みなさん、ごきげんよう!小堺一機です。
いやぁ、驚きました。「人生で一番大事なことは何ですか?」という、まるで僕が長年振ってきた「サイコロ」の目の中でも一番重たいテーマが当たってしまったような、そんな気分です。しかも「3500字程度で」とおっしゃる。3500字ですよ! これ、いつもの「ごきげんよう」のオープニングトークだったら、何回分になるんでしょうね? 放送作家さんが見たら「小堺さん、これ一冊の本になりますよ」なんて笑われそうです。
でも、せっかくの機会ですから、僕という一人の人間が、浅井企画という温かい事務所に拾われ、欽ちゃん(萩本欽一さん)という偉大な師匠に出会い、関根勤くんという最高の相棒とふざけ合い、そしてお昼の番組で多くの方々の「お話」を伺ってきた中でたどり着いた、現時点での「答え」を、ゆっくりとお話ししてみたいと思います。
僕の人生を振り返ってみて、一番大事だと思うこと。それは一言で言えば、「おもしろがること」、そして「自分を決めつけないこと」。この二つがセットになって、僕の背中をずっと押し続けてくれたような気がします。
「人生のサイコロ」を楽しみきる
僕を語る上で、やっぱり「サイコロ」の話は外せませんよね。あのお昼の番組で、ゲストの方がサイコロを振る。何が出るかわからない。「今日の当たり目」が出るかもしれないし、「情けない話」が出るかもしれない。
実は、人生ってあれそのものだと思うんです。自分でサイコロを振っているつもりでも、実は「運命」という名の大きな手が振ったサイコロの目に、僕たちは一喜一憂しているだけなのかもしれない。でもね、大事なのは「何が出るか」じゃないんです。「出た目に対して、どう反応するか」なんですよ。
「嫌な話」の目が出たときに、「えー、嫌だなぁ」と思って話すのと、「よし、この嫌な出来事をどうやって面白おかしく料理してやろうか」と思って話すのでは、その後の空気も、自分の心の持ちようも、まったく変わってきます。
僕の師匠である欽ちゃんは、よくこう言っていました。「運は貯めるものだ」と。そして「嫌なことが起きたら、それは運が貯まっている証拠だ」と。この教えには本当に救われました。仕事がうまくいかない、オーディションに落ちた、誰かにひどいことを言われた。そんなとき、「最悪だ」と思う代わりに「お、今、僕の運の貯金箱にチャリンとコインが入ったぞ」とおもしろがる。
人生で一番大事なのは、この「物事の捉え方の角度」を、いかに自分らしく、楽しく調整できるかではないでしょうか。
「コサキン」が教えてくれた、意味のないことの尊さ
もう一つ、僕の人生で欠かせないのが、関根勤くんとの「コサキン」です。僕たちはラジオで何十年も、本当に意味のない、くだらないことばかりを言い合ってきました。世の中の人から見れば「時間の無駄」と言われるような、マニアックでものまねばかりの、ナンセンスな世界です。
でも、僕はあの「意味のなさ」の中に、人生のとても大切な真理が隠れている気がしてならないんです。
今の世の中、何でも「意味」や「効率」が求められますよね。「これをやって何になるの?」「コスパはどうなの?」って。でも、そればかりだと心がカサカサに乾いてしまう。
関根くんと一緒に、ラビット関根時代の彼と「あ、今の動きおもしろいね!」「今の顔、誰かに似てない?」なんてキャッキャと言い合っている時間は、僕にとって最高の心の栄養でした。何の役にも立たないけれど、ただただ笑える。その「ただただ笑える」という瞬間を共有できる相手がいること、そして自分自身がそのくだらなさを愛せていること。
「大事なこと」って、実はすごくキラキラした立派な目標なんかじゃなくて、「どうでもいいことで、誰かと笑い合える時間」そのものなんじゃないかと思うんです。
「自分はこういう人間だ」という壁を壊す
僕はよく、人から「いつも明るいですね」とか「器用ですね」と言っていただけます。でも、本当の僕は、すごく心配性で、ネガティブで、すぐにクヨクヨする人間なんです。若い頃は、そんな自分が嫌で仕方なかった。
「もっと堂々としていなきゃいけない」「司会者なんだから完璧でいなきゃいけない」って、自分で自分を縛っていたんですね。でも、ある時気づいたんです。「自分はこういう人間だ」と決めつけることは、自分の可能性にフタをすることなんだ、と。
僕が毎年続けていた舞台『小堺クンのおすましでSHOW』。ここではタップダンスを踊ったり、歌を歌ったり、一人芝居をしたりしました。始めた当初は「僕にタップなんてできるわけがない」と思っていました。でも、やってみると不思議なもので、できないなりに続けていると、それが自分の新しい「色」になっていくんです。
人はつい、自分のことを「これくらいのものだ」と見積もってしまいがちです。でも、人生を豊かにしてくれるのは、「自分でも知らなかった自分」に出会う瞬間です。
そのためには、人から「これやってみない?」と言われたときに、「えー、僕なんて」と断らずに、「あ、いいですね、面白そう!」と乗ってみる。いわゆる「Yes, and…」の精神ですね。相手の提案を受け入れて、そこに自分の色を乗せていく。そうすることで、自分の人生という脚本が、思いもよらない面白い方向へ書き換えられていくんです。
「聴く」ことは「愛する」こと
30年以上、トーク番組の司会をさせていただいて、何千人ものゲストの方とお会いしました。そこで学んだ「人生で大事なこと」は、「人の話を聴く」ということです。
司会者としての技術的なことではありません。一人の人間として、目の前の人が何を考え、何に感動し、何に傷ついてきたのか。そこに100%の関心を寄せる。これって、実は究極の「愛」だと思うんです。
自分の話をしたい、自分を認めてほしい。誰しもがそう思って生きています。そんな中で、「あなたの話をもっと聴きたいです」「それは面白いですね!」と心から耳を傾けてくれる人がいたら、それだけで救われるような気持ちになりますよね。
僕自身、ゲストの方の素晴らしいお話に触れるたびに、自分の価値観が広がっていくのを感じました。自分一人の人生で経験できることなんて、たかが知れています。でも、人の話を深く聴くことで、僕は数千人分の人生を疑似体験させてもらった。これこそ、司会者という仕事をやっていて一番の宝物だと思っています。
人生を豊かにしたければ、「自分の話をする時間」よりも「人の話を聴く時間」を大切にしてみる。そうすると、世界は驚くほど優しく、興味深い場所に変わっていきます。
欠けているからこそ、おもしろい
僕にはコンプレックスがたくさんあります。背が低いこと、若ハゲに悩んだこと(笑)、性格が細かいこと。でもね、今なら言えます。その「欠点」こそが、僕の人生の「最高のネタ」だったんです。
完璧な人間なんて、見ていてもあまり面白くないでしょう? どこか抜けていたり、失敗したり、弱音を吐いたりするからこそ、人間は愛おしい。欽ちゃんも「欠点は武器になる」と教えてくれました。
もし、今これを読んでいる方の中に「自分には何もない」とか「自分はダメな人間だ」と悩んでいる方がいたら、僕は全力で「おめでとうございます!」と言いたいです。その「ダメな部分」こそが、あなたの個性の芽であり、将来誰かを笑わせたり、勇気づけたりするための大切な材料なんです。
自分の欠点を隠すのではなく、それをどうやって「チャーミングな魅力」に変えていくか。その工夫こそが、人生の醍醐味なんじゃないかなぁ。
最後に:今、この瞬間を「ごきげん」に
さて、3500字に届きそうでしょうか?(笑) そろそろまとめに入りますね。
人生で一番大事なこと。それは、「機嫌よく、今という瞬間を味わうこと」。これに尽きるかもしれません。
未来の心配をしても、過去の後悔をしても、僕たちが生きられるのは「今、ここ」だけです。今日のランチが美味しかったとか、道端に綺麗な花が咲いていたとか、すれ違った人が素敵な笑顔だったとか。そんな小さなことに「あ、いいな」と心を動かせる状態。それが「ごきげん」ということです。
僕の座右の銘のような言葉に、番組のタイトルでもあった「ごきげんよう」があります。これは「お元気で」という意味もありますが、僕は「あなたの心の状態が、どうぞ良いものでありますように」という祈りの言葉だと思っています。
人生には、どうしても避けられない悲しいことや、苦しいことがあります。サイコロの目が、真っ黒な時もある。でも、そんな時こそ、口角を少しだけ上げて、自分に「ごきげんよう」と言ってみる。
「さて、今日はどんな面白いことが起きるかな?」
「このピンチを、後でどうやって笑い話にしてやろうかな?」
そんな風に、自分の人生の「観客」であり、「演出家」であり、そして「主役」であってください。
僕も今年で70歳になりますが、まだまだ「人生のサイコロ」を振り続けたいと思っています。次はどんな目が出るか、自分でもドキドキしていますが、どんな目が出ても「うわぁ、そう来ましたか!」と楽しむつもりです。
みなさんの人生という素晴らしいステージが、笑いと、「おもしろがり」の心に満ちたものでありますように。
長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。
それでは、またどこかでお会いしましょう。
ごきげんよう!