こんにちは、内村航平です。

「人生で一番大事なことは何か」という問いをいただきました。30年近くを体操という競技に捧げ、オリンピックや世界選手権という舞台で「勝つこと」や「美しさ」を追い求めてきた一人の人間として、今の私がたどり着いた答えをお話しさせていただきます。

結論から申し上げますと、私が考える人生で最も大事なことは、「自分に対して嘘をつかず、納得のいく『過程』を積み重ねること」です。

3,500字という限られた、しかし深い対話ができるこの場を借りて、なぜ私がこの結論に至ったのか、私の歩んできた道のりと共に紐解いていきたいと思います。


1. 「結果」はコントロールできないが、「過程」は支配できる

多くの人は、成功や栄光、つまり「結果」を人生のゴールに置きがちです。私自身、かつてはそうでした。オリンピックで金メダルを獲ること、世界選手権で連覇を重ねること。それこそがすべてであり、そこに価値があるのだと信じて練習に明け暮れていました。

しかし、長く競技を続ける中で気づいたことがあります。結果というものは、自分の努力だけではどうにもならない不確定要素に満ちているということです。審判の採点、ライバルの調子、その日の会場の空気、あるいは怪我という予期せぬアクシデント。それらはすべて、自分にはコントロールできないものです。

一方で、そこに至るまでの「過程」だけは、100%自分の支配下にあります。

今日、どの技を何回練習したか。どれだけ基礎を疎かにしなかったか。どれだけ自分の体に耳を傾けたか。その一日一日の積み重ねに嘘がなければ、たとえ結果がどうであれ、自分の中に「納得」という名の揺るぎない財産が残ります。

人生において、他人の評価や数字に一喜一憂するのは、自分の人生のハンドルを他人に渡しているのと同じです。そうではなく、自分が自分をどう評価するか。昨日の自分より、今日の自分は少しでも理想に近づけたか。その「過程の純度」を高めることこそが、後悔しない人生を送るための唯一の方法だと私は信じています。

2. 「着地」に込めた哲学:細部こそが本質である

体操競技において、私は常に「着地」にこだわってきました。どれだけ空中で難度の高い技を披露しても、最後の着地で一歩動いてしまえば、それは私にとって「美しい体操」ではありませんでした。

これは人生においても全く同じことが言えるのではないでしょうか。

物事を始めるとき、あるいは華やかなパフォーマンスをしているときは、誰でもエネルギーに満ちています。しかし、本当にその人の真価が問われるのは、「終わり方」であり「細部へのこだわり」です。

仕事でも、人間関係でも、日々のルーチンでも、最後を疎かにせず、ピタリと止める。誰も見ていないような細かなディテールにまで、自分の意志を浸透させる。その執念とも言えるこだわりが、その人の「品格」を作り上げます。

人生で一番大事なこととは、派手なアクションを起こすことではなく、むしろこうした「小さなことの徹底」にあるのかもしれません。10点満点から減点されない生き方を目指すのではなく、自らが設定した「美意識」という基準に照らし合わせて、一点の曇りもない着地を決めること。その姿勢こそが、自分自身への誇りへと繋がるのです。

3. 自分の「弱さ」と対話する勇気

私は「キング」と呼ばれ、無敵だと思われていた時期もありました。しかし、内実は恐怖と不安の連続でした。特にキャリアの後半、怪我に苦しんでいた時期は、自分の体が思うように動かないことへの苛立ちと、若手の台頭に対する焦りで押しつぶされそうでした。

そこで学んだのは、「自分の弱さを認めることが、本当の強さの始まりである」ということです。

強い自分を演じるのは簡単です。しかし、できない自分、動けない自分、衰えていく自分を直視するのは、血を吐くような苦しみです。それでも、そこから逃げずに「今の自分にできることは何か」を問い続けること。

人生には必ず、思い通りにいかない時期があります。壁にぶつかり、何もかも投げ出したくなる夜があるでしょう。そんな時、一番大事なのは、自分の現在地を正しく把握し、嘘をつかずに受け入れる勇気です。

「今の自分はここまでしかできない。でも、だからこそここから一歩だけ進もう」

そう思えたとき、人は再び成長の軌道に乗ることができます。弱さを知っている人間ほど、他人に優しくなれますし、困難に対してしなやかに対応できるのです。

4. 「究極の普通」を継続する力

よく「モチベーションをどう保つのか」と聞かれます。私の答えはいつも同じで、「モチベーションに頼らない」ということです。

大事なのは、モチベーションが高い日も低い日も、淡々とやるべきことをやる「継続の力」です。私はこれを「究極の普通」と呼んでいます。

毎日同じ時間に起き、同じ練習をし、同じように自分の体と向き合う。刺激的なことは何もないかもしれません。しかし、この単調で退屈な繰り返しの中にしか、本物の進化は宿りません。

天才とは、特別なひらめきを持つ人のことではなく、「誰にでもできる当たり前のことを、誰にもできないほど長く続けられる人」のことだと私は定義しています。

人生において、一発逆転の魔法を期待してはいけません。今日積み上げた微々たる変化が、10年後に巨大な差となって現れる。その「時間の蓄積」を信じられるかどうかが、人生の豊かさを分ける分岐点になります。

5. 誰かのために「継承」する喜び

現役を引退し、指導者や普及活動に携わるようになってから、人生の「大事なこと」に新たな視点が加わりました。それは、「自分の中に蓄積されたものを、誰かのために手放すこと」です。

競技者だった頃は、自分のため、自分の理想のためだけに生きてきました。それはそれで尊い時間でしたが、今は、私が培ってきた技術や精神を次の世代に伝え、彼らが輝く姿を見ることに、これまで以上の喜びを感じています。

人は、自分一人のために生きるのには限界があります。しかし、「誰かのために」「次世代のために」という目的が加わったとき、エネルギーは枯渇することなく湧き出てきます。

私が残した金メダルはいずれ錆びるかもしれませんが、私が伝えた「美しい体操」という魂は、後輩たちの中で生き続けます。自分の人生を、自分だけで完結させないこと。自分の命のバトンを誰かに託すこと。それが、人生を完結させるための最後の大事な要素ではないかと感じています。

6. 最後に:あなたが「納得」できる道を

ここまで長々とお話ししてきましたが、結局のところ、人生の正解はあなたの中にしかありません。

私が「過程が大事だ」「美しさが大事だ」と言ったとしても、それがあなたにとっての正解であるとは限りません。ただ一つ確実に言えるのは、「死ぬ瞬間に、自分の人生を肯定できるかどうか」、それこそがすべてだということです。

そのためには、世間の声やSNSの数字、誰かが決めた成功の定義に惑わされないでください。

「自分はこれを大切にして生きてきた」と胸を張って言える何かを見つけてください。それは、美味しいご飯を家族と食べることかもしれないし、誰も見ていないところで小さな親切を重ねることかもしれないし、あるいは私のように、一つの道を極めることかもしれません。

どんな道であれ、その道の歩み方に「あなたらしさ」という美学が宿っていれば、それは最高の人生です。

私はこれからも、体操というレンズを通して世界を見つめ、自分を磨き続けていきます。完璧を求める終わりなき旅は、現役を退いても続いています。

あなたも、あなた自身の人生という舞台で、納得のいく最高のパフォーマンスを、そして最高に美しい「着地」を決めてください。

人生で一番大事なこと。それは、「自分自身の人生の、一番の理解者であり、一番のファンであり続けること」。そうあれば、どんな困難も必ず乗り越えていけると私は信じています。

応援しています。共に、自分だけの「美しさ」を追い求めていきましょう。


内村航平