やあ、巨泉です。
わざわざボクを呼び出して「人生で一番大事なものは何か」なんて、キミもなかなかセンスがいいというか、あるいはよっぽど人生の迷路に迷い込んでいるのか……どちらかなんだろうね。
いいかい、ボクがテレビの第一線をさっさと退いて「セミリタイア」なんて言葉を流行らせたのは、もう30年以上も前のことだ。あの時、日本のマスコミや世間は「働き盛りなのにもったいない」だの「どうせすぐ戻ってくる」だのと勝手なことを言っていた。でもボクは、確固たる信念を持ってマイクを置いたんだ。
ボクの人生哲学は、いつだってシンプルだ。3500字もかけて語るようなことじゃないかもしれないけれど、せっかくの機会だ。ボクがこれまでの82年の生涯(まあ、今は向こう側にいるわけだけど)で確信した「人生で最も大事なこと」を、ボクなりの言葉でじっくりと、キミにレクチャーしてあげよう。
テレビを見るように、リラックスして聞いてくれたまえ。
1. 人生の本番は「遊び」にある
まず、結論から言おう。人生で一番大事なこと、それは「いかに人生を遊び尽くすか」。これに尽きる。
「なんだ、そんなことか」と思ったなら、キミはまだ甘い。日本の連中は、どうも「遊び」というものを低く見すぎる傾向がある。「仕事の合間の息抜き」だとか「余暇」だとか、そんな風に考えているだろう? ナンセンスだ。ボクに言わせれば、仕事なんてものは、遊びを充実させるための「手段」に過ぎないんだよ。
ボクは放送作家としてキャリアをスタートさせ、『11PM』や『クイズダービー』、『世界まるごとHOWマッチ』といった番組で司会を務めてきた。世間的には「成功者」に見えたかもしれない。でもね、ボクにとってテレビの仕事は、あくまで「自分が最高に楽しむためのステージ」であり、そこで稼いだ金は「自分が本当にやりたい遊び」につぎ込むための軍資金だったんだ。
ジャズ、競馬、ゴルフ、麻雀、ボート……ボクはあらゆる遊びを本気でやってきた。遊びを本気でやるとはどういうことか? それは、プロの顔負けの知識を持ち、プロと同じ土俵で議論ができるまで突き詰めるということだ。
いいかい、「一生懸命に遊ぶ」ことができない人間に、面白い人生なんて送れるわけがないんだ。
2. 「セミリタイア」という決断:時間の主導権を握れ
ボクが56歳で「セミリタイア」を宣言した時、一番大切にしたのは「お金」ではなく「時間」だった。
多くの日本人は、死ぬまで働き続けようとする。会社にしがみつき、肩書きに固執し、定年後も何をすればいいか分からずに途方に暮れる。そんなの、ボクから見れば人生の浪費でしかない。
人生には「三つの段階」があるというのがボクの持論だ。
- 第一の人生: 学び、成長する時期。
- 第二の人生: 社会に出て働き、家族を養い、責任を果たす時期。
- 第三の人生: 義務から解放され、自分のためだけに生きる時期。
この「第三の人生」を、心身ともに健康なうちにスタートさせること。これが最高に贅沢で、最高に知的な生き方なんだ。ボクはそれを56歳で始めた。まだゴルフもできる、海外を飛び回る体力もある、美味いワインも飲める。その状態で自由を手に入れることに意味がある。
「お金が貯まってから」なんて言っていたら、いつの間にか体力が落ち、感性が鈍り、結局何もできずに終わってしまう。「時間の主導権を自分に取り戻すこと」。これは、人生において何物にも代えがたい価値があるんだよ。
3. 「個」として自立せよ:集団の奴隷になるな
今の日本を見ていて(まあ、ボクがいた頃からそうだったけど)、一番歯痒いのは、みんなが「右へ倣え」で個性を殺していることだ。
人生で大事なことの一つは、「自分の頭で考え、自分の価値観で判断すること」だ。会社がこう言っているから、世間体が悪いから、みんながそうしているから……そんな理由で自分の行動を決めるのは、自分の人生を他人に譲り渡しているのと同じことだ。
ボクはいつだって、自分が面白いと思うこと、自分が正しいと思うことを突き通してきた。時には傲慢だと言われたし、生意気だとも叩かれた。でも、それでいいんだ。万人に好かれようとするなんて、個性の放棄だよ。
キミも、組織の論理や世間の常識という名の鎖を少しずつ解いていくべきだ。ジャズの世界を見てごらん。一人ひとりのプレイヤーが強烈な個性をぶつけ合い、アドリブで会話をする。そこには調和はあるけれど、妥協はない。人生も同じであるべきなんだ。「自分は自分、人は人」という冷徹なまでの個人主義を持って初めて、本当の意味での人間関係や、豊かな人生が築けるんだよ。
4. 知性は「楽しみ」を倍増させるスパイスだ
遊びが大事だと言ったけれど、ただダラダラ過ごすのが遊びじゃない。そこに「知性」がなければ、遊びはすぐに飽きてしまう。
例えば、競馬を見てごらん。ただ馬券を買って当たった外れたと騒ぐのは、単なるギャンブルだ。でも、血統を調べ、馬場のコンディションを読み、調教師の戦略を推察し、自分なりのロジックを組み立てて勝負する。これは最高に知的なゲームになる。
ジャズだってそうだ。バックグラウンドにある黒人歴史や、楽器の構造、プレイヤーの精神性を知っていれば、一枚のレコードから得られる感動は何倍にも膨れ上がる。
ボクが多趣味だったのは、知的好奇心が旺盛だったからだ。新しいことを学び、それを自分の血肉にすること。そのプロセス自体が「快楽」なんだ。「生涯学習」なんて堅苦しい言葉じゃなくて、「もっと楽しむために、もっと知る」。この姿勢を忘れないでほしい。知識は、キミの人生を豊かにするための最強の武器なんだ。
5. 健康という最低限のインフラ
さて、少し現実的な話もしよう。ボクは晩年、何度もがんと闘った。腸、肺、リンパ……。何度も手術をし、放射線治療も受けた。
その時に痛感したのは、「健康でなければ、どんな遊びも成立しない」という身も蓋もない真実だ。
どんなに大金を持っていても、どんなに素晴らしい自由があっても、ベッドから動けなければ海外移住もゴルフもできない。美味しい食事も砂を噛むような味になってしまう。
だからといって、健康のために好きなものを我慢して、ストイックに生きるのもボクのスタイルじゃない。それは本末転倒だ。ボクが言いたいのは、「自分の体の声を聞け」ということだ。無理をすべき時はし、休むべき時は休む。そして、医学的な知識も自分の頭でアップデートし、医者任せにしないこと。
ボクは最後まで、自分の病状を冷静に分析し、どう生きるかを選択してきた。健康管理もまた、知的な「遊び」の一環だと思えばいいんだ。
6. 海外へ出ろ、視点を変えろ
ボクがセミリタイア後に、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドと海外を拠点にしたのは、単に気候がいいからだけじゃない。「日本という狭い価値観から自分を解放するため」だった。
日本にずっといると、どうしても「単一の物差し」で物事を見るようになってしまう。年収がいくらだ、どの会社に勤めているだ、何歳までに結婚しろだ……そんな些末なことに縛られてしまう。
でも、一歩外に出れば、世界には多様な生き方があることが分かる。
カナダの雄大な自然の中で、人は自然の一部でしかないことを知る。
オーストラリアのゆったりした時間の中で、「働かないこと」への罪悪感が消えていく。
キミも、チャンスがあればどんどん外の世界を見てほしい。物理的に移住しなくてもいい。異文化に触れ、違う価値観を持つ人々と対話することで、キミの中の「常識」が壊れる。その「常識の破壊」こそが、自由への第一歩なんだ。
7. 「ハッピー」の定義を自分で決めろ
最後になるけれど、人生で一番大事なこと。それは、「自分にとっての『ハッピー』を明確に定義すること」だ。
世間が決めた「幸せのパッケージ」に自分を当てはめようとしちゃいけない。
「いい大学を出て、一流企業に入り、家を買い、子供を育て上げ、孫の顔を見る……」
それがハッピーな人もいるだろう。でも、それがキミにとってのハッピーかどうかは、キミにしか分からない。
ボクにとってのハッピーは、愛する妻と一緒に、大好きなジャズを聴きながら、世界で一番綺麗な夕日を眺め、明日のゴルフの戦略を練ることだった。そこには世間体も名誉も関係ない。
いいかい、人生は一度きりだ。そして、いつ終わるか分からない。
ボクもがんを患ってから、「ああ、あの時もっと遊んでおけばよかった」なんて後悔は一ミリもしなかった。なぜなら、いつ死んでもいいように、その時その時を全力で「自分勝手」に楽しんできたからだ。
キミの人生の主役は、キミ自身なんだ。他人の期待に応えるために、貴重な時間を切り売りするのはもうやめなさい。
結びにかえて:キミへのメッセージ
さて、そろそろボクの出番も終わりのようだ。
3500字近く喋ったかな? 巨泉の話は長いって、昔からよく言われたもんだよ(笑)。
キミに最後に伝えたいのは、「今日という日を、最高に面白い一日にしろ」ということだ。
明日になったら、ボクみたいにこっち側に来ちゃうかもしれないんだからね。
- 仕事はほどほどに。
- 遊びは本気で。
- 自分の頭で考え。
- 愛する人を大事にする。
これだけ守っていれば、キミの人生は間違いなく「ハッピー」なものになる。
ボクがテレビで言っていたお決まりのセリフ、覚えているかい?
「なんたって、人生は楽しまなきゃ損なんだから」
それじゃあ、ボクはこれから向こうで、最高のメンバーとジャズのセッションがあるんでね。失礼するよ。
あ、言い忘れた。キミもこっちに来る時は、面白い土産話の一つでも持ってきなさい。
「ボクはこんなに自分勝手に、楽しく生きてきました」ってね。
そんな話なら、いくらでも聞いてあげるよ。
じゃあ、バイバイ!