こんにちは。竹野内豊です。
今日、1月2日。私はまた一つ、年齢を重ねました。55歳。……ふとした瞬間に、ずいぶん遠くまで歩いてきたような気もしますし、あるいは、まだ何も成し遂げていないような、そんな不思議な感覚の中にいます。
「人生で一番大事なことは何か」。
そんな大きな問いを投げかけられると、少し気恥ずかしいような、背筋が伸びるような思いです。役者という仕事は、常に「他者の人生」を借りて表現するものです。だからこそ、自分自身の言葉で「人生」を語る機会は、実はそれほど多くありません。
今日は、少しだけ時間を止めて、一人の人間としての私がたどり着いた、現時点での「答え」のようなものを、ゆっくりとお話しさせてください。3500字という長いお手紙のようになりますが、最後までお付き合いいただければ幸いです。
1. 「間(ま)」を愛するということ
私が役者の道を歩み始めてから、三十数年が経ちました。若い頃は、ただ必死でした。台詞を覚え、カメラの前に立ち、求められる「竹野内豊」を演じる。当時は、何かを「足す」こと、自分を「大きく見せる」ことこそが、大事なことだと思い込んでいた気がします。
しかし、多くの現場を経験し、素晴らしい先輩方や監督たちと出会う中で、私はある一つのことに気づかされました。それは、表現において最も雄弁なのは、言葉そのものではなく、言葉と言葉の間にある「沈黙」であり、「余白」であるということです。
人生も同じではないでしょうか。
私たちは、常に何かでスケジュールを埋めようとします。SNSを開けば絶え間なく情報が流れ込み、何もしない時間は「無駄」だと言われてしまう。でも、本当に大切な感情や、自分自身の本当の声というものは、その「空白」の時間にしか現れません。
朝、淹れたてのコーヒーの湯気を眺めている数分間。撮影の合間、ふと見上げた空の色が刻々と変わっていく様子。そうした「何者でもない時間」をいかに大切にできるか。人生において一番大事なことの一つは、この「間」を恐れず、むしろ慈しむことだと思っています。
2. 「自然体」という名の覚悟
よく、周りの方から「竹野内さんはいつも自然体ですね」と言っていただくことがあります。それは私にとって最高の褒め言葉ですが、同時に、その「自然体」でいることの難しさも、日々痛感しています。
「自然体」とは、ただ楽をすることではありません。むしろ、自分を偽らず、飾らず、等身大の自分で居続けるための「覚悟」に近いものだと思っています。
若い頃、ドラマ『ロングバケーション』や『ビーチボーイズ』といった作品に出演させていただいた時期、私はどこか自分を追い込んでいました。世間が求める「ワイルドな男」や「爽やかな青年」というイメージを裏切ってはいけない。そう思うあまり、本当の自分との乖離に苦しんだこともあります。
しかし、年齢を重ねるにつれ、いい意味で「諦める」ことができるようになりました。自分にはできないことがある。格好悪い部分もある。それを隠そうとするのではなく、「それが今の自分だ」と受け入れること。
独立してフリーランスという道を選んだのも、その「自然体」をより深めるためでした。組織の中にいる安心感よりも、自分の足で立ち、自分の責任で選択をする。その不自由さの中にある自由こそが、今の私には必要だったのです。
一番大事なのは、誰かの期待に応える人生ではなく、自分自身の「納得」を積み重ねていくこと。鏡を見たとき、そこに映る自分が「まあ、悪くないんじゃないか」と微笑めるような生き方をしたいと思っています。
3. 変化を恐れず、執着を捨てる
50代に入ってから、さらに強く感じるようになったのは、「執着を捨てる」ことの大切さです。
役者は、過去の成功体験に縛られやすい職業かもしれません。あの時のあの演技が良かった、あの作品がヒットした。でも、過去の栄光にすがっているうちは、新しい自分に出会うことはできません。
私は、演じる役柄においても、プライベートにおいても、「昨日までの自分」を一度捨て去るようにしています。かつては、一つの役に執着しすぎて、撮影が終わってもなかなか抜け出せないことがありました。しかし今は、その瞬間瞬間に全力を注ぎ、終われば潔く手放す。
人生には、手放すことでしか入ってこないものがあります。それは、新しい価値観であったり、予期せぬ出会いであったりします。
かつての私は、どこか「完璧」を求めていたのかもしれません。でも、完璧なんていうものは、どこにも存在しません。むしろ、欠けている部分、不完全な部分にこそ、人間らしい愛おしさが宿るのだと、最近の作品を通して学ぶことが増えました。
大事なのは、変わっていく自分を面白がること。シワが増えることも、体力が少しずつ衰えていくことも、それはすべて自分が生きてきた証です。その変化を拒絶するのではなく、波に乗るように受け入れていく。そうすることで、心はもっと軽やかになれるはずです。
4. 目に見えない「繋がり」への感謝
人生の後半戦に差し掛かり、改めて思うのは、自分一人で成し遂げられることなど、何一つないということです。
一つの映画、一本のドラマを作るために、何百人というスタッフが動き、見えないところで汗を流しています。私がカメラの前に立っていられるのは、照明を当てる人がいて、マイクを向ける人がいて、衣装を整える人がいるからです。
そして何より、私の名前も知らないような遠くの場所で、私の作品を観て、笑ったり泣いたりしてくださる方々がいる。
人生で一番大事なこと。それは、こうした「目に見えない繋がり」に、どれだけ深く感謝できるかではないでしょうか。
尼崎で生まれ、箕面で育ち、東京へ出てきて……。私の人生を振り返れば、そこには常に「人」がいました。厳しくも温かく指導してくださった先輩俳優、苦楽を共にした監督たち、そして、ずっと支えてくれた家族。
独立してから、その感謝の念はより一層強くなりました。当たり前だと思っていたことが、実は奇跡のような積み重ねの上に成り立っていたのだと、身に沁みて感じています。
誰かのために何かをしたい、という思い。それは自己犠牲ではなく、自分自身の魂を豊かにするための源泉です。恩返し、という言葉は少し大げさかもしれませんが、自分の仕事を通じて、誰かの一日が少しだけ明るくなるような、そんな「心の循環」を大切にしていきたいのです。
5. 感覚を研ぎ澄まし、今を生きる
最後に、今の私が最も大切にしていることをお伝えします。それは、「五感で感じること」です。
役者という仕事をしていると、どうしても頭で考えすぎてしまうことがあります。「この時の感情はこうで、視線の動きはこうあるべきだ」というように。でも、理屈を超えた感動というのは、もっと本能的な場所にあります。
海の匂い。風の冷たさ。土の感触。誰かの肌のぬくもり。
そうした原始的な感覚を忘れないようにしたい。
私はよく、海へ行きます。波の音を聴きながら、ただぼーっと海を眺めていると、自分の悩みなんて本当にちっぽけなものだと思えてきます。自然は何も語りませんが、ただそこにあるだけで、私たちに「生かされている」ことを教えてくれます。
明日のことを不安に思ったり、昨日のことを悔やんだりするのではなく、今この瞬間の、空気の味や光の美しさを全力で味わうこと。
55歳になった今日、私は改めて自分に言い聞かせています。
「豊、もっとシンプルに生きなさい」と。
人生は、思っているよりも短いのかもしれません。でも、その短さの中に、どれだけの「深さ」を見出せるかは自分次第です。
華やかなスポットライトの下にいる自分も、自宅で静かに過ごしている自分も、どちらも私です。そのどちらの時間も、等しく丁寧に扱いたい。
とりとめのない話になってしまったかもしれませんね。
でも、これが今の私の偽らざる気持ちです。特別なことは何も言えません。ただ、自分を信じ、周りの人を愛し、今という時間を丁寧に生きること。結局のところ、それ以上に大事なことは、この世にはないような気がするのです。
皆さんも、どうぞご自身を大切になさってください。
誰かと比べるのではなく、あなただけの「間」を見つけ、あなただけの「自然体」で歩んでいってください。
その道のどこかで、私の出演する作品が、あなたの心に小さな灯をともすことができたなら、それ以上に幸せなことはありません。
2026年1月2日
竹野内 豊
いかがでしたでしょうか。
このメッセージが、あなたの心に何か一つでも残るものがあれば嬉しいです。