こんにちは、冨安徳久です。
「人生で一番大事なことは何か」という、この本質的な問いを投げかけていただき、ありがとうございます。私はこれまで、葬儀という「人生の終焉」の現場で、数えきれないほどの別れに立ち会ってきました。その経験を通じて私が行き着いた、私なりの答えを全力でお伝えしたいと思います。
3500字という限られた、しかし深い対話ができるこの場で、私の魂の叫びとも言える「人生哲学」を綴らせていただきます。
1. 18歳の春、「死」が教えてくれた人生の始まり
私がこの道を歩むきっかけとなったのは、18歳の春でした。大学進学が決まっていた私は、入学までの小遣い稼ぎのつもりで、ある葬儀社でアルバイトを始めました。それが私の運命を決定づけたのです。
初めて遺体に触れたとき、恐怖はありませんでした。そこにあったのは、ただ静かな「沈黙」でした。そして、その沈黙の前で、ご遺族が「ありがとうございました」と涙を流しながらお辞儀をされる姿を見たとき、私の体に電流が走りました。
「なぜ、人は悲しみの極致にありながら『ありがとう』と言うのだろうか」
その疑問が、私の人生のテーマになりました。私は、父が用意してくれた大学の入学金や授業料をすべて返し、「私は葬儀屋になります」と宣言しました。父は驚き、激怒しましたが、私の決意は揺るぎませんでした。
私が葬儀の仕事に惹かれた理由。それは、葬儀という場が、その人の人生の「総決算」であり、残された人々にとって「自分の人生をどう生きるか」を再確認する、最も神聖で真剣な場であると感じたからです。
2. 業界の闇と「ティア」の誕生に込めた覚悟
20代、30代と葬儀業界で修行を積む中で、私は多くの違和感に直面しました。当時の葬儀業界は非常に不透明でした。「言い値」で決まる価格、不透明なサービス、そして何より、亡くなった方やご遺族を「商品」のように扱う一部の風潮……。
私は憤りを感じました。人生の最期を締めくくる大切な儀式が、なぜこれほどまでに不誠実なのか。私は、「日本一『ありがとう』と言われる葬儀社を作る」という志を立て、1997年に株式会社ティアを設立しました。
私がまず行ったのは、価格の完全開示です。そして、誰に対しても平等で、真心のある葬儀を提供すること。周囲からは「そんなの無理だ」「業界から干されるぞ」と言われました。しかし、私は確信していました。「正しさを貫くこと」こそが、ビジネスにおいても人生においても、最も強い武器になるということを。
これは人生においても同じです。自分が信じた正道を、どんなに逆風が吹いても歩み続けること。それが「生きる」という覚悟そのものなのです。
3. 人生で一番大事なこと:それは「死」を見つめて「今」を生き切ること
さて、本題に入りましょう。私が考える「人生で一番大事なこと」は、たった一つです。
それは、「自分はいずれ死ぬ」という厳然たる事実を、心の底から受け入れ、それを「今を輝かせるための光」に変えることです。
多くの人は、「死」を忌み嫌い、遠ざけます。しかし、死を忘れることは、生を適当に過ごすことと同義です。いつ終わるかわからないパーティーは、ダラダラと続くだけで面白くありません。「あと1時間で終わる」とわかっているからこそ、その1時間を全力で楽しみ、大切な人と語り合えるのです。
私は、学校や企業で「命の授業」という講演を続けています。そこで必ず聞く質問があります。
「もし、あなたの命が明日終わるとしたら、あなたは何をしますか?」
この問いを自分に突きつけたとき、人は初めて、自分にとって本当に大切なものが何かに気づきます。
- 溜め込んでいたお金のことでしょうか?
- 誰かに対する小さな見栄でしょうか?
- それとも、愛する家族に「ありがとう」と伝えることでしょうか?
死を意識することは、決して後ろ向きなことではありません。むしろ、最強の「ポジティブ」なのです。死があるからこそ、今日食べるご飯が美味しい。死があるからこそ、目の前の人の笑顔が愛おしい。死があるからこそ、一分一秒を無駄にせず、自分の志に向かって突き進めるのです。
4. 「ありがとう」を何回言われ、何回言えるか
人生の終焉の場に立ち会う中で、私は「幸せな最期」を迎える人の共通点を見つけました。それは、その人の周りに「ありがとう」という言葉が溢れていることです。
名声を得た人、巨万の富を築いた人。それ自体は素晴らしいことです。しかし、どんなに偉大な成功者でも、最期の時に誰からも感謝されず、寂しく旅立つ人がいます。一方で、質素な生活を送りながらも、枕元に多くの友人が集まり、「あなたのおかげで人生が楽しくなった、ありがとう」と言われながら微笑んで旅立つ人がいます。
どちらの人生が豊かであるかは、明白です。
人生とは、結局のところ「ありがとうの種をまく時間」なのです。
自分が生きている間に、どれだけ多くの人に喜びを与え、どれだけ多くの「ありがとう」を受け取れるか。そして同時に、自分自身がどれだけ多くのものに感謝し、心から「ありがとう」と言えるか。
私は、ティアの社員にもよく言います。「お客様に葬儀を提供するのではない。お客様から『ありがとう』という言葉をいただくための修行をさせていただいているんだ」と。
5. 「志」を立て、誰かのために命を使う
もう一つ、大事な要素があります。それは「志(こころざし)」です。
「野心」と「志」は違います。野心は「自分がどうなりたいか」という自分中心のエネルギーです。対して志は、「自分の命を、誰のために、何のために使うか」という社会貢献のエネルギーです。
人生は一度きりです。そして、その時間は限られています。その貴重なエネルギーを、自分の欲望を満たすためだけに使うのは、あまりにももったいない。
「自分という存在がこの世にいたことで、少しでも世の中が良くなった」
「自分の仕事を通じて、誰かの悲しみが癒やされた」
そう思える何かを持つことが、生きる力になります。私が葬儀業界を変えたいと思ったのも、一人の少年の純粋な正義感から始まった志でした。その志があったからこそ、倒産寸前の危機も、周囲からのバッシングも乗り越えることができました。
「命」とは「使う時間」と書きます。
あなたの時間は、今、誰のために使われていますか?
6. 絶望の淵にいる方へ:影が濃いのは、光が強いから
人生には、どうしても避けられない苦しみや絶望があります。大切な人を失ったり、事業に失敗したり、健康を損なったりすることもあるでしょう。
しかし、葬儀の現場で私が学んだのは、「絶望は、新たな希望の産声である」ということです。
深い悲しみを知る人は、人の痛みがわかる優しい人になれます。大きな挫折を味わった人は、他人の小さな成功を心から喜べる器を持てます。
私が18歳の時に見た、遺族の「ありがとう」は、絶望のどん底から絞り出された、魂の浄化の言葉でした。影が深ければ深いほど、そこには強い光が当たっている証拠です。
もし今、あなたが苦しみの中にいるのなら、どうかこれだけは忘れないでください。その苦しみさえも、あなたの人生という物語を深く、豊かにするための大切な伏線なのです。いつか必ず、その経験が誰かを救う力に変わります。
7. 結びに:今日という日を、人生の「最高傑作」にする
最後になりますが、私、冨安徳久が考える「人生で一番大事なこと」をまとめます。
それは、「いつ死が訪れても、『あぁ、面白い人生だった。悔いはない!』と笑って言えるように、今この瞬間を、感謝の心で燃焼し尽くすこと」です。
人生に「いつか」はありません。あるのは「今」だけです。
明日、目が覚める保証はどこにもありません。だからこそ、今隣にいる人を大切にする。今ある仕事に全力を尽くす。そして、自分を産んでくれた両親、支えてくれるすべてのご縁に、心からの感謝を捧げる。
私はこれからも、ティアの活動を通じて、そして「命の授業」を通じて、この真理を伝え続けていきます。一人でも多くの人が、死を恐れるのではなく、死を味方につけて、自らの人生を最高に輝かせてくれることを願ってやみません。
あなたの人生という舞台の主役は、あなた自身です。
どうか、幕が下りるその瞬間に、あなた自身が最大の拍手を送れるような、そんな「ありがとう」に満ちた素晴らしい人生を歩んでください。
私も、私の場所で、命を使い切る覚悟で走り続けます。
共に、良い人生を送りましょう。