嘉納治五郎として、我が人生の歩みと、そこから導き出した「人生で最も大事なこと」について、静かに、しかし情熱を持って筆を執らせていただきます。

今の時代、2026年という激動の中を生きる皆様にとって、私の言葉が何らかの道標となれば幸いです。


序:柔の道は、人の道なり

私は、1860年(万延元年)、摂津の国に生まれました。幼少の頃の私は体が弱く、近所の子供たちにいじめられることも少なくありませんでした。その悔しさが、私を武術、すなわち「柔術」の世界へと突き動かしたのです。

しかし、私が求めたのは単なる「相手を倒す技術」ではありませんでした。天神真楊流や起倒流といった古流柔術を学ぶ中で、私はある確信に至りました。それは、武術の真髄は、身体の動かし方のみならず、「いかにして己の命を使い、いかにして他者と共に生きるか」という精神の在り方にこそある、ということです。

それを体系化したものが、私が1882年に創始した「講道館柔道」です。私が人生で一番大事だと考えること、それは私が生涯をかけて掲げた二つの規範、「精力善用(せいりょくぜんよう)」「自他共栄(じたきょうえい)」に集約されます。


一、精力善用:己のエネルギーを最善に尽くす

人生において最も大事なことの第一は、「自分の持つ力を、最も有効に、そして正しき方向に使うこと」です。これを私は「精力善用」と呼びました。

「精力」とは、身体的な力だけでなく、知力、精神力、そして時間という財産も含みます。これらを無駄に浪費せず、また悪しきことに使わず、最も価値のある目的のために注ぎ込むこと。これこそが、人間が成すべき第一の務めです。

柔の理(ことわり)から学ぶ効率

柔道には「柔よく剛を制す」という言葉があります。相手が強い力で押してきたら、それに逆らわず、その力を利用して相手のバランスを崩す。これは単なる格闘のテクニックではありません。人生における「最小の力で最大の効果を上げる」という原理原則なのです。

現代の皆様も、日々多くの困難やストレスに直面していることでしょう。それらに対して闇雲にぶつかるのではなく、状況をよく観察し、どこに力を入れ、どこで力を抜くべきかを見極める。その「智恵」を磨くことが、精力善用への第一歩です。

目的の正しさ

いかに効率よく力を使えたとしても、その目的が自分勝手な欲望や、他者を傷つけるものであってはなりません。精力を「善」に用いること。自分が成長し、何らかの価値を生み出すために力を使う。この「方向性」の維持こそが、人生の質を決定づけるのです。


二、自他共栄:他者と共に栄える喜び

人生において最も大事なことの第二は、「自分一人の幸せを追うのではなく、社会全体、世界全体の幸福を願って行動すること」です。これを私は「自他共栄」と呼びました。

柔道の稽古を思い出してください。相手がいなければ、技を磨くことはできません。投げられた痛みを知るからこそ、投げる時の加減や礼節を学びます。つまり、目の前の相手は「敵」ではなく、共に成長するための「パートナー」なのです。

個の完成は公の貢献にあり

人間は一人では生きていけません。自分が今、健やかに生きていられるのは、家族、友人、そして見知らぬ多くの人々の働きがあるからです。ならば、自分を磨く目的は、単に「自分が強くなること」や「自分が有名になること」であってはならない。

「己を完成させ、世を補益する(自分を磨き、その力で世の中を助ける)」。この循環の中に身を置くことこそが、人間としての真の幸福であり、人生の醍醐味です。

融和の精神

現代は分断が進み、自分と異なる考えを持つ者を排除しようとする動きも見受けられます。しかし、自他共栄の精神に立てば、違いは対立の理由ではなく、新しい価値を生むための協力の種となります。互いに助け合い、譲り合い、共に栄える道を模索する。この精神こそが、平和な世界を築く礎(いしずえ)となるのです。


三、教育と修養:生涯、学び続ける姿勢

私は柔道家であると同時に、一人の教育者でもありました。人生を振り返って痛感するのは、「人間は死ぬまで未完成である」ということです。

私が東京高等師範学校(現在の筑波大学)の校長を務めていた際、学生たちに常に伝えていたのは、学問だけでなく人格を磨くことの重要性でした。知識は道具に過ぎませんが、人格はその道具をどう使うかを決める「主(あるじ)」です。

修行に終わりなし

柔道に段位制を設けたのは、修行の段階を明確にするためでしたが、それは「黒帯を取れば終わり」という意味ではありません。むしろ、黒帯になってからが本当の修行の始まりです。

人生も同じです。地位を得ても、富を得ても、それで慢心してしまえば、そこから衰退が始まります。常に新しいことを学び、自分の至らなさを自覚し、一歩でも前へ進もうとする。この「求道心(ぐどうしん)」を失わないことが、人生を豊かにし続ける鍵です。

身体と精神の調和

また、知徳体(ち・とく・たい)の調和も忘れてはなりません。健全な精神は健全な肉体に宿ります。身体を鍛えることは、単に見栄えを良くするためではなく、己の精神を律し、困難に耐えうる土台を作るためです。日々のささやかな運動や、自らの身体を慈しむ習慣も、人生を支える大事な要素なのです。


四、世界を見据える広い視野

私は1909年にアジア初の国際オリンピック委員会(IOC)委員に就任し、スポーツを通じて世界の人々が結びつくことを夢見ました。

人生において大事なことは、「自分の殻に閉じこもらず、広い世界に目を向けること」です。自分の住む地域、自分の国だけでなく、地球という大きな視点で物事を考える。

困難の中に見出す希望

1940年の東京オリンピック招致に奔走した際、日本は国際的に厳しい状況にありました。しかし私は、スポーツこそが政治の壁を越え、互いの尊敬を育む手段になると信じて疑いませんでした。

結果として、私はその開催を見届けることなく世を去りましたが、私の想いは後の時代へと引き継がれました。自分の代で成し遂げられなくても、後世に希望の種をまくこと。これもまた、広い視野を持つ者の大切な役割です。


五、最後に:2026年を生きるあなたへ

長い話をさせていただきましたが、私が皆様に一番伝えたいのは、非常にシンプルなことです。

「何事も、真心を込めて行いなさい。そして、その行いが自分と他者の双方にとってプラスになるかどうかを、常に問い続けなさい。」

人生には思い通りにいかないことが多々あります。挫折し、膝をつくこともあるでしょう。しかし、そんな時こそ、柔道の「受け身」を思い出してください。

「受け身」とは、負けを認めることではなく、「次に立ち上がるために、ダメージを最小限に抑えて、安全に転ぶ技術」です。失敗を恐れる必要はありません。失敗から何を学び、いかにして再び立ち上がるか。そのプロセスそのものが、あなたの人生を輝かせる修練なのです。

まとめ:人生で一番大事なこと

それは、特定の成果を出すことではありません。

  1. 「精力善用」:与えられた命の火を、最も美しく、最も有効に燃やすこと。
  2. 「自他共栄」:自分の光で、周りの人々を照らし、共に歩むこと。

この二つを、日々の生活の中で、食事をするように、呼吸をするように実践すること。それ以外に、人間が歩むべき王道はありません。

私はかつて、氷川丸という船の上で生涯を閉じました。私の旅は終わりましたが、柔道という道、そして「教育」という志は、今も世界中で生き続けています。それは私という個人を超えて、真理が受け継がれている証左です。

どうぞ、皆様もご自身の人生という道場で、最高の「形(かた)」を演じてください。勝つことよりも、「いかに正しく戦い、いかに気高く生きるか」。その一歩一歩が、何物にも代えがたい宝物となるはずです。