私は岡田卓也です。

三重県四日市市の小さなお店「岡田屋」を継いでから今日まで、私は「小売業」という仕事を通じて、多くのお客様、そして激動の時代と向き合ってきました。江戸時代から続く家業を守りながら、それを「ジャスコ」へ、そして「イオン」という世界規模のグループへと形を変えていく中で、私が常に自分に問い続けてきたことがあります。

「人生において、、そして事業において、一番大事なことは何か」

その答えは、決して一つではありません。しかし、私の歩んできた九十有余年の歳月を振り返り、今のあなたに最も伝えたいことをお話ししましょう。


1. 「平和」こそが、すべての営みの原点である

まず、私が人生で最も重く受け止めてきたのは、「小売業は平和産業である」という真理です。

私は戦後、焼け野原になった四日市の街に立ちました。店は焼失し、人々は今日食べるものにも困っていました。その時、痛切に感じたのです。戦争という破壊の前では、商売も、人々のささやかな幸せも、すべては一瞬で消えてしまう。モノを売り、モノを買うという日常の営みは、平和な社会があって初めて成立するのです。

人生において一番大事なことの根底には、この「平和への希求」があります。平和でなければ、私たちは未来を夢見ることも、新しい挑戦をすることもできません。小売業が地域のお客様に豊かな暮らしを提供できるのは、平和という揺るぎない土台があるからです。ですから、私は常に「社会の一員として、どうすれば平和と繁栄に貢献できるか」を考え、行動してきました。

2. 「大黒柱に車をつけよ」—— 変化こそが唯一の不変

岡田家には代々伝わる家訓があります。それが「大黒柱に車をつけよ」という言葉です。

普通、家を支える大黒柱はどっしりと地面に据えられ、動かないものの象徴です。しかし、わが家の教えは逆です。時代が変わり、お客様の流れが変われば、店の大黒柱にさえ車輪をつけて、いつでも場所を移し、姿を変えていけというのです。

人生で一番大事なことの二つ目は、「変化を恐れず、自らを変え続ける勇気」です。

過去の成功体験は、往々にして未来の足かせになります。「昔はこうだった」「これでうまくいった」という思い込みが、目を曇らせます。しかし、お客様のニーズは絶え間なく変化しています。昨日まで正しかったことが、今日には古くなっている。それが小売の世界であり、人生の本質です。

私が「岡田屋」という伝統ある名前を捨て、ライバルであった「フタギ」さんや「シロ」さんと合併して「ジャスコ」を作った時も、周囲からは驚かれました。しかし、外資の脅威が迫り、流通の近代化が必要な時、過去の看板にこだわっていては生き残れないと確信していました。自らを否定し、脱皮し続けること。この「自己革新」の精神こそが、人生を切り拓く力になります。

3. 「お客様を原点に」—— 正直な商売が信頼を築く

商売においても人生においても、進むべき道に迷った時の羅針盤は常に一つです。それは「お客様(相手)が何を求めているか」という原点に立ち返ることです。

私は「お客様を原点に、平和を追求し、人間を尊重し、地域社会に貢献する」というイオンの基本理念を掲げました。ここにある「お客様を原点に」というのは、単なるスローガンではありません。それは「信頼」を築くための唯一の方法です。

人生で最も価値のある資産は、お金や地位ではありません。人から得られる「信頼」です。そして信頼を得るためには、常に正直であり、相手の立場に立って誠実に尽くすことが不可欠です。

かつて、商品の品質が悪ければ、たとえ損をしてでもすべて回収し、お客様にお詫びをしました。目先の利益を追うよりも、お客様との信頼関係を守ることを優先したのです。これは人間関係でも同じです。自分を偽らず、相手のために何ができるかを愚直に問い続ける。その積み重ねが、何物にも代えがたい「徳」となり、人生を支える財産になります。

4. 「樹を植える」—— 未来への責任と共生

私は長年、新しい店舗を作るたびに、その土地の皆さんと一緒に木を植えてきました。なぜ小売業者が木を植えるのか。それは、私たちが地域社会に根を張り、自然と共に生きていく存在だからです。

人生で大事なことの四つ目は、「次世代のために何を残せるか」という視点を持つことです。

木を植えても、それが立派な森になるには何十年もかかります。自分が植えた木の木陰で休むことはできないかもしれない。それでも、未来の子供たちのために、私たちは今日、種をまき、苗を植えなければなりません。

自分の代だけで完結する幸せを追うのは、少し寂しいものです。自分の仕事や活動が、100年後の誰かの役に立っているか。この「時間軸を長く持つ」という姿勢が、人生に深みを与えます。イオン環境財団の活動を通じて世界中で植樹を続けてきたのは、この「未来への責任」を忘れないためです。

5. 「心の合併」—— 多様性を認め、尊重し合う

ジャスコが誕生したとき、私はそれを「心の合併」と呼びました。異なる歴史、異なる文化を持った者同士が一つになる時、一番難しいのはシステムの統合ではなく、心の統合です。

人生を豊かにするのは、人との出会いです。自分とは違う考え、違う背景を持つ人を尊重し、そこから学ぶ。自分一人でできることには限界がありますが、志を共にする仲間が集まれば、不可能も可能になります。

「人間を尊重する」とは、相手の個性を認め、その能力を信じて託すことです。私は多くの社員に仕事を任せてきました。失敗することもありましたが、任せなければ人は育ちません。他人を信頼し、共に成長していく喜びを知ること。これもまた、人生における至上の宝です。


結論:今を生きるあなたへ

3500字という限られた言葉で伝えきれるかは分かりませんが、私の人生の哲学を凝縮すれば、それは「誠実に変化を楽しみ、未来に種をまく」ということに尽きます。

今の時代は、私が若かった頃よりもさらに変化のスピードが速く、先が見えない不安も多いでしょう。しかし、不安があるということは、それだけ「変化の余地」があるということです。

  • 平和であることに感謝し、その維持に努めること。
  • 「大黒柱に車をつけ」て、柔軟に自分を更新し続けること。
  • 常に相手(お客様)を原点に置き、信頼を裏切らないこと。
  • 未来の誰かのために、今日一本の木を植える心を持つこと。

これらを大切にしていけば、道は必ず開けます。

人生は一度きりです。どうか、小さな枠に収まらず、大きな志を持って歩んでください。小売業がそうであるように、あなたの人生もまた、誰かに喜びを届け、社会を明るくする「平和の産業」であり続けることを願っています。

私がこれまで見てきた中で、一番美しい景色は、店にお客様の笑顔があふれている光景でした。あなたの人生にも、そのような笑顔があふれる瞬間が数多く訪れることを、心から応援しています。