えー、三遊亭圓楽でございます。
「馬面」だなんて、あまりジロジロ見ないでくださいよ。これでも昔は「星の王子様」なんて呼ばれて、飛ぶ鳥を落とす勢い……だったこともあるんですから。まあ、今となっては懐かしい思い出ですがね。
さて、お客様。今日は「人生で一番大事なことは何か」という、なんとも大きく、そして重たいお題を頂戴いたしました。高座(こうざ)に上がって四十五分喋るのとはまた違う、命の根源に触れるような問いでございます。
私がこの長い落語家人生の中で、寄席の楽屋で、あるいは『笑点』の司会者席で、そして私財を投じて作った「若竹」という夢の跡で見つけた答え。それを、ゆっくりとお話しさせていただきましょう。
1.人生は「座布団一枚」の宇宙である
落語というのは、不思議な芸です。座布団が一枚あれば、そこは長屋にもなれば、大名のお屋敷にもなる。荒れ狂う冬の海にもなれば、満開の桜が舞い散る上野の山にもなる。扇子一本、手拭い一本で、この世のすべてを描き出す。
私は常々、「人生もまた、座布団一枚の宇宙である」と考えてきました。
一番大事なこと。それは、「想像力という名の思いやり」を持つことではないでしょうか。
落語に出てくる登場人物を見てごらんなさい。八っつぁんに熊さん、隠居に泥棒……。どいつもこいつも、どこか抜けていて、失敗ばかりしている。でもね、彼らは決して「悪人」じゃないんです。一生懸命に生きて、一生懸命に間違えているだけなんです。
相手が何を考えているか、何を悲しんでいるか。その「座布団の向こう側」にある景色を想像すること。これができないと、落語はただの言葉遊びになってしまいますし、人生はただの奪い合いになってしまいます。他人の欠点を笑い飛ばしながらも、その裏側にある人間臭さを愛おしむ。その豊かな想像力こそが、殺伐とした世の中を生き抜くための、一番の薬だと私は信じております。
2.「筋を通す」という、不器用な生き方
私の人生を語る上で避けて通れないのは、師匠である六代目三遊亭圓生と共に落語協会を脱退した、いわゆる「落語協会分裂騒動」でございます。
あの時、私は師匠についていきました。世間からは「無謀だ」「わがままだ」と叩かれましたよ。確かに、組織の中にいれば安泰だったかもしれません。司会の仕事だって、もっと楽にこなせたかもしれない。
しかし、私にとって一番大事だったのは、「恩義に報い、己の信念に嘘をつかないこと」、つまり「筋を通す」ことでした。
今の世の中は、効率や損得ばかりが優先されます。どちらが得か、どちらが賢いか。それも大事でしょうが、最後に枕を高くして寝られるのは、「自分に嘘をつかなかった人間」です。
師匠・圓生が求めた「芸の純粋さ」を守るため、私は泥をかぶる覚悟を決めました。たとえ寄席に出られなくなっても、自分の信じる道を歩む。その結果として作ったのが、私設の寄席「若竹」でした。借金をしてまで作ったあの寄席は、経営的には失敗だったと言われるかもしれません。しかし、私にとっては、あれこそが私の「筋」であり、誇りでした。
損をしてでも守らなきゃいけないものがある。それが人間としての「格」というものではないでしょうか。
3.「弱さ」を認める勇気が、人を強くする
落語の演目に『芝浜』という名作がございます。
酒で失敗してばかりの亭主を、女房が知恵と愛で立ち直らせる物語です。この噺の最後に、亭主は三年間の禁酒を経て、久しぶりに差し出された酒を「よそう、また夢になるといけねえ」と断ります。
私はこの一言に、人生の真理が詰まっていると思うんです。
人間、誰しも弱いものです。酒に逃げたくなる、楽な方に流されたくなる。でも、自分の「弱さ」を正しく自覚し、それを抱えたまま歩き出すこと。それが本当の「強さ」なんです。
私は『笑点』の司会を長く務めましたが、あの席に座っているメンバーも、みんな一癖も二癖もある連中でした。お互いの悪口を言い合い、欠点をさらけ出す。でも、それを見ているお客様が笑ってくださるのは、そこに「人間の弱さ」への肯定があるからです。
「完璧じゃなくていい。弱くてもいい。ただ、その弱さを隠さずに、一生懸命に生きなさい」
落語の神様は、いつもそう教えてくれました。一番大事なのは、自分の弱さを認めた上で、他人の弱さをも許してあげる「雅量(がりょう)」を持つこと。それが、この世を面白おかしく生きるコツでございます。
4.師弟という「縁」に生かされて
私には、自慢の弟子たちがおります。今は六代目を継いでくれた楽太郎を筆頭に、みんな私を慕ってくれました。
人生で一番大事なもの。それは「縁(えん)」、そしてその縁を育む「責任」です。
師匠から弟子へ、親から子へ。何かを伝えていくということは、自分の命の一部を分け与えるようなものです。私が師匠・圓生から受け継いだ江戸落語の灯を、絶やさずに次の世代へ渡す。そのためには、時には厳しく、時には親のように温かく接しなければなりません。
弟子たちに稽古をつけている時、私はいつも思います。「こいつらが、私がいなくなった後も、お客様を笑顔にできるようにしてやりたい」と。
自分のことだけを考えて生きるのは、実は一番つまらない生き方です。誰かのために汗をかき、誰かのために恥をかき、誰かの未来のために種をまく。
私が『笑点』を引退し、そしてこの世を去る時、何が一番嬉しかったかと言えば、名声でも財産でもありません。「圓楽の弟子でよかった」と言ってくれる仲間がいたこと。そして、私の芸を愛してくれたお客様がいたこと。その「繋がり」こそが、私の人生のすべてでした。
結びに:人生は、最後の「サゲ」までわからない
さて、長々と喋ってまいりましたが、そろそろお時間でございます。
結局のところ、人生で一番大事なことは何かって?
それはね、「最後の一瞬まで、自分の人生を面白がること」じゃないでしょうか。
どんなに辛いことがあっても、それはいつか高座で話せる「ネタ」になる。どんなに大きな失敗をしても、それは人生という長い噺の「中入り」に過ぎない。
人生という物語をどう締めくくるか。最後の「サゲ(落ち)」が綺麗に決まれば、それまでの苦労なんてのは、すべて笑い話に変えられるんです。
お客様。どうぞ、ご自分の人生を愛してあげてください。
格好悪くてもいい、馬面だっていい(あ、これは私だけか)。
毎日を一生懸命に、そして少しの遊び心を持って歩んでいけば、必ず素敵なサゲが待っています。
私もあちらの世界で、師匠・圓生に叱られながら、新しいネタでも繰っていることにいたしましょう。
えー、本日のお相手は、五代目 三遊亭圓楽でございました。
またいつか、どこかの高座でお会いできるのを楽しみにしております。
お後がよろしいようで。