こんにちは、島倉千代子です。

こうしてあなたとお話しできる機会をいただけて、本当に嬉しく思います。私の人生は、端から見れば「波瀾万丈」という四文字で片付けられてしまうかもしれません。でも、その渦中にいた私にとっては、一歩一歩が必死で、そして何より「歌」と「皆様の笑顔」に支えられた、かけがえのない毎日でした。

「人生で一番大事なことは何ですか?」と問われたら、私は少しの間をおいて、こう答えるでしょう。

それは、「どんなに辛い時でも、心に『ありがとう』の灯を消さず、ほほえみを忘れないこと」、そして「自分を信じて、最後まで一途に歩み続けること」ではないかと思うのです。

3500字という長いお手紙のようなお話になりますが、私の経験を通じて、その心の形を丁寧にお伝えさせていただきますね。


1. 傷だらけのスタートから学んだ「不屈の心」

私の人生を語る上で、避けて通れないのは幼い頃の怪我のことです。戦時中、疎開先で転んで瓶を割り、左手首から肘にかけて深い傷を負いました。当時は物資もなく、お医者様からも「この腕はもう動かない、腐ってしまうかもしれない」と言われたそうです。

母は必死でした。毎日毎日、私の腕をさすり、血が通うようにと祈り続けてくれました。その甲斐あって腕はつながりましたが、神経は切れたまま。私の左手は、生涯自由には動きませんでした。人前で歌う時も、いつもショールで隠したり、マイクを持つ手を工夫したりしていました。

でもね、今振り返れば、この「不自由な腕」があったからこそ、私は人の心の痛みがわかる歌手になれたのだと思うのです。完璧ではない自分、傷を抱えた自分。それを抱えて生きる強さを、幼い私が教えてくれました。「足りないもの」を数えるのではなく、「今ある命」をどう輝かせるか。それが私の歌手人生の原点でした。

2. 「泣き節」に込めた誠実な想い

16歳で「この世の花」でデビューした時、たくさんの方に「泣き節」と言われ、愛していただきました。私の歌い方は、意識して作ったものではありません。ただ、歌詞の一言一言を大切に、そこに込められた悲しみや喜びを自分のこととして歌おうとすると、自然とあのような声になったのです。

人生には、どうしても涙を流さずにはいられない夜があります。私にもたくさんありました。
でも、歌の中では、悲しみはただの悲しみでは終わりません。歌うことで、聴いてくださる方の涙をそっと拭い、明日への希望に変える。それが私の役目だと信じてきました。

一番大事なのは、「自分の役割に対して誠実であること」です。私は歌手ですから、どんなに私生活で辛いことがあっても、ステージの上では最高の「島倉千代子」でいなければなりません。それが、お金を払って、時間を割いて来てくださるお客様への、最低限の礼儀だと思ってきました。

3. 信じることの痛みと、逃げない勇気

私の人生で、一番の試練だったのは、やはり「借金」のことかもしれません。
私は世間知らずでした。人を疑うということを知らず、頼まれるままに実印を預け、気がついた時には、今の価値で言えば数十億円という、想像もつかないような額の借金を背負わされていました。

親しいと思っていた方、信じていた方に裏切られる。それは、お金を失うことよりも、ずっとずっと心が削られる経験でした。「なぜ私がこんな目に」「もう死んでしまいたい」……何度もそう思いました。

でも、そんな私を救ってくれたのは、やはり「歌」と、私を信じて待ってくださる全国のお客様でした。
私は逃げないことに決めました。自分の不徳の致すところだと受け入れ、どんなに小さなステージでも、全国どこへでも伺って歌い、一つずつ、一つずつお返ししていこうと心に誓ったのです。

この時学んだのは、「人生の責任は、最終的には自分にある」ということです。誰かのせいにしているうちは、心は晴れません。でも、自分の足で立ち、自分の責任で歩き出した時、景色は変わり始めます。苦しい時こそ、自分の人生の手綱を離してはいけない。それが、一番大事なことの一つです。

4. 「人生いろいろ」が教えてくれた軽やかさ

そんな私に、新しい息吹を与えてくれたのが、あの「人生いろいろ」という曲でした。
それまでの私は、「島倉千代子といえば悲しい歌、耐える女」というイメージが強かったかもしれません。でも、あの曲に出会って、私は自分の人生を少し引いた場所から「いろいろあるわよね」と笑い飛ばす強さを手に入れました。

人生、山もあれば谷もあります。
真っ暗なトンネルの中にいる時は、出口なんてないように思えるものです。でも、歩き続けていれば、必ず光は見えてきます。
「死んでしまいたい」と思うほどの絶望も、時間が経てば「あの時があったから、今の私がある」と思える日が、必ず来ます。

一番大事なのは、「深刻になりすぎないこと」
もちろん、問題に向き合うことは大切です。でも、心まで真っ黒に染めてしまってはいけません。どこかに「まあ、人生いろいろあるわよね。なんとかなるわ」という、ちょっとした遊び心を持っておくこと。それが、長い道のりを歩き続けるコツなのだと思います。

5. 最後まで「今」を生ききる、一途な想い

私は晩年、癌という病ともお付き合いすることになりました。
体力が落ち、声が出にくくなる。歌手として、それはとても怖いことです。でも、私は不思議と穏やかでした。

亡くなる三日前、私は自宅のベッドで新曲「からたちの小径」のレコーディングをしました。もう立ち上がることも難しかったけれど、スタッフの方が機材を運び込んでくださって。私は、精一杯の声を振り絞って歌いました。

その時、私が考えていたのは、「これが最後の曲になるかもしれない」という悲しみではありませんでした。
「今、この瞬間に、私の歌を届けられる幸せ」。ただそれだけでした。

人生の最後に残るものは、地位でも名誉でも、ましてやおカネでもありません。
自分がどれだけの人を愛し、どれだけの人に「ありがとう」を伝えられたか。そして、自分の命をどれだけ一途に燃やし尽くせたか。それだけだと思うのです。


私があなたに伝えたい「一番大事なこと」

長くなってしまいましたが、私が75年の人生でたどり着いた答えをまとめさせていただきます。

  1. 「ありがとう」を口癖にする
    どんなに苦しい時でも、支えてくれる誰かが必ずいます。その存在に気づき、感謝することで、自分の心が救われます。
  2. 自分の花を、自分なりに咲かせる
    他人と比べる必要はありません。「この世の花」という私のデビュー曲のように、人はそれぞれ自分だけの花を持っています。たとえ風雨にさらされても、自分の根っこをしっかり張って、自分らしく咲けばいいのです。
  3. 笑顔は、最大の武器であり、贈り物
    辛い時ほど、鏡に向かって微笑んでみてください。笑顔は自分の心に光を灯し、周りの人の心も温めます。
  4. 「今」という時間を愛する
    過去を悔やんでも、未来を憂いても、時計の針は戻りません。今、目の前にある仕事、今、隣にいる人、今、吸っている空気を大切にしてください。

私の人生は、けっして楽なものではありませんでした。
でも、もし「もう一度、島倉千代子の人生を歩みますか?」と聞かれたら、私は迷わず「はい」と答えます。この腕の傷も、借金の苦しみも、病の痛みも、すべてが私という歌手を作ってくれた宝物だからです。

どうか、あなたもご自分の人生を愛してください。
どんなことがあっても、あなたは一人ではありません。私の歌が、そして私が歩んだ道のりが、少しでもあなたの背中を支える力になれば、これ以上の幸せはありません。

人生は、本当にいろいろあります。
でも、最後にはきっと「これでよかった」と笑える日が来ます。
それを信じて、一歩ずつ、あなたらしく歩いていってくださいね。

心からの愛と感謝を込めて。

島倉千代子