おお、よくぞ聞いてくれたな!この「猿」と呼ばれた、あるいは「ハゲネズミ」とまで言われた儂(わし)、豊臣秀吉に、人生で一番大事なことを問うか。
おみゃあさんも、なかなか粋なことをする。ならば、天下を統一し、日の本(ひのもと)の頂点を極めたこの太閤が、その波乱万丈な一生から得た答えを、包み隠さず語って聞かせよう。
文字数は三千五百字程度、たっぷりあるな。よかろう、儂の「出世の極意」であり「生き方の本質」、じっくりと噛み締めてくれ。
序:何者でもなかった男が見た景色
まず、儂の出自を知っておるか? 尾張の中村という、何もない貧しい村の百姓の息子だ。苗字もなければ、これといった才覚も最初は認められちゃいなかった。ただ、身体を動かし、泥にまみれて生きるだけの「日吉丸」だった。
そんな儂が、なぜ関白・太政大臣にまで登り詰め、この国を一つにできたと思うか? 運が良かったからか? 信長公という稀代の天才に出会ったからか? 確かにそれもある。だがな、一番の理由は、儂が「人生において、何が人を動かし、何が世を作るのか」を、誰よりも泥臭く、必死に考え抜いたからだ。
結論から言おう。人生で一番大事なこと。それは、
「人の心に火を灯し、その縁(えん)を誰よりも大切にすること」。これに尽きる。
一、目の前の「小さな事」に命を懸けよ
世の中の人間は、皆「大きなこと」をしたがる。天下を取りたい、金持ちになりたい、有名になりたい。だが、足元の「小さな事」を疎かにする奴に、天下など到底取れやしない。
儂が信長公の草履取りをしていた頃の話をしよう。有名な「草履を懐(ふところ)に入れて温めた」という話だ。あれをただの「ゴマすり」だと思う奴は、一生二流のままだ。
儂はな、雪の降る寒い日に、主君が外へ出た瞬間に「冷たい!」と思わせたくなかった。ただそれだけ、その一点に、儂の全存在を懸けたのだ。
主君が何を望んでいるか、今の主君の足元はどうなっているか。それを察し、期待以上のことをする。草履一つ、薪一本、普請(工事)の一箇所。誰もが「これくらいでいいだろう」と手を抜くところで、儂は決して抜かなかった。
「どんな小さな役割でも、その分野で日本一、いや世界一のものになろうとする誠意」。これが、人の信頼を得るための第一歩だ。信頼こそが、後の大きな力になる。
二、「人たらし」とは「人を知る」ことなり
人は、金や武力だけで動くものじゃない。いや、一時的には動くかもしれんが、腹の底から付いてくることはない。
儂は「人たらし」と呼ばれた。なぜか? それは儂が、相手が何を欲しがり、何を恐れ、何にプライドを持っているかを、徹底的に観察したからだ。
敵対していた武将でも、儂はできるだけ殺さなかった。
「あいつを味方にすれば、これだけの力になる。ならば、どうすればあいつは儂のために働きたくなるか?」
それを考え、頭を下げ、時には黄金を惜しみなく与え、時には涙を流して説得した。相手のプライドを傷つけず、むしろ「秀吉の下にいた方が、自分の夢が叶う」と思わせるのだ。
人生で大事なのは、「自分一人でできることの限界を知ること」だ。
儂は戦が得意だったわけじゃない。だが、戦が得意な奴を味方にするのは得意だった。築城が得意な奴、茶の湯が巧い奴、商売の勘が鋭い奴。彼らが「秀吉のためなら一肌脱いでやるか」と思ってくれるような「徳」というか、「愛嬌」というか、そういうものを磨き続けることだ。
人は自分を認めてくれる人のために、命を懸ける。おみゃあさんも、周りの人間を心底認めておるか?
三、常識を疑い、「遊び心」を忘れるな
戦国という時代は、昨日までの常識が今日には通じなくなる時代だった。
そんな中で儂が大事にしたのは、「誰も思いつかないような奇策」を楽しみながら実行することだ。
墨俣(すのまた)の一夜城もそうだ。備中高松城の水攻めもそうだ。普通なら「そんなの無理だ」と言って諦める。だが、儂は「どうすればできるか?」をワクワクしながら考えた。
「川の流れを変えちまえばいいんじゃねえか?」「山の上に城を一晩で作ったように見せかけたら面白いぞ」とな。
人生を「苦行」だと思うな。「遊び」だと思え。
もちろん、苦しいことはたくさんある。だが、その苦しさを「どうやって笑いに変えて突破するか」という遊び心が、硬直した状況を打破する。
儂が黄金の茶室を作ったのも、ただの見栄じゃない。戦ばかりで殺伐とした世の中に、「こんなド派手で馬鹿げたことができるほど、平和になったんだぞ」という象徴を見せたかったのだ。
「真剣に、かつ遊び心を持って、世の中の常識をひっくり返す」。 これが、停滞した人生を劇的に変える鍵だ。
四、夢を「熱量」で語り続けよ
儂は、夢を見る天才だったと思う。
百姓の倅が「日の本を一つにする」なんて言えば、誰もが笑った。だが、儂は本気でそれを信じていた。そして、その夢を誰にでも、どこでも、熱を込めて語り続けた。
夢というのはな、自分一人で持っているうちはただの「妄想」だ。だが、それを人に語り、巻き込み、伝播させていくと、それは「志」に変わる。
儂の熱量に当てられて、最初は冷めた目で見ていた連中も、「もしかしたら、この猿なら本当にやってくれるんじゃないか?」と思い始める。その小さな期待の集積が、やがて巨大な潮流となり、天下統一という奇跡を成し遂げたのだ。
おみゃあさんの夢は何だ? 小さくまとまっていないか?
「自分の欲を満たすだけの夢」ではなく、「世の中の多くの人が幸せになる夢」を掲げよ。そうすれば、天も人も必ず味方する。
五、執着と引き際——人生の「露」として
さて、ここまで威勢のいいことを言ってきたが、最後に一番難しい話をしよう。
それは「引き際」と「執着」のことだ。
儂は天下を取り、絶大な権力を手に入れた。だが、晩年はどうだったか。愛する息子・秀頼の可愛さに目が眩み、後継者争いで身内を殺し、果ては朝鮮出兵という無謀な戦にまで手を染めた。
正直に言おう。あそこは、儂の人生の汚点だ。
あれほど「人の心」を大事にしてきた儂が、権力の頂点に居座り続けたことで、一番大切な「人の心」が見えなくなってしまったのだ。
人生には、登り坂があれば下り坂もある。
手に入れることより、手放すことの方が何倍も難しい。
儂の辞世の句を知っておるな。
「露と落ち 露と消えにし 我が身かな 難波のことも 夢のまた夢」
天下の権勢も、黄金の城も、死んでしまえば朝露のように消えてしまう。すべては夢の中の出来事のようなものだ。
だからこそ、言いたい。
人生で一番大事なのは、「今、この瞬間、目の前の人間とどれだけ心を通わせ、どれだけ笑い合えたか」ということだ。
権力や金は、それを達成するための「道具」に過ぎない。道具に振り回されて、本質を忘れてはならん。
儂は最後、死を前にして、ようやくそのことに心の底から気づいた。おみゃあさんには、儂のような後悔をしてほしくない。
結:おみゃあさんへの遺言
さて、三千五百字もそろそろ大詰めだ。
いろいろと語ってきたが、儂が一番伝えたかったことは伝わったかな。
- 「誠実さ」を小さな事に込めろ。
- 「人の心」を何よりも重んじ、縁を繋げ。
- 「遊び心」を持って常識の壁を壊せ。
- 「熱い夢」を語り、人を巻き込め。
- そして、最後は「すべては露のようなもの」だと知り、執着を捨てて今を生きろ。
儂の人生は、泥の中から始まり、黄金に輝き、そして静かに露となって消えた。
波瀾万丈、実におもろい一生だった。
おみゃあさんも、自分の人生という舞台の主役だ。
恥をかいてもいい。笑われてもいい。「猿」と呼ばれようが何だろうが、自分の信じた道を、愛嬌たっぷりに突き進んでみせろ。
おみゃあさんが、自分なりの「天下」をその手で掴み取ることを、この太閤・秀吉、あの世から楽しみに見守っておるぞ。
さあ、話は終わりだ。
いつまでも座って話を聞いている暇があるなら、まずは一歩、外へ踏み出せ。
目の前の誰かのために、心を尽くしてみろ。
そこから、おみゃあさんの「出世街道」が始まるのだからな!
ガハハ! それじゃあな!