ああ、君。わざわざ私のスタジオ、チネチッタの「第5スタジオ」まで訪ねてきてくれたのか。ここは私の家であり、教会であり、何より私の「夢」が形になる唯一の場所だ。
「人生で一番大事なことは何か」だって?
そんなことを聞くなんて、君はよほど勇敢か、あるいはよほど迷っているかのどちらかだね。椅子に座りなさい。そこにあるのは映画の小道具だが、座り心地は悪くないはずだ。煙草を一本吸ってもいいかな? ありがとう。
私が8 1/2(ハッカニブンノイチ)本作を作った時、多くの批評家が「フェリーニは何を言いたいのか分からん」と頭を抱えた。だが、人生そのものが、最初から最後まで「よく分からないもの」の連続じゃないか。それを論理的に説明しようとすること自体、私に言わせればナンセンスだ。
私がこの長い「光と影の旅」の中で見つけた、人生で最も大切だと思うこと。それを、いくつかの断片的な記憶や幻想と共に話してみよう。
1. 「嘘」という名の真実を愛すること
まず君に伝えたいのは、「想像力」、あるいはもっとはっきり言えば「嘘をつく能力」の重要性だ。
私はよく嘘をつく。自分の過去についても、昨日の食事についてもだ。しかし、それは人を騙すための悪意ある嘘ではない。現実という、あまりにも退屈で、灰色で、平坦な壁に、色鮮やかな窓を描き出すための嘘だ。
人生において、客観的な事実なんてものにどれほどの価値があるだろうか? 「1920年にリミニで生まれた」という事実よりも、「霧の中から巨大な客船レックス号が現れたのを見た」という私の主観的な記憶(それがたとえ映画セットの中の出来事であっても)の方が、私にとってはよっぽど真実なんだ。
君も、現実に打ちのめされそうになったら、自分だけの物語を捏造すればいい。自分の人生を、自分を主役にした素晴らしい喜劇や悲劇として演出するんだ。そのとき、君はただの「生存者」から、自分の人生の「表現者」に変わる。「世界をどう見るか」を選択する自由。 これこそが、人間が神から与えられた最大の贈り物であり、人生で最も守るべき権利だ。
2. 人生という「サーカス」の祝祭を受け入れる
私は子供の頃、初めてサーカスを見た時の衝撃を一生忘れない。そこには、美しさと醜さ、気高さと卑俗さ、笑いと涙が、何の矛盾もなく同居していた。
人生で一番大事なことの二つ目は、「矛盾をそのまま抱きしめること」だ。
私たちは、ついつい物事を白か黒か、善か悪かで分けたがる。だが、私の映画に出てくる登場人物たちを見てごらん。彼らは皆、道化師(ピエロ)のように滑稽で、同時に聖者のように高潔だ。強欲な男が不意に見せる優しさや、娼婦が持っている処女のような純真さ。それこそが人間という存在の豊かさなんだ。
人生は、秩序だった行進曲ではない。ニーノ・ロータが奏でる音楽のように、どこか物悲しく、それでいて軽やかで、予測不能なカーニバルのメロディだ。
もし君が、自分の人生から「醜いもの」や「無駄なもの」、「説明のつかない感情」を排除しようとしているなら、それはもったいない。それらすべてを飲み込んで、大きなパレードに参加しなさい。すべてを受け入れ、すべてを祝福すること。 泥の中に咲く花も、夜の街を彷徨う孤独も、すべては人生という名の豪華なスペクタクルの一部なのだから。
3. 「無意識」という深い海を泳ぐ
私は心理学者のカール・ユングと出会い、彼から多くのことを学んだ。そこで気づいたのは、私たちの意識している世界なんてものは、巨大な氷山の一角にすぎないということだ。
人生において決定的に大事なのは、「自分の内なる声」、つまり夢や無意識と対話することだ。
毎朝目覚めた時、君は夢を覚えているかな? 私は枕元にいつもノートを置き、夢に出てきた奇妙な怪物や、愛した女性たちの姿をスケッチする。そこには、論理的な思考では到底たどり着けない、魂の真実が隠されているからだ。
現代人は、あまりにも「正解」を外の世界に求めすぎている。インターネットや教科書、他人の評価……そんなものは、霧の中の幻灯機のようなものだ。本当の答えは、君の深い内面、その暗い海の底に沈んでいる。
自分の中にある「影」を恐れてはいけない。自分の弱さ、ずるさ、奇妙な性癖……それらを直視し、対話すること。自分自身を深く知るという冒険を止めてはいけない。それができて初めて、人は他人を本当の意味で愛することができるようになる。
4. 「沈黙」と「孤独」を友人にする
映画の現場はいつも喧騒に満ちている。ライトが照らされ、俳優たちが叫び、スタッフが走り回る。だが、私が一番大切にしている瞬間は、その嵐の真ん中でふと訪れる「沈黙」だ。
人生において、孤独を恐れる必要はない。むしろ、「良質な孤独」を育てること。それが、人生を豊かにする秘訣だ。
誰かと繋がっていないと不安になる。SNSの通知が来ないと自分の価値が分からなくなる。もし君がそうなら、少しだけ立ち止まって、窓の外を眺めてごらん。
一輪の花が咲く音、風が通り過ぎる気配、夜の静寂。それらを感じるためには、自分を空っぽにする時間が必要だ。
私は映画を通じて、観客に「孤独の共有」を提案してきた。『道(La Strada)』のザンパノが夜の海岸で泣き崩れるシーン。あれは絶望の象徴ではない。彼が初めて「自分以外の何かが存在すること」を悟り、自分の魂と向き合った、聖なる瞬間なんだ。
孤独を知る者だけが、他人の孤独に優しくなれる。 それは人生における、静かだが強力な真理だ。
5. 愛とは「見つめ続けること」
最後に、愛について話そう。
多くの人は、愛を「所有すること」や「理解すること」だと勘違いしている。だが、私にとっての愛は、「驚きを持って見つめ続けること」だ。
私が妻のジュリエッタ・マシーナを生涯愛し続けたのは、彼女が私の理解を超えた存在だったからだ。彼女は時に子供であり、時に母であり、時に得体の知れない妖精だった。私は彼女を映画というレンズを通して見つめ続けることで、世界の美しさを再発見し続けたんだ。
人生で一番大事なこと。それは、世界に対して、そして隣にいる人に対して、好奇心を失わないことだ。
「ああ、この人のことはもう分かった」「この仕事はこういうものだ」と決めつけた瞬間に、君の人生は色あせ、老いていく。
たとえ何十年一緒にいようとも、明日の朝、隣で眠るパートナーの顔を「生まれて初めて見る奇跡」として見つめることができるか。そのみずみずしい感性こそが、人を真に生かす。
結論:人生は、終わりのない「幕間」である
さて、煙草も短くなった。そろそろ撮影に戻らなければならない。
君が「人生で一番大事なことは何か」と聞いた時、私は「魔法だ」と答えることもできた。だが、その魔法を支えているのは、今話したような、少しばかり泥臭くて、個人的な感覚の積み重ねなんだ。
- 想像力で現実を彩ること。
- 矛盾に満ちた祝祭を楽しむこと。
- 自分の深淵と対話すること。
- 孤独の豊かさを知ること。
- そして、世界を驚きを持って見つめること。
これらをあえて一言でまとめるなら、「自分の人生を、最高の映画として愛し抜くこと」と言えるかもしれない。
君の人生という映画の監督は、君自身だ。脚本が支離滅裂でもいい。配役がめちゃくちゃでも構わない。大事なのは、君がカメラを回し続け、その映像に恋をしているかどうかだ。
さあ、外は霧が出ているかもしれないが、それもまた美しいセットの一部だ。
恐れずに、君のパレードを続けなさい。
ニーノ・ロータの音楽は、いつだって君の心の中で鳴っているはずだから。