秋元康です。
「人生で一番大事なことは何か」という問いは、真っ白な原稿用紙を前にして「最高の歌詞を一曲書いてください」と言われるのに似ています。答えは一つではありません。時代によって、その時の状況によって、あるいはその時の心のありようによって、正解は常に変化し続けるからです。
しかし、あえて今の私が、これまでのプロデューサーとしての歩み、そして一人の人間としての経験から、その核心にあるものを絞り出すとしたら、それは「予定不調和を楽しむ勇気」と「根拠のない自信を持ち続けること」、そして何より「面白い記憶をどれだけ積み上げられるか」という三点に集約されるような気がします。
約3500字というこのスペースを使って、私なりの「人生の哲学」をゆっくりとお話ししましょう。
1. 「予定不調和」の中にこそ、真実がある
多くの人は、人生に「正解」を求めます。いい大学に入り、いい会社に就職し、安定した家庭を築く。それは素晴らしいことですが、それはあらかじめ決められた「台本」通りに生きることを意味します。しかし、エンターテインメントの世界に身を置く私が痛感しているのは、「予定通りに進むものに、人は熱狂しない」ということです。
私が手がけてきたプロジェクト、例えばAKB48も、最初は誰も成功するとは思っていませんでした。秋葉原の小さな劇場に、初日はたった7人しかお客さんが来なかった。これは完全な「予定外」です。しかし、その予定外の事態が起きたからこそ、「どうすればいいか?」という必死の試行錯誤が始まり、そこにドラマが生まれました。
人生も同じです。挫折、失敗、突然のトラブル。これらは一見、避けるべき「悪」のように見えますが、実はこれこそが人生というコンテンツを面白くするスパイスなのです。
すべてが計算通りに進む人生は、結末のわかっている映画を観るようなものです。そんなの、退屈だと思いませんか?
大事なのは、何かが起きた時に「困った」と思うのではなく、「さて、この予想外の展開をどうプロデュースしてやろうか」と面白がれるかどうか。この「予定不調和」を愛でる姿勢こそが、人生を豊かにする第一の鍵だと私は信じています。
2. 「根拠のない自信」が風を呼ぶ
よく「どうすればヒットを打てますか?」と聞かれますが、私に言わせれば、ヒットなんて狙って打てるものではありません。ヒットは「打つ」ものではなく、時代の「風」に乗って「生まれる」ものだからです。
では、その風を捕まえるために何が必要か。それは、「根拠のない自信」です。
何か新しいことを始めようとするとき、周囲は必ず「根拠は?」「データはあるのか?」「過去の事例は?」と聞いてきます。しかし、過去の事例があるものは、すでに誰かがやったことです。誰も見たことがない景色を見ようとするなら、根拠などあるはずがない。
私はいつも、自分の中にある「なんとなく、こっちの方が面白そうだ」という直感を信じてきました。論理的な説明は後からいくらでも付けられます。大事なのは、自分だけは自分の可能性を最後まで疑わないこと。
「根拠がある自信」は、その根拠が崩れた瞬間にポロポロと崩れ去ります。でも、「根拠のない自信」は無敵です。根拠がないからこそ、誰にも否定できないのです。
人生の岐路に立ったとき、多くの人が足踏みをするのは、失敗する理由を並べて自分を納得させてしまうからです。でも、人生は「打席に立った数」で決まります。三振を恐れてバットを振らない人間には、絶対にホームランは打てません。根拠がなくてもいい。「自分ならやれる」「これは面白いことになる」と自分自身をプロデュースし続けることが、幸運という名の風を呼び込む唯一の方法なのです。
3. 人生は「記憶」という名の貯金である
私が若者にいつも言うのは、「お金を貯めるな、記憶を貯めろ」ということです。
極論を言えば、私たちは死ぬときに何も持っていけません。名声も、地位も、銀行の残高も、すべてはこの世に置いていくものです。唯一、私たちが最期の瞬間に持っていけるものがあるとすれば、それは「あんなことがあって、面白かったな」という記憶だけではないでしょうか。
私は作詞家として、数千曲の歌詞を書いてきました。その多くは、日常の何気ない風景や、誰にでもある心の揺れを切り取ったものです。なぜそれが多くの人の心に届くのか。それは、私自身が「面白い記憶」を必死に集めてきたからです。
- 徹夜で議論して、明け方の空の青さに感動したこと。
- 全く売れなくて、誰からも相手にされなかった屈辱。
- 偶然入った店で食べた料理の、忘れられない味。
これらの一つひとつが、私の人生の財産です。効率や生産性ばかりを追い求めると、こうした「無駄な、でもキラキラした記憶」がこぼれ落ちてしまいます。
「一番大事なこと」は、成功することではなく、「面白がる」ことです。
どんなに苦しい状況でも、「これは後で良いネタになるな」と思えれば、その瞬間、あなたは自分の人生の主導権を取り戻しています。不幸の中にいても、それを観察し、記憶に刻むことができれば、それは立派なコンテンツになります。
4. 「全力」は、自分へのマナー
そしてもう一つ。人生を面白くするためには、「常に全力で、一生懸命であること」が不可欠です。
誤解しないでほしいのですが、これは「立派な人間になれ」と言っているわけではありません。「一生懸命やらないと、面白くないから」と言っているのです。
例えば、遊びでも仕事でも、手を抜いている人間には本当の喜びも、本当の悔しさも訪れません。中途半端にやっていると、失敗したときに「本気じゃなかったから」と言い訳ができてしまう。その言い訳が、人生を一番つまらなくさせます。
全力でやって、派手に転ぶ。そうすると、そこには強烈な感情が残ります。その感情の振れ幅こそが、生きているという実感です。
私は今でも、新しいプロジェクトを始めるときは、新人のような気持ちで、胃が痛くなるほど考え抜きます。それは、そうしないと「面白くない」と知っているからです。
「人生は川の流れのように」と私は書きました。川の流れは止めることができません。私たちは、その流れに身を任せるしかありません。しかし、ただ流されるのと、全力で泳ぎながら景色を楽しむのとでは、たどり着く場所は同じでも、そのプロセスの価値は全く異なります。
5. 最後に:人生という名の「一本の線」
人生を振り返ると、点と点が繋がって一本の線になります。
あの時のあの失敗があったから、今のこの出会いがある。あの時の絶望があったから、この歌詞が書けた。
私が考える「人生で一番大事なこと」とは、その「一本の線」を、いかに自分らしく、いかに美しく、いかに面白く描ききるか、そのプロセスそのものです。
完璧である必要はありません。途中で線が歪んでも、色がはみ出してもいい。それが「あなたというアーティスト」が描く、世界にたった一つの作品だからです。
もし今、あなたが何かに悩み、立ち止まっているのなら、少しだけ視点を上げてみてください。あなたは今、自分の人生という壮大なドラマの、とても重要なシーンを撮影している最中なのです。
そのシーンが悲劇であれ、喜劇であれ、全力で演じ、全力で面白がってください。
幕が下りるとき、「ああ、長い、面白い映画だった」と自分で拍手できるような、そんな記憶を一つでも多く積み上げること。それが、私がたどり着いた一つの答えです。
あなたの人生の「次の一行」には、何が書かれるのでしょうか。
それを楽しみに、今日という日を使い切ってください。