勝谷誠彦だ。
「人生で一番大事なことは何か」だと?
おいおい、まだそんな寝ぼけたことを言っているのか。俺が死んでからもう何年も経つというのに、相変わらずこの国は、いや、そこに生きるお前たちは、正解のない問いにすがりついて、誰かが与えてくれる「安心」という名の麻薬を欲しがっているようだな。
いいだろう。あの世からの説教だと思って聞け。俺はずっと言い続けてきたことしか言わない。ブレるのが一番嫌いだからな。3500字、たっぷりと俺の「遺言」の続きを書いてやる。
第一章:世間の「空気」に殺されるな
まず結論から言おう。人生で一番大事なこと。それは「個の確立」だ。もっと平たく言えば、「テメェの頭で考え、テメェの足で立ち、テメェの美学で生きろ」ということだ。
今の日本を見てみろ。テレビをつければ、どいつもこいつも判で押したようなコメントばかり垂れ流しているコメンテーター、それに迎合するだけの司会者。ネットを見れば、匿名という安全地帯から石を投げるだけの卑怯者たちが跋扈(ばっこ)している。政治家は票のために魂を売り、官僚は保身のために書類を捨てる。
これらに共通しているのは何か。「個」がないんだよ。「空気」という化け物に支配され、自分で思考することを放棄している。周りが右を向けば右、左を向けば左。それが「大人」の対応だと勘違いしている。
冗談じゃない。それは「生きている」とは言わない。ただ「呼吸している」だけだ。
俺が文藝春秋にいた頃も、フリーになってからも、そして有料配信メールで毎日何万字もの原稿を書き殴っていた時も、俺が戦っていた相手は常にこの「同調圧力」だった。
人生で一番大事なのは、この「巨大なシステムや空気」に対して、たとえ一人になっても「否(NO)」を突きつける勇気を持つことだ。孤独を恐れるな。群れるな。群れた羊が一万匹いたところで、一匹の狼には勝てない。いや、勝つか負けるかじゃない。群れた時点で、お前の人生は「他人の人生の書き割(背景)」に成り下がるんだ。
お前が今、何かに悩んでいるとして、その悩みは本当にお前自身の悩みか? 「世間体」や「常識」や「親の期待」や「会社の評価」が生み出した悩みじゃないのか? そんなものは捨てちまえ。自分の欲望、自分の正義、自分の美学。それだけを羅針盤にしろ。
第二章:食い、飲み、愛し、五感で生きろ
次に大事なことを言うぞ。頭でっかちになるな。「肉体」を喜ばせろ。
俺は酒も飲んだし、美味いものも食った。体を壊すほどにな。結果的にそれが寿命を縮めたと言われるかもしれないが、後悔なんざこれっぽっちもない。なぜなら、俺は「生きる」という行為を、この肉体を通して骨の髄まで味わい尽くしたからだ。
現代人は情報ばかり食っている。スマホの画面で見た絶景、レビューサイトで高得点のラーメン、インフルエンサーが勧める服。それで「体験した」気になっている。バカモン!
風の匂いを嗅げ。土の手触りを知れ。取れたての魚の、あの跳ねるような生命力を舌で感じろ。安い居酒屋の煮込みでもいい、最高級のフレンチでもいい、大事なのは「作り手の魂」を食うことだ。そして、美味い酒を飲め。酒は単なるアルコールじゃない。人と人を繋ぎ、本音を暴き出し、人生の澱(おり)を洗い流す聖水だ。
俺が写真を撮り続けたのも同じ理由だ。ファインダーを通して、光と影、季節の移ろい、花の一瞬の輝きを切り取る。それは、世界と直接対決する行為なんだ。
「美しい」と感じる心。これを失ったら人間はおしまいだ。
人生において大事なのは、効率よく生きることでも、健康長寿を全うすることでもない(まあ、健康な方がいいに越したことはないが)。大事なのは、「世界の手触り」をどれだけ生々しく感じ取れたかだ。
誰かを愛する時もそうだ。打算で付き合うな。条件で選ぶな。全身全霊でぶつかれ。傷つくことを恐れるな。傷跡こそが、お前が生きた証なんだよ。無傷で綺麗なまま死んでいくなんて、そんなつまらない人生があるか。
第三章:知の武装を怠るな
「個」を確立し、五感で生きる。そのためには何が必要か。「勉強」だ。
学校の勉強じゃないぞ。歴史を知り、世界を知り、人間の業(ごう)を知ることだ。
今の日本人は、あまりにも歴史を知らなすぎる。過去に何が起き、先人たちがどう生き、どう死んでいったか。それを知らずして、今の情勢を理解できるはずがない。
俺はとことん現場を歩いた。阪神淡路大震災の被災地、オウム真理教の現場、北朝鮮の国境、イラク戦争。自分の目で見て、自分の肌で感じたことだけを信じた。メディアが垂れ流す「編集された真実」の裏側には、常に泥臭く、血なまぐさい現実がある。
お前たちに戦場に行けとは言わん。だが、「疑う知性」を持て。
新聞に書いてあるから本当か? テレビが言っているから正しいのか? 偉い学者が言っているから間違いないのか?
全部疑え。そして調べろ。本を読め。古典を読め。そして考えろ。
「知」は武器だ。この複雑怪奇で、嘘と欺瞞に満ちた世界を生き抜くための、唯一の武器だ。バカは搾取される。これは世の常だ。搾取されたくなければ、賢くなるしかない。それは偏差値のことじゃない。「物事の本質を見抜く目」を養うことだ。
第四章:日本という国を愛せ、だが国策には騙されるな
俺はこの国を愛していた。日本の自然、文化、そしてそこに根付く精神性。これは世界に誇れるものだ。四季の移ろいを愛でる感性、他者を慮る繊細さ、職人たちの愚直なまでの誠実さ。これらは守るべき宝だ。
だが、勘違いするな。「国を愛すること」と「政府や権力に従うこと」は全くの別物だ。むしろ、国を愛しているからこそ、国を間違った方向に導こうとする政治家や官僚には、徹底的に噛みつかなければならない。
今の日本はどうだ? 美しい田園風景はソーラーパネルで埋め尽くされ、水源地は外国資本に買い漁られ、子供たちの教育はおざなりにされている。これを「売国」と言わずして何と言う。
お前たちにとって大事なこと。それは、「自分が何者であるか」というアイデンティティを持つことだ。日本人として生まれたなら、日本の歴史と文化に誇りを持て。だが、それは排外的になれということではない。自分という確固たる根っこがあるからこそ、他者や他国を尊重できるんだ。根無しの草は、風に吹かれて枯れるだけだ。
故郷を大事にしろ。家族を大事にしろ。友を大事にしろ。
その最小単位のコミュニティを守り抜くことが、結果として国を守り、世界を守ることに繋がる。抽象的な「世界平和」なんて寝言を唱える前に、まずは隣の困っている友人に手を差し伸べろ。それが俺の言う「保守」だ。
第五章:死を想え(メメント・モリ)
最後に、一番言いにくいが、一番確実なことを言う。
お前は、必ず死ぬ。
俺も死んだ。あっけなかったよ。もっと書きたいこと、撮りたいもの、食いたいもの、言いたいことは山ほどあった。だが、終わりは唐突に来る。
現代人は死を隠蔽しすぎている。病院のベッドで管に繋がれ、見えないところで処理されるのが死だと思っている。だから「生」が希薄になるんだ。
死は常に隣にある。明日、交通事故で死ぬかもしれない。突然の病で倒れるかもしれない。
だからこそ、「今、ここ」を燃やせ。
「いつかやる」という言葉は、敗北者の言葉だ。「定年したら旅行に行こう」「お金が貯まったら好きなことをしよう」。そんな日は来ないかもしれないんだぞ。
俺の人生を見てみろ。批判もされた。敵も作った。アル中で早死にしたと笑う奴もいるだろう。だがな、俺は俺の人生を、誰の指図も受けずに駆け抜けた。言いたいことを言い、書きたいことを書き、愛するものを愛した。
その一点において、俺の人生は「成功」だったと胸を張って言える。
お前はどうだ?
もし今、死神が肩を叩きに来たら、「待ってくれ、まだ何もしていないんだ」と泣きつくのか? それとも、「ああ、面白い人生だった。上等だ」と笑って逝けるか?
人生で一番大事なこと。
それは、最期の瞬間に「俺の人生、これ以外にはあり得なかった」と納得できるかどうかだ。
そのためには、嘘をつくな。自分にだけは嘘をつくな。
嫌な仕事なら辞めろ。会いたくない奴には会うな。言いたいことがあれば声を上げろ。
空気を読むな、時代を読め。
媚びるな、誇りを持て。
俺はもう、お前たちの世界にはいない。
だが、俺が遺した言葉、俺が撮った写真、そして俺の魂の欠片は、まだどこかに漂っているはずだ。
もしお前が、孤独な夜に、理不尽な上司に罵倒された後に、あるいは政治家のふざけた答弁を聞いた後に、腹の底から怒りや悲しみが湧いてきたら思い出せ。
「勝谷なら、ここで何て言うか」と。
「バカモン! 立ち上がれ! 戦え! そして美味いものを食え!」
そう叫んでやる。
いいか、人生は短い。だが、退屈している暇はないほどに、この世界は美しく、そして残酷で、面白い。
精一杯、血を流し、汗をかき、涙を流して生きろ。
それが、勝谷誠彦からの、あの世からのメッセージだ。
じゃあな。美味い酒でも飲んで寝ろ。