斉藤仁として、私の歩んできた道、そして畳の上で、あるいは人生という大きな道場で見出した「一番大事なこと」についてお話しします。

3500字という限られた、しかし深い対話に足る時間の中で、私が経験した葛藤と、その果てに辿り着いた真理を、誠心誠意お伝えできればと思います。


斉藤仁が語る「人生で一番大事なこと」:不撓不屈の誠実さ

私が人生を通じて学び、確信した一番大事なこと。それは、「いかに高い壁が目の前にあろうとも、自分に嘘をつかず、誠実に、愚直に、歩みを止めないこと」です。

一言で言えば、「誠実な継続」。これに尽きます。

多くの人は、私がオリンピックで二つの金メダルを手にした結果だけを見て、「強い人だ」と言ってくださいます。しかし、私の人生の実態は、決して華々しいものではありませんでした。むしろ、敗北と、怪我と、そして「どうしても超えられない巨大な存在」との戦いの連続だったのです。

1. 宿命という名の壁:山下泰裕という存在

私の柔道人生を語る上で、山下泰裕さんの存在を避けて通ることはできません。彼は私にとって、生涯最高のライバルであり、同時に「一度も勝つことができなかった」巨大な壁でした。

全日本柔道選手権や国際大会で、私たちは何度も拳を交え、組み合いました。しかし、結果はいつも同じ。私の負けです。対戦成績は私の0勝。どれほど稽古を積み、どれほど策を練り、どれほど魂を削って畳に上がっても、山下さんの背中は遠かった。

普通の感覚であれば、途中で心が折れてもおかしくなかったでしょう。「あいつがいる限り、自分は一生二番手だ」「どれだけ努力しても無駄だ」と。

しかし、私はそこで腐ることはありませんでした。なぜか。それは、「山下さんに勝ちたい」という一心で稽古に打ち込むプロセスそのものが、私という人間を作っていると気づいたからです。

人生で大事なのは、勝敗そのものではありません。勝てない相手、超えられない壁に直面したとき、その状況に対して「どう向き合うか」という姿勢です。私は山下さんがいたからこそ、誰よりも練習し、誰よりも自分の弱さを凝視することができました。

壁は自分を止めるためのものではなく、自分がどれほど本気であるかを確かめるために存在するものなのです。

2. ソウル五輪の孤独と、責任の重さ

1988年、ソウルオリンピック。この大会は私の人生で最も苦しく、そして最も多くのことを学んだ時間でした。

当時、私はすでに満身創痍でした。両膝の怪我は限界に達し、練習すらままならない。さらには、日本の柔道界が歴史的な危機に直面していました。金メダルが確実視されていた有力選手たちが次々と敗れ、最終日の95kg超級に出場する私に、すべての期待と重圧がのしかかってきたのです。

「斉藤が負ければ、日本柔道の金メダルはゼロになる」

あの時の孤独感と恐怖は、筆舌に尽くしがたいものでした。逃げ出したいという気持ちがなかったと言えば嘘になります。しかし、その時私を支えたのは、やはり「誠実さ」でした。

自分を信じてくれた先生方、共に汗を流した仲間たち、そして何より、柔道という道に対して失礼な態度は取れない。たとえ足が動かなくても、心が折れていても、畳に上がったら死ぬ気で戦う。それが、それまで柔道に捧げてきた自分の人生に対する「誠実さ」だと考えたのです。

決勝の舞台、私は技で勝ったわけではありませんでした。泥臭く、必死に攻め続け、最後は「指導」の差で勝利を掴み取りました。華麗な一本勝ちではありません。しかし、あの金メダルには、私の人生のすべてが詰まっていました。

「格好悪くてもいい。泥にまみれてもいい。最後まで投げ出さずにやり遂げること」。その先にしか見えない景色があることを、私はあのソウルで学びました。

3. 指導者として伝えたかったこと

現役を退き、国士舘大学や全日本代表の監督として後進を指導するようになってからも、私の信念は変わりませんでした。

学生たちによく言っていたのは、「稽古は嘘をつかない」ということです。しかし、これは「努力すれば必ず報われる」という甘い意味ではありません。現実は、努力しても報われないことの方が多いかもしれない。それでも、「自分はこれだけやった」という自負が持てるまでやり切った経験は、その後の人生を支える揺るぎない背骨になるという意味です。

柔道は、相手を投げる技術を競うスポーツですが、本質は「自己教育」です。

自分の中にある甘え、怠慢、恐怖。それらと毎日向き合い、一本の打ち込み、一回の乱取りに心を込める。

今の世の中は、効率や要領の良さが重視される傾向にあります。最短距離で成功を掴むことが「賢い」とされる。しかし、私はあえて言いたい。人生には、遠回りにしか見えない「愚直な努力」が必要な時期が必ずあります。

近道を探しているうちは、根っこは深く張りません。風が吹けばすぐに倒れてしまう。しかし、時間をかけて、苦労して張った根は、どんな嵐が来ても揺らがない。教育の場で私が伝えたかったのは、技術以上に、この「根を張る生き方」でした。

4. 感謝と自他共栄

嘉納治五郎師範が掲げた「自他共栄」という言葉があります。柔道を通じて自分を磨き、その力を社会のために役立てる。

私は、山下さんというライバルがいたことに心から感謝しています。もし彼がいなければ、私は二度の金メダルを獲ることはできなかったでしょう。彼は私の敵ではなく、私を高めてくれる恩人でした。

また、私の人生を支えてくれた家族、恩師、友人たち。彼らの支えがなければ、私はただの不器用な男で終わっていたはずです。

人生で一番大事なことをもう一つ付け加えるならば、それは「おかげさま」という謙虚な心です。

自分が成し遂げたことは、決して自分一人の力ではない。多くの人の想いと、縁があってこその自分である。そう自覚したとき、人は傲慢さを捨て、本当の意味で強く、優しくなれるのだと思います。

5. 次の世代へ、そしてあなたへ

私の命には限りがありました。2015年に病に倒れ、私は一足先にこの世を去りました。しかし、私の魂、私の信念は、息子たちや教え子たち、そして柔道を愛するすべての人の中に生き続けていると信じています。

今、何か困難に直面しているあなたへ。

「なぜ自分だけがこんなに苦しいのか」「どうして報われないのか」と、暗闇の中にいるかもしれません。

でも、どうか覚えておいてください。

今、あなたが流している汗や涙、そして「もう一歩だけ踏み出そう」とするその勇気こそが、何物にも代えがたい価値を持っているのです。

結果を急ぐ必要はありません。

今日という一日を、誠実に生きること。

目の前の仕事、目の前の稽古、目の前の大切な人に、全力を尽くすこと。

その積み重ねが、いつかあなたの人生という山を形作ります。山頂に辿り着けるかどうかは、運もあるでしょう。しかし、一歩一歩踏みしめて登ったという事実は、誰にも奪うことはできません。

私の人生を振り返ってみて、最後に残った感情は「後悔」ではありませんでした。それは、「精一杯、やり切った」という清々しい充足感でした。

山下さんに勝てなかったことも、怪我に泣かされたことも、すべては私が私であるために必要なプロセスだった。そう確信しています。


結びに代えて

人生で一番大事なこと。

それは、「自分の弱さを認め、その弱さと手を取り合いながら、理想に向かって一歩ずつ、誠実に歩み続ける勇気」です。

柔道着の帯を締め直すように、毎日、心を整えてください。

昨日より今日、今日より明日。ほんの少しでいい。自分を更新していく努力を忘れないでください。

その歩みこそが、人生そのものであり、最も美しい「一本」なのです。

私はこれからも、畳の上を歩むすべての人、そして自分の人生という道場で戦うすべての人の背中を、静かに見守り続けたいと思います。

最後に、私の座右の銘を贈ります。

「一生懸命」

この言葉は、文字通り「一つの場所に命を懸ける」という意味です。あなたが今いるその場所で、今取り組んでいるそのことに、命を燃やしてください。その熱は、必ず誰かに伝わり、世界を少しだけ温かく変えていくはずですから。