松下幸之助でございます。
「人生において、一番大事なことは何か」。
これはまことに深く、そして人間の根本を問う素晴らしいご質問ですな。私も九十四年の生涯を通じて、事業という営みの中で、またPHP(Peace and Happiness through Prosperity)の活動を通じて、来る日も来る日もこの問いと向き合ってまいりました。
私なりの経験と、そこから得たささやかな悟りをもとに、今のあなた様にどうしてもお伝えしておきたいことを、少し長くなりますがお話しさせていただきたいと思います。
素直な心――すべての根源
結論から申しましょう。「人生で一番大事なこと」、それは「素直な心」を持ち続けること、これに尽きると私は考えております。
「なーんだ、そんなことか」と思われたかもしれません。「素直」というと、人に逆らわず、言われた通りにする従順な態度を想像される方が多い。しかし、私が言う「素直な心」というのは、そのような弱いものではありません。もっと力強く、もっと能動的な心のありようです。
素直な心とは、「物事の実相を、あるがままに見る心」のことです。
私たちは往々にして、自分の都合や欲望、感情、あるいは過去の経験といった「色眼鏡」を通して世界を見てしまいます。「こうあってほしい」「あいつは嫌いだ」「自分には無理だ」。そういった私心にとらわれていると、目の前の真実が見えなくなります。真実が見えなければ、判断を誤る。判断を誤れば、失敗をする。これは当然の理(ことわり)です。
素直な心になれば、黒いものは黒、白いものは白と、ありのままに見ることができます。良いことは良い、悪いことは悪いと認められる。自分の非を悟れば、直ちに改めることができる。他人の優れた点を見れば、わだかまりなく教えを乞うことができる。
つまり、素直な心とは、人間を賢くし、強くし、そして正しく生きるための「最強の武器」なのです。この心が土台にあって初めて、技術も知識も、そして運命さえもが、真の意味で生きてくるのです。
与えられた運命を生かす
人生において次に大事なことは、「自分に与えられたものを、天分として受け入れる」ことです。
世間ではよく、私のことを「経営の神様」などと呼んでくださるようですが、若い頃の私は、神様どころか、実に惨めな境遇にありました。家は破産し、小学校も満足に出られず、九歳で丁稚奉公に出されました。体は弱く、二十歳まで生きられないと言われたこともあります。
しかし、振り返ってみますと、私はこの「三つの弱点」のおかげで成功できたのです。
第一に、家が貧しかったから、わずかな給金でも感謝することができました。そして、お金の尊さ、商売の大切さを骨身に沁みて学ぶことができました。
第二に、学校を出ていなかったから、出会う人すべてを「師」と思うことができました。自分には学がないと知っていたからこそ、部下の意見にも耳を傾け、衆知(多くの人の知恵)を集めることができたのです。
第三に、体が弱かったから、人に頼ることを覚えました。自分一人では何もできないから、人に任せる。任された人は意気に感じて働いてくれる。結果として、組織が大きくなったのです。
もし私が、健康で、高学歴で、裕福な家に生まれていたら、今の松下電器(パナソニック)はなかったでしょう。慢心し、独りよがりになり、挫折していたに違いありません。
人は誰しも、配られたカードに不満を持ちがちです。「もっと才能があれば」「もっと良い環境なら」。しかし、嘆いていても何も変わりません。大事なのは、その境遇を「天から与えられた自分だけの持ち味」だと捉え直すことです。
逆境さえも素直に受け入れ、「これをどう生かすか」と知恵を絞る。すると、不思議なことに、欠点が長所に変わり、不幸だと思っていたことが幸運の種に見えてくるのです。
これを私は「運命を生かす」と呼んでいます。人生に無駄なものは何一つありません。すべては考え方一つで、宝の山に変わるのです。
生成発展の理(ことわり)を信じる
人生を歩む上で、どうしても忘れてはならないのが、この宇宙の法則、すなわち「生成発展」への信頼です。
自然界を見てごらんなさい。種は芽を出し、木となり、森となる。季節は巡り、万物は絶えず変化し、新しく生まれ変わっています。宇宙の万物は、日に日に新たに、生成し発展していくのが本来の姿なのです。
ですから、人間の人生もまた、本来は成功し、繁栄し、幸福になるようにできているのです。「貧困や失敗、病気が当たり前」ではありません。「繁栄し、平和で幸福であること」こそが、自然の理にかなった姿なのです。
もし今、あなたが苦しみの中にあるとしたら、それは決して「運が悪い」からではありません。自然の理、生成発展の法則から、少し足を踏み外しているだけのことです。何かが不自然なのです。
無理をしていないか。感謝を忘れていないか。私利私欲に走っていないか。他人を傷つけていないか。
立ち止まって、素直な心で点検してみてください。そして、自然の理に沿った生き方、すなわち「誠実」に、「熱意」を持って、「調和」を大切にする生き方に戻れば、必ず道は開けます。
「道」というものは、自分で切り開くものです。しかし、それは我欲で無理やりこじ開けるものではありません。やるべきことをやり、正すべきを正し、あとは天命を待つ。そうすれば、あたかも水が流れるように、自然と道は開かれていくものです。
「失敗したところでやめてしまうから失敗になる。成功するまで続ければ、失敗は成功の過程にすぎない」。私がよく申し上げるこの言葉も、この生成発展の法則への絶対的な信頼から来ているのです。
人と共に生きる喜び
さて、ここまで「心」や「運命」についてお話ししましたが、人生を彩る最も美しい要素、それは「人との絆」であり、「感謝」です。
人間は、一人では決して生きられません。私が食べた今朝のご飯も、着ている服も、誰かが作ってくれたものです。私の仕事も、社員諸君が、そしてお客様がいてくれて初めて成り立ちます。私たちは、お互いに支え合い、生かし合って存在しているのです。
このことに気づけば、自然と「感謝」の念が湧いてくるはずです。
部下が働いてくれることに感謝する。お客様が商品を買ってくださることに感謝する。太陽が照ってくれることに感謝する。
感謝の心を持つ人は、幸せです。なぜなら、感謝する対象があること自体が喜びだからです。そして、感謝の心を持つ人の周りには、自然と人が集まり、協力者が現れます。
「松下電器は、人を作る会社です。あわせて電気製品も作っております」。
創業当時、私は社員にこう語りました。事業とは、単に金を儲けることではありません。仕事を通じて人間として成長し、世の中に貢献すること。そして、その喜びを分かち合うことです。
あなたにとって一番大事なこと。それは、あなた自身の成功だけではないはずです。あなたの周りの人が、あなたの存在によって少しでも幸せになること。あなたの仕事によって、世の中が少しでも良くなること。
「共存共栄」という言葉があります。自分も繁栄し、相手も繁栄する。この調和の中にこそ、真の人生の醍醐味があります。他人を蹴落として得た成功など、虚しいものです。共に喜び合える仲間、家族、社会があってこそ、人生は輝くのです。
志(こころざし)を立てる
最後に、これらすべてを貫く背骨として、「志」の大切さをお伝えします。
人は何のために生きるのか。
ただ食べて、寝て、楽しむためだけに生きるには、人生はあまりにも長い。そして尊い。
どんなに小さなことでも構いません。「自分はこの命を使って、誰かの役に立ちたい」「こんな世の中にしたい」という願い、すなわち「志」を持っていただきたいのです。
志が立ったとき、人の目は輝き始めます。
志があれば、少々の苦労は苦労と感じなくなります。
志があれば、迷ったときの判断基準ができます。
そして何より、志を持つ人には、不思議と目に見えない大きな力が味方をするようになるのです。
私の志は、「水道哲学」という考えに端を発しています。水道の水のように、物資を無尽蔵に供給し、貧困をこの世から無くしたい。その思い一筋でやってきました。その志があったからこそ、数々の危機を乗り越えられたのです。
あなた様にも、必ず「天命」とも呼べる役割があるはずです。焦ることはありません。素直な心で日々を丁寧に生きていれば、必ず「これだ」というものが見つかります。
その志に向かって、一歩一歩、倦まず弛まず(うまずたゆまず)歩んでいく。その歩みそのものが、尊い人生なのです。
むすび
長々とお話ししてまいりましたが、私の考える「人生で一番大事なこと」を要約すれば、このようになります。
素直な心で、宇宙の理と自分の運命を信じ、
感謝の念を持って人と共に生き、
志を持って、世のため人のために尽くすこと。
難しいことのように聞こえるかもしれません。しかし、何も聖人君子になれと言っているわけではありません。私自身、凡人であり、多くの失敗を重ねてきた人間です。
ただ、昨日より今日、今日より明日と、少しでも「素直な心」に近づこうと努力する。転んでも、また起き上がって歩き出す。そのひたむきな姿にこそ、人生の価値があるのではないでしょうか。
雨が降れば傘をさす。
そんな当たり前のことを、当たり前に行う心。
無理をせず、しかし悲観もせず、淡々と、しかし情熱を持って、あなた様だけの「道」を歩まれることを、心より願っております。
道は必ず開けます。
あなた様の人生が、生成発展し、実り多きものとなりますよう、お祈り申し上げます。
松下幸之助