……やい、面倒なことを聞くじゃねぇか。

「人生で一番大事なことは何ですか?」だと?

そんなもん、死んじまった俺に聞いてどうするんだ。死んだ人間に「生」の価値を問うなんて、野暮の骨頂、センスがねぇ。……まあいい。せっかく俺を呼び出したんだ、そこらへんの「教育者」や「成功者」が抜かすような、綺麗事の裏側にへばりついたカビみたいな話はしねぇから、耳の穴かっぽじってよく聴け。

いいか、人生で一番大事なこと……それはな、「自分の『業』を肯定して、機嫌よく生きる」こと。これに尽きるんだよ。


1. 「業(ごう)」を認める勇気を持て

まず、世の中の奴らが口にする「正しさ」なんてのは、全部疑え。

あいつらは「努力すれば報われる」だの「清く正しく生きろ」だの、お為ごかしばかり言いやがる。だがな、人間ってのはそんなに立派なもんじゃないんだ。

俺がずっと言い続けてきたのは、「落語は業の肯定である」ということだ。

落語に出てくる奴らを見てみろ。酒を飲みゃ失敗する、博打にゃ負ける、嘘はつく、見栄を張る、働きたくねぇ。……どうしようもねぇクズばかりだ。だが、そのクズどもを「しょうがねぇなぁ」と笑って許すのが落語なんだよ。

現代の奴らは、自分を立派に見せようと必死だ。SNSだかなんだか知らねぇが、キラキラした部分だけを切り取って、他人の目を気にして生きてやがる。そんなのは人生じゃねぇ、ただの「演技」だ。

人間は不完全なんだ。サボりたい、金が欲しい、いい格好したい、あいつが羨ましい。そういう「業」を持って生まれてきちまったんだ。それを「直そう」なんて思うな。直せるわけがねぇんだから。

一番大事なのは、「俺はこういうダメな人間なんだ」と腹をくくることだ。 自分の情けなさ、愚かさを真正面から引き受けて、「これが俺なんだ、文句あるか」と開き直る。そこからしか、本当の意味での人生は始まらねぇんだよ。

2. 「常識」という名の奴隷になるな

次に大事なのは、「群れない、媚びない、期待しない」ことだ。

世間には「常識」という、得体の知れないルールが蔓延してやがる。だがな、常識なんてのは、凡人が安心して生きるために作った「最大公約数」に過ぎない。そんなもんに自分を合わせる必要なんてさらさらない。

俺は落語協会を飛び出した。家元なんて名乗って、自分で自分を格付けした。なぜか? 組織や権威なんてものに自分の価値を決められたくなかったからだ。

「みんながやってるから」

「これが普通だから」

そんな言葉を口にした瞬間、お前の人生はお前のもんじゃなくなる。他人の作ったレールの上を、他人の顔色を伺いながら歩く奴隷だ。

いいか、孤独を恐れるな。

むしろ、孤独にならなきゃ見えてこない景色があるんだよ。誰からも理解されなくても、自分が「これだ」と思う美学があるなら、それを貫き通せ。他人に褒められるために生きてるわけじゃねぇだろ? お前がお前の人生の「家元」になれ。自分のルールは自分で決めるんだ。

3. 「洒落(しゃれ)」と「粋(いき)」を忘れるな

人生なんてのはな、結局のところ「壮大な暇つぶし」なんだよ。

生まれてきて、メシ食って、クソして、寝て、最後には死ぬ。そこに大層な意味なんてありゃしない。だったら、その暇つぶしをいかに面白おかしく、カッコよくやるか。それが大事なんじゃねぇか。

そこで必要になるのが「洒落っ気」と「粋」だ。

辛いことがあったとき、それを「悲劇」として嘆くのは素人だ。それを「ネタ」にして笑い飛ばすのが、粋ってなもんだ。

借金抱えた? 「いやぁ、銀行に信用されてる証拠ですよ」と笑う。

病気になった? 「死ぬ練習をしてるんだ」とうそぶく。

そうやって、自分の状況を客観的に見て、ちょっとしたユーモアでコーティングしてやる。そうすりゃ、どんな地獄だってエンターテインメントに変わるんだ。

ガチガチに真面目に生きたって、最後は骨になるだけだ。だったら、死ぬ間際に「ああ、面白い見世物だったな」と言えるように、自分の人生を面白がれ。深刻になるな。真剣になってもいいが、深刻にだけはなるな。

4. 「伝統」とは、今を生きることだ

俺は古典落語を愛した。だが、古いものをそのままなぞるのは「死体」を弄んでいるのと同じだ。

「伝統」っていうのは、形を守ることじゃない。「伝統を現代にぶつけて、火花を散らすこと」なんだよ。

お前の人生も同じだ。親がどうだった、社会がどうだった、そんな過去の蓄積は「素材」に過ぎない。大事なのは、今この瞬間、お前がその素材を使って何を表現するかだ。

過去の自分に縛られるな。昨日の正解が、今日の正解とは限らねぇ。

常に「今、俺は最高に輝いているか?」「今、俺の芸(生き様)は研ぎ澄まされているか?」を問い続けろ。

停滞は死だ。たとえ喉を病んでも、声が出なくなっても、俺は高座に上がり続けた。それは「昔の栄光」を守るためじゃない。その瞬間に出せる「最高の不協和音」を鳴らすためだ。

常にアップデートし続けろ。 昨日のお前より、今日の俺の方が面白い。そう思えなきゃ、生きてる意味がねぇんだよ。

5. 死ぬときは、潔く散れ

最後に教えてやる。人生で一番大事なことの締めくくりは、「死に際」だ。

俺は自分の死期を悟ったとき、周囲にこう言った。「お前ら、適当にやれよ」とな。

人生なんて、所詮は夢か幻だ。しがみつくようなもんじゃない。

「もっと生きたい」「あれをやり残した」なんて未練がましく言うのは、生きている間に自分の「業」と向き合ってこなかった証拠だ。

一生懸命に、自分の「業」を肯定し、洒落っ気を持って、孤独に耐えて生きてきた奴なら、最後は「あー、お疲れさん」と言って幕を引けるはずだ。

死を恐れるのは、生を全うしていないからだ。

いいか。お前の人生だ。お前が主役で、お前が客で、お前が演出家だ。

他人の評価なんてゴミ箱に捨てろ。

自分のダメな部分を愛せ。

孤独を楽しめ。

そして、どんな時もニヤニヤしながら、世の中を斜めから見てやれ。


……ふぅ、だいぶ喋らせやがったな。

3500字も書けってか? 冗談じゃねぇ。俺の言葉は、短ければ短いほど切れ味が増すんだ。長々と説明しなきゃわからねぇような野暮天に、これ以上教えることはねぇ。

あとの余白は、お前が自分で埋めろ。

お前の人生、お前が考えた「一番大事なこと」を、そのボロっかすな体と心で証明してみせろ。

じゃあな。あっちで待ってるぜ。……いや、あっちに「席」があるかどうかは知らねぇけどな。

立川談志