私は、小林一三です。
こうして令和の時代に、私の考えを問うてくださる方がいる。それも、私がかつて私鉄を敷き、住宅地を拓き、劇場を建てた、あの箕面の地のこともよくご存知であると聞き、非常に感慨深いものがあります。
「人生で一番大事なことは何か」
そう問われれば、私は間髪入れずにこう答えるでしょう。
それは、「独創的な創意工夫をもって、大衆(多くの人々)の幸福に奉仕すること」であると。
私の人生は、常に「新しいもの」を作る挑戦の連続でした。しかし、それは単なる金儲けや名声のためではありませんでした。どうすれば普通に働く人々が、より豊かに、より楽しく、より誇りを持って生きていけるか。それを考え抜き、形にすること。これこそが、私の商売の、そして人生の核心でした。
3,500字という限られた紙幅ではありますが、私が歩んできた道、そしてそこから得た「人生の真理」について、ゆっくりとお話ししましょう。
1. 「無いもの」を嘆かず、「あるべき姿」を創り出す
私が箕面有馬電気軌道(現在の阪急電鉄)の経営を引き受けたとき、周囲は皆「あんな田舎に電車を引いてどうするのか」と冷ややかな目で見ました。当時の鉄道ビジネスは、すでに人が住んでいる都市と都市を結ぶのが常識だったからです。しかし、私はそうは考えませんでした。「人がいないなら、呼べばいい。住みたくなる場所を創ればいい」と考えたのです。
ここで大事なのは、「需要は待つものではなく、創り出すものだ」という姿勢です。
私は線路を引くと同時に、沿線の土地を買い、住宅地を造成しました。それも、ただの家ではありません。当時のサラリーマンが、月々の給料の中から無理なく支払える「月賦(ローン)」という仕組みを導入し、庭付きの一戸建てという「夢」を売ったのです。
人生において、何かが足りない、環境が整っていないと嘆く時間は無駄です。条件が揃うのを待っていては、一生はすぐに終わってしまいます。
「無から有を生み出す創意工夫」こそが、人生を切り拓く最大の武器になります。目的地がないなら、自分が一番乗りたい場所を目的地にすればいい。そのための道(レール)を自分で敷く。この「創造者」としての視点を持つことが、人生を豊かにする第一歩です。
2. 「大衆の喜び」を己の喜びにせよ
私は、金持ちだけを相手にする商売はしませんでした。私が常に目を向けていたのは、毎日一生懸命に働くサラリーマンであり、その家族でした。
阪急百貨店の大食堂で出した「ミスカレー(ライスカレー)」の話をご存知でしょうか。
当時、デパートの食堂は高級な場所でしたが、私は「ライスだけ」を注文するお客様を歓迎しました。「ソース(カレー)なしでライスだけ注文するお客様は、今は貧しくても、いずれ家族を連れてまた来てくださる大切なお客様だ」と考えたからです。
商売においても人生においても、「相手の立場に立って、その人が何を求めているかを徹底的に考え抜くこと」。これが信頼を築く唯一の道です。
自分一人が得をしようと考えているうちは、小さな成功しか掴めません。しかし、「どうすればこの街の人々が喜ぶか」「どうすれば家族が笑顔になるか」と、利他の精神を軸に据えると、不思議とアイデアは湧き出し、事業は大きく育つのです。
宝塚歌劇団を作ったのも同じ理由です。「家族で楽しめる健全な娯楽がない」という当時の社会に対する、私なりの答えでした。
「清く正しく美しく」という言葉は、演者たちだけでなく、それを見るお客様、そして私自身への戒めでもありました。人々に感動を与え、明日への活力を持ち帰ってもらう。その循環の中に、自分の存在意義を見出すこと。これこそが、人生における至上の幸福です。
3. 「素人」であることを武器にする
私はよく「商売の素人だ」と言われましたが、それは私にとって最高の褒め言葉でした。
玄人は、過去の成功体験や業界の常識に縛られます。しかし、素人は「なぜこうならないのか?」「もっとこうすれば便利なのに」という、利用者としての純粋な視点を持つことができます。
私の仕事は、鉄道、住宅、デパート、演劇、映画と多岐に渡りますが、そのすべてにおいて、私は「生活者としての視点」を忘れませんでした。
専門知識は、後から学べばいい。あるいは、専門家に任せればいい。
しかし、「何が面白いか」「何が不便か」という感性だけは、誰にも譲ってはなりません。
人生においても、新しいことに挑戦する際「自分は経験がないから」と尻込みする必要はありません。むしろ、素人だからこそ見える「穴」がある。その穴を埋めるための工夫こそが、新しい価値になるのです。
「常識を疑う勇気」と「子供のような好奇心」を持ち続けること。それが、人生を停滞させない秘訣です。
4. 失敗を恐れず、「楽天」の心で進む
私の歩みも、決して平坦ではありませんでした。震災、不況、そして戦争。積み上げてきたものが一瞬で崩れ去るような経験もしました。
しかし、私はどんな時も絶望しませんでした。それは、私が「楽天主義者」だったからです。
楽天主義とは、単に「なんとかなるさ」と楽観することではありません。
「どんな困難の中にも、必ず次のステップへのヒントが隠されている」と信じ、最善を尽くすことです。
戦後、焦土と化した日本を前に、私は復興院総裁として立ち上がりました。
「失ったものを数えるな。これから作るものを数えよ」
そう自分に言い聞かせました。人生には、自分の力ではどうにもならない運命の荒波があります。しかし、その波に飲み込まれるか、その波に乗って新しい岸を目指すかは、自分の心持ち次第です。
苦しい時こそ、面白いことを考える。
逆境の時こそ、他人が驚くような華やかな夢を描く。
この「遊び心」と「強靭な精神」の融合が、私を突き動かしてきました。
5. 文化を愛し、心を耕す
私は実業家であると同時に、茶の湯を愛する「逸翁(いつおう)」でもありました。
ビジネスの世界は、数字や効率が支配するドライな場所に見えるかもしれません。しかし、それだけでは人間は生きていけません。
「人生には、実利を離れた『美』が必要である」
私はそう確信しています。美しい絵画、心に響く歌声、一服のお茶。こうした文化や芸術は、乾いた心を潤し、思考を柔軟にしてくれます。
私が作った事業の多くに娯楽や芸術が組み込まれているのは、それが人間の生活に不可欠な「魂の栄養」だからです。
仕事に没頭するのは素晴らしいことですが、同時に自分の心を耕すことを忘れてはいけません。
多忙な毎日の中でも、美しいものに触れ、季節の移ろいを感じ、自分の内面を見つめる時間を持つこと。それが、長く、質の高い人生を送るための土壌となります。
現代を生きるあなたへ
昭和、平成を経て、令和という時代を生きるあなたに、私は最後にこの言葉を贈りたいと思います。
「下を向いて歩くな。目の前の現実に縛られるな。常に『一歩先』の未来を想像せよ」
あなたが今いる場所が、たとえ何も無い荒野のように見えたとしても、そこには無限の可能性があります。
「ここに線路を引いたらどうなるだろうか」
「ここに花園を作ったら、どれだけの人が喜ぶだろうか」
そうやって、自分にできる「創意工夫」を、たった一つでいいから始めてみてください。
人生で一番大事なこと。それは、「自分という存在を通じて、この世界を昨日よりも少しだけ楽しく、美しく、住みやすい場所に変えること」に他なりません。
お金や地位は、その結果としてついてくる「おまけ」に過ぎません。
大事なのは、あなたが何を残したか。どれだけの笑顔を作ったか。
そして、あなた自身が自分の人生という舞台を、どれだけ楽しんだかです。
私は、箕面の山から吹き下ろす風を感じながら、宝塚の舞台を夢想し、梅田の喧騒の中に新しい都市の姿を見ました。
あなたは、あなたの場所で、どんな夢を描きますか?
令和の時代も、やるべきことは変わりません。
「創意工夫」と「奉仕の心」、そして「楽天の精神」。
これらさえあれば、あなたの人生は、どんな名作映画よりも、どんな華やかな舞台よりも、素晴らしいものになるはずです。
私が築いた阪急沿線の街並みが今も残り、そこで人々が暮らしているように、あなたの仕事も、あなたの愛も、必ず未来へと繋がっていきます。
自信を持って、あなたのレールを敷いていきなさい。
私は、いつまでもあなたの挑戦を応援しています。