一週間のごぶさたでした。玉置宏でございます。

まばゆいスポットライトの向こう側に、皆様の温かい笑顔が並んでいる……。そんな光景を思い浮かべながら、マイクの前に立つ時のあの高揚感は、何年経っても、いえ、場所がどこに変わろうとも、私の胸を熱くさせるものでございます。

さて、本日は「人生で一番大事なことは何か」という、実にお大きな、そして深い問いをいただきました。私のような、歌と芸、そして皆様の拍手に生かされてきた司会者が、人生を語るなどとおこがましい気もいたしますが、長年、ステージの袖から数多のスターの輝きと、その裏にある涙を見守ってきた者として、私なりの「答え」を、この「玉置節」に乗せてお届けしたいと思います。

3500字という長いお時間、どうぞ最後までお付き合いを願いたいと存じます。


一、 「ごぶさた」の中に宿る再会の喜び

まず、私が長年使い続けてまいりましたあの挨拶、「一週間のごぶさたでした」という言葉からお話しさせてください。

あの言葉には、単なる時間の経過を伝える以上の意味が込められております。一週間という時間は、ある人にとっては平穏な日々であり、またある人にとっては荒波に揉まれるような苦難の日々であったかもしれません。しかし、どのような時間を過ごしてこられたにせよ、「今、こうしてまたお会いできた」という奇跡。その再会を寿ぐ(ことほぐ)気持ちこそが、あのフレーズの真髄でございます。

人生において一番大事なことの一つ。それは「人との縁を、昨日よりも今日、今日よりも明日へと繋いでいく丁寧さ」ではないでしょうか。

司会者という仕事は、主役ではありません。歌手の方々が命を削って歌い上げる一曲、その一曲を最高の状態で皆様にお届けするための「橋渡し」でございます。その橋がぐらついていては、歌の心は届きません。人と人との間に立ち、真心を込めて言葉の橋を架ける。それは司会者に限らず、人間関係のすべてに通じることではないかと思うのです。

「ごぶさたでした」と言える相手が一人でも多くいること。それは、その人の人生がいかに豊かであるかの証左(しょうさ)であると、私は確信しております。

二、 「間(ま)」を愛する心

人生の舞台を歩む中で、私たちはついつい、派手な演出や大きな拍手ばかりを追い求めてしまいがちです。しかし、名曲に素晴らしい「間」があるように、人生においても、何もない時間、つまり「間」をいかに慈しむかが、その人の深みを決めるように思います。

歌の世界では、音のない瞬間にこそ、歌い手の情念が凝縮されます。司会も同じです。滔々と(とうとうと)言葉を並べ立てるのが良い司会ではありません。次に歌われる曲のイントロが始まる直前、あるいは感動的な歌唱が終わった後の静寂。その「間」に何を込めるか。

現代という時代は、あまりに急ぎ足で、この「間」を埋めることに躍起になっているように見受けられます。効率やスピードも大切でしょう。しかし、一歩立ち止まって、窓の外を流れる雲を眺める時間、あるいは大切な誰かと無言で向かい合う時間。そうした「余白」の中にこそ、人生の本質的な美しさが隠れているのではないでしょうか。

焦らず、急がず、自分のリズムで呼吸をする。その心の余裕こそが、人生という長い舞台を完走するための秘訣(ひけつ)でございます。

三、 誰かのための「紹介役」になるということ

私は生涯を「司会者」として過ごしてまいりました。司会者とは、常に誰かを「紹介する」立場です。主役の引き立て役、もっと言えば「黒子」でございます。

若い頃は、自分をもっと見てほしい、もっと自分を出したいという欲に駆られたこともありました。しかし、ある時気づいたのです。自分が輝くことよりも、「自分の言葉によって、目の前の誰かがもっと輝く」ことの方が、どれほど深く、温かな喜びをもたらしてくれるかということに。

人生で一番大事なこと。それは「自分を主役にする」ことばかりを考えるのではなく、「誰かの人生の良き司会者になる」ことではないでしょうか。

家族のため、友人のため、あるいは仕事の仲間のため。その人が持っている素晴らしい才能や、まだ誰にも気づかれていない美点を見つけ出し、それを世の中に、あるいは本人に伝えてあげる。

「あなたは、こんなに素晴らしい方なんですよ」

「あなたのこの行動は、こんなに人を幸せにしているんですよ」

そうやって、誰かの背中をそっと押してあげる言葉を持つこと。

そうして他者を輝かせようと努める人は、不思議なことに、自分自身もまた、内側から滲み出るような光を放つようになるものでございます。

四、 情緒を忘れない、美しい言葉とともに

私は横浜の「にぎわい座」の館長も務めさせていただきました。そこで演芸や落語の世界に触れるたびに感じたのは、日本人が大切にしてきた「情緒」の豊かさです。

春夏秋冬の移ろいを感じ、道端に咲く名もなき花に心を寄せ、月を愛でる。そうした繊細な感性が、私たちの人生をどれほど彩ってくれることか。そして、その情緒を支えるのが「言葉」でございます。

「人生で一番大事なこと」。それは、「心に美しい風景を持ち、それを美しい言葉で語り続けること」だと私は思います。

汚い言葉や、棘のある言葉は、発した瞬間に自分の心をも傷つけ、荒ませてしまいます。逆に、相手を思いやる言葉、感謝を伝える言葉、そして何より「七五調」のような、日本語特有のリズム感を持った言葉は、聞く人の心を和ませ、同時に発する自分の心にも平穏をもたらします。

歌謡曲の歌詞を思い出してください。そこには、切ない恋心や故郷への想いが、一文字一文字大切に綴られています。私たちの日常も、一つの歌だと思って過ごしてみるのはいかがでしょうか。自分の発する一言が、誰かの心に残る美しいメロディになるように。そう心がけるだけで、人生の景色は一変するはずでございます。

五、 人生という名の「一期一会」

さて、長々とお話ししてまいりましたが、時計の針は無情にも進んでまいります。

結局のところ、人生で一番大事なことは、「今、この瞬間という舞台を、精一杯、真心込めて務め上げること」に尽きるのかもしれません。

『ロッテ歌のアルバム』の放送は、毎回が真剣勝負でした。録音技術が進んだ今とは違い、生放送の緊張感の中、やり直しはききません。一言のミスが、歌手の方の何ヶ月もの努力を台無しにしてしまうかもしれない。その重圧があるからこそ、一瞬一瞬に全神経を集中させ、最高の「言葉」を紡ぎ出すことができたのです。

私たちの人生も、毎日が「生放送」でございます。昨日に戻ることはできず、明日が必ず来るとも限りません。

だからこそ、今日出会った人に「ありがとうございます」と伝えること。今日できる精一杯の優しさを差し出すこと。その積み重ねこそが、振り返った時に「ああ、良い人生だった」と思える唯一の道なのだと、私は信じております。


結びになりますが。

人生という舞台には、時に悲しい雨が降り、時に激しい風が吹き荒れることもあるでしょう。暗転した舞台裏で、一人涙を流す夜もあるかもしれません。

しかし、夜明けの来ない夜はございません。幕は必ず上がります。

その時、あなたが満面の笑みでスポットライトを浴び、人生という名の素晴らしい名曲を歌い上げられるよう、私は陰ながら、いつまでも応援し続けていたいと思います。

「一週間のごぶさた」が「一生のごぶさた」にならぬよう、一期一会のこの出会いに、心からの感謝を込めて。

それでは皆様、またお会いする日まで、どうぞお健やかに。

ごきげんよう、玉置宏でございました。