵物語」や「Wの悲劇〜Woman “Wの悲劇”より〜」といった曲たちは、聴いてくださる方お一人お一人の記憶や人生と結びついています。私が歌う時、そこには私自身の感情だけでなく、その歌を愛してくださる方の「想い」が共鳴しています。

この経験から学んだのは、「自分の持ち場を大切にする」ということです。私にできることは、完璧に歌うことではなく、その瞬間の呼吸を大切にし、誠実に声を届けること。背伸びをせず、今の自分の年齢、今の自分の声でしか表現できないものを、包み隠さず差し出すこと。

人生において、何か特別な人間になろうとする必要はないのかもしれません。ただ、自分に与えられた役割や、自分にしか出せない「声」を信じて、それを丁寧に磨き続けること。それが、誰かの心を温めることにつながるのだと信じています。

3. 変化を受け入れ、慈しむ

長くこの仕事を続けておりますと、当然ながら年齢を重ねていきます。かつて「お嬢さん」と呼ばれていた私が、母親の役を演じ、今ではまた異なる深みを持った役柄をいただくようになりました。

女性にとって、あるいは表現者にとって、老いや変化というものは、時に恐ろしいものに感じられるかもしれません。しかし、私は今の自分の方が、二十代の頃よりもずっと楽で、自由だと感じています。

人生で大事なこと。それは「変化を恐れず、むしろ楽しむこと」ではないでしょうか。

若い頃の輝きは、確かに素晴らしいものです。でも、月日が経つことでしか得られない「翳(かげ)」や「奥行き」もまた、同じくらい美しい。皺の一本一本に、それまでに出会った人たちの笑顔や、乗り越えてきた悲しみが刻まれている。そう思うと、自分の変化が愛おしく感じられます。

植物が季節ごとにその姿を変えるように、人間もまた、その時々にふさわしい花を咲かせ、実を結べばいい。無理に若さにしがみつくのではなく、今の自分にしかできない表現、今の自分だからこそかけられる言葉を探していく。その「今」を肯定する姿勢が、人生を豊かにしてくれるのだと思います。

4. 孤独を愛し、繋がりを感謝する

私は、一人の時間をとても大切にしています。家で料理を作ったり、掃除をしたり、愛犬と過ごしたりする日常の何気ないひととき。そうした静かな時間が、私をリセットしてくれます。

人は誰しも、根本的には孤独な存在です。でも、その孤独をしっかりと抱きしめることができて初めて、他人との真の繋がりを持てるのではないでしょうか。

映画の現場というのは、監督、スタッフ、共演者の皆さんがそれぞれのプロフェッショナルな孤独を持ち寄り、一つの作品を作り上げる場所です。相米慎二監督をはじめ、これまで私を導いてくださった恩師たちは、皆、厳しくも温かい目で私を見守ってくださいました。

「おかげさまで」という言葉がありますが、私はこの言葉が大好きです。

自分が今ここにいられるのは、自分の力だけではない。見えないところで支えてくれている誰か、かつて道を照らしてくれた誰かのおかげ。その繋がりに対する謙虚な感謝の気持ちを忘れないこと。人生で一番大事なことは、この「感謝の循環」の中に自分を置くことだと思っています。

誰かに何かをしてもらった時だけでなく、何事もない平穏な一日に対しても、「ありがとうございます」と心の中で呟く。その積み重ねが、心の器を広げてくれるような気がします。

5. 待つこと、そして信じること

最後に、私が大切にしている「待つ」ということについてお話しします。

私たちは今、とてもスピードの速い時代に生きています。すぐに答えを求め、結果を出そうと焦りがちです。でも、良い仕事も、深い人間関係も、そして自分自身の成長も、熟成するための時間を必要とします。

映画の撮影でも、最高の光が差し込むのを何時間も待つことがあります。あるいは、役の心が自分の中に降りてくるのをじっと待つこともあります。

「焦らず、腐らず、その時を待つ」

これは、人生のあらゆる場面で通じる真理かもしれません。冬の間、土の中でじっと春を待つ種のように。一見、何も進んでいないように見える時間こそが、実は一番大切な栄養を蓄えている時間だったりします。

自分を信じて待つこと。そして、他人の可能性を信じて待ってあげること。その「信じる力」こそが、人生を支える一番強い根っこになるのだと思います。


結びに代えて

随分と長くお話ししてしまいました。

「人生で一番大事なことは何か」

その答えは、もしかしたら一つではないのかもしれません。そして、人生のステージによって、その色合いは変わっていくものだと思います。

今の私にとっての答えをまとめるとすれば、それは「自分を愛するように、今この瞬間を愛し、誠実に、透明な心で生きること」、そして「あらゆる縁に感謝し、自分の声で語り続けること」です。

派手な成功や、目に見える名声よりも、夜眠る前に「ああ、今日も一日、自分らしくいられたな」と静かに微笑むことができる。そんな毎日を積み重ねていけたら、それは最高の人生と言えるのではないでしょうか。

私自身も、まだまだ道半ばです。これからも、一つひとつの作品、一曲一曲の歌に、心を込めて向き合っていきたいと思っております。

あなたの人生が、あなたらしい光に満ちた、素晴らしいものでありますよう。

心からお祈りしております。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。

薬師丸ひろ子