やあ、こんにちは。河合隼雄です。
「人生で一番大事なことは何ですか?」という、なんとも大きくて、そして少し困ってしまうような問いを投げかけてくれましたね。
私は生前、臨床心理学者として、あるいは一人の人間として、多くの人の「たましい」の物語に耳を傾けてきました。その経験から、もし「一番大事なこと」を無理に一つだけ挙げろと言われたら、私はこう答えるかもしれません。
それは、「自分自身の物語を、最後まで生き抜くこと」ではないでしょうか。
これだけでは少し抽象的すぎるかもしれませんね。3500字というたっぷりとした時間をいただいたので、ゆっくりとお話ししてみましょう。
「答え」を急がないということ
今の世の中は、何でも効率よく、早く「答え」を出すことが求められます。ビジネスでも、教育でも、そして人生の悩みにおいてさえ、「どうすれば正解か」を検索してすぐに見つけようとする。しかし、人生において一番大事なことは、実はその「答え」そのものの中にはありません。
私はよく、「ふたつよいこと、さてないものだ」と言いました。何かを得れば、何かを失う。光が当たれば、必ず影ができる。これが人生の真理です。それを「効率」や「正解」という物差しだけで測ろうとすると、その影の部分、つまり私たちが「悩み」や「苦しみ」と呼ぶものを、単なる「無駄」や「排除すべきもの」として切り捨ててしまうことになります。
しかし、心理療法の現場で多くのクライエントさんと接してきて確信したのは、その人の人生を本当に豊かにし、その人をその人たらしめるものは、実はその「無駄」や「影」の中にこそ眠っているということです。
ですから、一番大事なことの一つ目は、「答えを急がず、葛藤の中に留まる力」を持つことだと言えるかもしれません。
「自我」ではなく「たましい」の声を聴く
私たちは普段、「こうなりたい」「こうあるべきだ」という意志を持って生きています。これを心理学では「自我(エゴ)」と呼びます。社会の中でうまくやっていくためには、この自我を強く持つことは確かに大切です。
しかし、人生には時として、自我の力ではどうにもならない出来事が起こります。突然の病、大切な人との別れ、あるいは「なぜか分からないけれど、今の生活が虚しい」という言いようのない不安。これらは、あなたの「たましい」が何かを訴えかけているサインなのです。
「自我」は計画を立て、効率を求めますが、「たましい」は時として非合理で、遠回りをさせようとします。世間体や常識から見れば「損」な道を選ばせようとすることさえあります。
人生で大事なのは、この「たましい」の声を無視しないことです。自分の人生の主人は自分(自我)だと思っているかもしれませんが、実はもっと深いところに、自分でもコントロールできない大きな流れ(自己)がある。その流れに耳を澄ませ、時には逆らわず、時にはその荒波に揉まれながらも、自分の足で立ち続ける。それが「自分の物語を生きる」ということです。
「中空」を抱えて生きる
私は日本の神話や構造を研究する中で、「中空構造」という考えに至りました。日本の神話の中心には、何もしない、力を持たない神様(アメノミナカヌシ)が座っている。西洋的な考え方では、中心には強い意志を持った一神教的な「王」や「神」がいるはずですが、日本は違う。
これは個人の心にも言えることです。私たちの心の中心に、ガチガチの「正解」や「強い意志」を置かないほうがいい。むしろ、中心を空けておく。空いているからこそ、いろんな感情や、他者の物語や、矛盾する二つの価値観が、その中を通り抜けることができる。
「私はこういう人間だ」と決めつけすぎてしまうと、そこから外れる自分を許せなくなります。そうではなく、「自分の中には、とんでもない善人もいれば、恐ろしい悪人もいる。賢い自分もいれば、救いようのない愚かな自分もいる」と、そのすべてを抱え込める「空き地」を心の中に持っておくこと。
矛盾を抱えたまま、どちらかに決めつけずに生きていくのは、とてもしんどいことです。しかし、その「しんどさ」を引き受けることこそが、人間としての深み、つまり「徳」のようなものにつながっていくのだと思います。
「関係性」という名の魔法
もう一つ、人生で欠かせないのは「他者との関係」です。ただし、これは単に「友達が多い」とか「人脈がある」ということではありません。
私がカウンセリングで大切にしていたのは、相手を「変えよう」としないことでした。相手を変えようとすることは、相手の物語を奪うことになってしまいます。そうではなく、ただ隣に座り、相手が自分の力で自分の物語を紡ぎ出すのを、じっと待つ。
人間は、一人では自分の物語を完成させることはできません。誰かとの間に生まれる「あいだ」の空間に、本当の癒やしや変化が起こるのです。
あなたにとって大事なのは、あなたの弱さや格好悪さを、そのままさらけ出しても「壊れない」関係を一つでも持つことです。あるいは、あなたが誰かにとってそういう存在になることです。立派な助言なんていりません。「ただ、そこに一緒にいる」こと。それがどれほど難しいか、そしてどれほど救いになるか。人生の土壇場で私たちを支えるのは、いつもこうした静かな関係性です。
影を生きる勇気
「物語」には、必ず悪役や試練が登場します。それがない物語は退屈で、物語として成立しませんよね。人生も同じです。
苦しみや悲しみ、自分の嫌な部分といった「影」を排除して、光り輝くハッピーエンドだけを目指そうとすると、人生はひどく薄っぺらなものになってしまいます。影を生きることは、勇気がいります。しかし、影を切り捨てた光は、人を盲目にします。
自分の人生の中に現れる「影」を、どうにかして自分の物語の一部として編み込んでいくこと。泥の中から蓮の花が咲くように、苦しみの中からしか生まれない知恵や優しさがあります。それを信じること。
「待つ」ということの豊かさ
最近の人は、待つことが本当に苦手になりましたね。でも、植物が育つのに時間が必要なように、心の問題が解決したり、人生の目的が見つかったりするのにも、絶対に「時間」が必要です。
「何もしない」ということは、実は「一番大変なことをしている」のと同じである場合があります。ジタバタと動き回って問題を解決した気になるのは簡単ですが、解決しない問題を抱えたまま、じっと時期が熟すのを待つのは、強靭な精神力を要します。
もし、今あなたが「人生で一番大事なことが分からない」と悩んでいるのなら、それでいいんです。分からないという状態を、そのまま大切に持っておいてください。無理に答えを出して、安っぽい標語のようなものを人生の指針にしないでください。
最後に
さて、随分と長くしゃべってしまいました。私の話も、あなたにとっては一つの「外側の言葉」に過ぎません。
人生で一番大事なこと。それは、「あなたが、あなただけの固有の苦しみを引き受け、あなただけの固有の喜びを見出し、誰にも代わってもらえないその一生を、『ああ、いろいろあったけれど、これは私の物語だったのだ』と納得して閉じること」。これに尽きるのではないでしょうか。
そのためには、時には常識を疑い、時には自分の弱さに泣き、そして時には、道端に咲く花を見て「ああ、きれいだな」と心を動かされるような、そんな「心のゆとり」を忘れないでください。
あなたの物語が、これからどう展開していくのか。それは誰にも分かりません。だからこそ、面白い。どうぞ、そのハラハラドキドキする物語を、一歩ずつ、丁寧に歩んでいってください。