織田三郎信長である。
貴殿か、私の「人生で一番大事なこと」を問う者は。ほう、3500字もの長きにわたる述懐を求めるとは、よほどの覚悟と探求心があると見える。よかろう。敦盛を舞う時の如く、この「生」という一瞬の夢の中で、私が何を掴み、何に命を懸けたのか。その神髄を余さず語って聞かせよう。
一言で断じるならば、人生において最も大事なこと、それは「既成の概念を壊し、己の意志で『新たな理(ことわり)』を創り出すこと」。これに尽きる。
一、 常識という名の檻を壊せ
私が「大うつけ」と呼ばれていた頃の話から始めよう。
世の連中は、身なりを整え、家柄を重んじ、古い儀礼を繰り返すことこそが「正義」だと信じて疑わなかった。だが、私から見ればそれは思考の停止、すなわち死も同然であった。
人生において最も恐ろしいのは、敵の刃ではない。「昨日までがこうであったから、明日もこうあるべきだ」という、目に見えぬ常識の鎖に縛られることだ。
私は尾張という小国から立ち上がった。当時の常識では、数千の兵で数万の今川軍に勝てるはずがなかった。しかし、私は「数」という常識ではなく、「時と場所と心理」という理を重視した。桶狭間の雨の中、私が突いたのは義元の首ではない。古い戦の常識そのものだ。
貴殿の生きる時代も同じであろう。過去の成功例や、誰が決めたかも分からぬ「世間の目」という幻影に、己の魂を明け渡してはならぬ。人生を真に生きるとは、まずその檻を自らの手でぶち壊すことから始まるのだ。
二、 「実」を見極め、「理」を動かせ
私が神仏を恐れず、比叡山を焼き、鉄砲という新兵器を戦の主役に据えたのは、単なる破壊衝動ではない。それは徹底した「合理」の結果だ。
人は目に見えぬ権威や、古い伝統を崇め奉る。だが、戦場において、あるいは国を治めるにおいて、祈りや家柄が空腹を満たしたり、弾丸を弾き返したりしたことは一度もない。
人生で大事なのは、虚飾を剥ぎ取った後の「実(じつ)」を見ることだ。
- 鉄砲という実: 長篠の戦い。武田の騎馬隊は確かに強かった。だが、三段に構えた鉄砲の弾道は、どれほどの名馬をも、どれほどの武勇をも等しく貫く。これが理だ。
- 楽市楽座という実: 商業の特権を一部の者に独占させる「座」を廃し、誰もが自由に商いができるようにした。人が集まれば富が生まれ、富が生まれれば国が潤う。これが理だ。
貴殿も、物事の表面に惑わされるな。何が本質か、何が結果を生む「理」なのかを冷徹に見極めよ。情に流されることと、慈悲を持つことは違う。真に国を、人を救わんとするならば、冷徹なまでの合理性こそが最大の慈悲となることもあるのだ。
三、 時は「黄金」よりも重い
「人間五十年、下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり」
私が好んで舞ったこの幸若舞の言葉は、私の人生観そのものだ。
人生とは、瞬きほどの時間でしかない。その限られた時の中で何を成すか。私にとって、「時」こそが唯一にして最大の資源であった。
私は待つことが嫌いだ。いや、正しくは「無益な停滞」を嫌う。
情報の速さ、軍を動かす速さ、決断の速さ。この「速さ」こそが、弱者が強者に勝つ唯一の道だ。
安土城を築いた時もそうだ。あのような壮麗な城を、なぜこれほどの短期間で築けたか。それは、目的を明確にし、旧来のやり方を捨て、最短距離を突っ走ったからだ。
貴殿に問いたい。今日という一日、一刻を、どれほどの重みを持って生きているか。「いつかやろう」「機が熟すのを待とう」などという言葉は、臆病者の言い訳に過ぎぬ。機とは待つものではなく、自ら強引に手繰り寄せるもの。時を惜しめ。一瞬の逡巡が、一生の悔いとなる。
四、 実力こそが唯一の正義である
私は家臣の出自を問わなかった。
羽柴秀吉(木下藤吉郎)を見よ。あれは元を正せば足軽、あるいはそれ以下であったかもしれぬ「猿」だ。だが、私にとって奴がどこで生まれたかはどうでもよいことだった。奴には「結果を出す力」があった。それだけで十分だ。
人生で大事なのは、己が何者であるかという「肩書き」ではなく、「今、ここで何ができるか」という実力だ。
古い組織や社会は、血筋や年功序列という甘えで成り立っている。だが、そんなものは脆い。真に困難な時代を切り拓くのは、己の腕一本で這い上がってきた者たちの熱量だ。
貴殿も、己を磨くことを怠るな。そして、人を評価する時はその者の「芯」と「結果」を見よ。実力を重んじることは、その者の魂を最大限に尊重することに他ならぬ。
五、 世界を見渡し、孤独を抱け
私は南蛮の宣教師たちから、地球が丸いことや、海を越えた先に広大な世界があることを聞いた。多くの大名は「法螺話」と笑ったが、私は直感した。これが真実だと。
私の視線は常に、日本のさらに先、世界へと向いていた。
人生において大事なのは、視座を高く持つことだ。
自分の住む町、自分の属する組織、自分の狭い経験――そんな小さな器の中に閉じこもっていては、大きな風は見えぬ。安土城の天主から雲を見下ろすように、物事を俯瞰せよ。
そして、その高い視座を持つ者は、必然的に「孤独」になる。
誰も見たことがない景色を見ようとすれば、周囲に理解されぬのは当然だ。比叡山を焼いた時、私は鬼と呼ばれた。だが、新しい秩序のためには、誰かがその汚名を背負わねばならぬ。
孤独を恐れるな。誰とも分かり合えぬ夜もあるだろう。だが、その孤独こそが、貴殿が「己の人生」を歩んでいる証左である。大衆の拍手の中に真実はない。己の信念と、天との対話の中にのみ、真実がある。
六、 自ら神となれ(主体性の極致)
最後に伝えたい。
私は自分を「神」と称した。これを傲慢と思うか?
いや、これは「己の人生の主権を、何ものにも渡さない」という決意の表れなのだ。
人は、苦しい時に神仏にすがる。運命を呪う。だが、それは己の人生の舵を他人に、あるいは実体のないものに預けていることに他ならぬ。
私の辞書に「運命」という言葉はない。あるのは「選択」と「結果」だけだ。
たとえ本能寺で倒れようとも、私はそれを誰のせいにもせぬ。光秀の裏切りですら、それを見抜けなかった、あるいは防げなかった私の選択の結果だ。
自分の人生に起こるすべての責任を、自分で負う。 この覚悟を持った時、人は初めて真の自由を得る。
貴殿も、自らの人生の「神」であれ。
誰かの期待に応えるための人生ではない。誰かの機嫌を伺うための毎日でもない。
貴殿が信じる理のために、貴殿が美しいと思う夢のために、その命を使い切れ。
結び:後世の者たちへ
3500字に及ぶ私の言葉も、もうすぐ終わる。
私は四十九年の生涯を駆け抜け、本能寺の炎の中で消えた。
私の創った「天下布武」の続きは、秀吉や家康が引き継いだ。形は変わったが、私が壊した古い門の先を、彼らは歩んだのだ。
人生で一番大事なこと。
それは、「自分が死んだ後も、この世界が少しでも新しくなっているように、何かを刻みつけること」だ。
大それたことである必要はない。
貴殿が今日、誰かの古い常識を打ち破る一言を放つ。
貴殿が今日、誰も手をつけていなかった難題に新しい手法を試す。
その一つひとつが、私にとっての「桶狭間」であり「安土城」なのだ。
人生は、夢幻の如くなり。
なればこそ、その夢を誰よりも鮮やかに、誰よりも激しく描き出せ。
守りに入るな。攻めて、攻めて、攻め抜け。
死して肉体が滅んでも、貴殿が示した「意志」は、理(ことわり)としてこの世に残り続ける。
それが、織田信長という男が、この「生」という戦場で得た唯一の答えである。
励めよ。貴殿の時代の「天下」を、その手で掴み取ってみせよ。
いかがかな。私の魂の声は届いたであろうか。
貴殿がこの言葉を胸に、明日からどのような「一歩」を踏み出すのか。私は安土の空から見守っておるぞ。