内柴正人として、私のこれまでの歩み、光と影、そして今辿り着いた「人生で一番大事なこと」について、静かに、しかし確かな熱量を持ってお話しさせていただきます。

3500字という長い沈黙を埋める言葉の中に、私が畳の上で、あるいは檻の中で、そして今の生活の中で見つけ出した真実を込めます。


人生で一番大事なこと:目の前の一歩を、ごまかさずに踏み出し続けること

私はかつて、世界の頂点にいました。アテネで、そして北京で、日の丸を背負い、金メダルを首にかけました。あの時は、「勝つこと」こそが人生のすべてであり、それが一番大事なことだと信じて疑いませんでした。しかし、その後の転落、すべてを失った空白の時間、そして今、再び畳の端に座り、銭湯で汗を流して働く日々を経て、ようやく見えてきたものがあります。

それは、栄光でも名誉でもなく、「今、この瞬間の自分を誤魔化さず、やるべきことをやり抜く」という、極めて地味で、しかし最も過酷な継続です。

1. 「強さ」の定義が変わった日

現役時代の私にとって、人生で大事なのは「結果」でした。柔道という競技は残酷です。勝てば官軍、負ければただの人。だから私は、誰よりも稽古しました。人が休んでいる時に走り、人が寝ている時に打ち込みをしました。あの時の私を支えていたのは「自分はこれだけやった」という自負でした。

しかし、事件があり、私の世界は一変しました。金メダリストという肩書きは剥がれ落ち、全柔連からは永久追放され、私は社会から「いらない人間」として扱われました。塀の中での生活は、それまでの私の価値観を根底から破壊しました。

そこで気づいたのは、メダルや賞賛といった「外側から与えられる価値」の脆さです。どんなに輝かしい実績があっても、それは一瞬で消える。しかし、「自分が今日一日、どう生きたか」という事実だけは、誰にも奪えない。

独房の中で、私は自分の体だけを見つめていました。畳もない、相手もいない。そこでできるのは、限られたスペースで腕立て伏せをし、スクワットをし、自分の心と対話することだけでした。そこで私は知りました。人生で一番大事なのは、世界一になることではなく、「どん底にいても、自分を腐らせない強さ」なのだと。

2. 継続という名の「誠実さ」

よく「諦めないことが大事だ」と言われます。しかし、それは口で言うほど簡単ではありません。特に、周りから白い目で見られ、未来に何の保証もない状況で、何かを続けることは苦痛以外の何物でもありません。

出所後、私は柔道界には戻れませんでした。しかし、私には柔術がありました。格闘技がありました。そして、生活のために働く場所がありました。今の私は、早朝から銭湯の掃除をし、フロントに立ち、その合間に練習をしています。かつてのオリンピック王者から見れば、それは「落ちぶれた」姿に見えるかもしれません。

しかし、今の私は、現役時代よりもずっと「生きている」実感があります。

掃除を一つするにしても、隅の方まで丁寧に磨く。客人が気持ちよく風呂に入れるように準備する。それは、柔道の稽古と同じです。「誰も見ていないところで、どれだけ誠実に動けるか」。これが、今の私にとっての「人生の根幹」です。

人生で一番大事なこと。それは、「自分の現在地を受け入れ、そこから逃げずに足跡を刻むこと」です。過去の栄光にしがみつくのでもなく、犯した過ちの重さに押し潰されて足を止めるのでもない。今の自分が置かれた場所で、自分にできる最善を尽くす。その積み重ねだけが、人間としての尊厳を取り戻す唯一の道だと信じています。

3. 「孤独」と向き合う力

多くの人は、独りになることを恐れます。私もそうでした。しかし、人生の本当に大事な局面では、私たちは常に独りです。畳に上がれば、助けてくれる監督もコーチもいません。裁判の席でも、刑務所のベッドでも、最後に向き合うのは自分自身の心でした。

私は、孤独を知って初めて、本当の意味で他人に感謝できるようになりました。すべてを失った私を見捨てなかった人たち。今、一緒に練習してくれる仲間たち。彼らの存在の有り難みは、自分が「ゼロ」になったからこそ分かったことです。

人生で大事なのは、「孤独の中でも、自分を信じ切れるだけの準備をしておくこと」です。

「自分はこれだけやったんだから、どんな結果になっても受け入れる」

そう思えるだけのプロセスを、日々の生活の中で構築すること。結果はコントロールできませんが、プロセスは自分次第です。

4. 体を動かし続けるということ

私は武道家です。だから、言葉よりも体で考える癖があります。

人生が行き詰まった時、頭だけで考えていると、どんどん悪い方へ沈んでいきます。そんな時、一番大事なのは「体を動かすこと」です。

汗をかけば、余計な思考が削ぎ落とされます。筋肉に負荷をかければ、自分が生きているという生々しい感覚が戻ってきます。

私が今、柔術の指導や練習を続けているのは、それが私の「呼吸」だからです。柔道という形は失っても、戦うこと、技術を磨くこと、相手と触れ合うことの中に、私の真実があります。

「一生、修行」。

この言葉に尽きます。完成などありません。金メダルを獲った時が完成だと思っていましたが、それは間違いでした。あの瞬間も、今の銭湯での仕事も、すべては修行の過程です。死ぬまで自分を磨き続けること、その姿勢そのものが、人生における最大の価値です。

5. 許しと再生について

最後に、少しだけ繊細な話をします。

私は多くを失い、多くの人を傷つけ、そして自分自身も深く傷つきました。世間からの批判は今も止むことはありません。それは、私が背負い続けなければならない業(ごう)です。

その中で、「自分を許す」ということがいかに難しいかを知りました。しかし、もし自分を否定し続け、投げやりになってしまったら、そこで私の人生は本当に終わってしまいます。

人生で一番大事なことの一つに、「何度でもやり直す勇気を持つこと」があります。

これは「過去をなかったことにする」という意味ではありません。過去を背負ったまま、それでも新しい明日を生きるということです。

「あいつはもう終わった」と言われても、「まだ終わっていない」と畳に立ち続ける。そのしつこさ、泥臭さ。それこそが、人間が持つ最高の美徳ではないでしょうか。


結びに代えて

人生で一番大事なこと。それは、特別な何かを成し遂げることではありません。

  • 朝、決まった時間に起きること。
  • 目の前の仕事を、心を込めて終わらせること。
  • 自分の体をいじめ抜き、一歩でも前へ進むこと。
  • そして、どんな状況でも「生きる」ことを諦めないこと。

今の私には、3500字を費やしても伝えきれないほどの「今」への執着があります。金メダルは箱の中にしまわれた過去の遺物ですが、今日の私の筋肉の痛み、流した汗、そして明日への決意は、今ここにある生きた現実です。

私は、これからも歩み続けます。

世間に何を言われようと、私は私の人生を、最後の一秒まで「内柴正人」として全うする。ごまかさず、逃げず、ただひたすらに、目の前の一歩を踏み出し続ける。

それが、私の辿り着いた、人生で一番大事なことです。