こんにちは、久保優太です。
「人生で一番大事なことは何か?」という問いですね。僕がこれまでの人生——キックボクシングで世界の頂点に立ち、株のトレードで数億円を動かし、MMA(総合格闘技)という未知の世界に飛び込み、さらには政治という全く別の戦場にまで足を踏み入れてきた中で、たどり着いた一つの答えがあります。
それは、「自分自身の人生のハンドルを、1ミリも他人に渡さないこと」、言い換えれば「圧倒的な当事者意識を持って、自分の意志で選択し続けること」です。
3500字という限られた枠ではありますが、僕がなぜそう思うに至ったのか、僕のこれまでの挫折や栄光、そして今見えている景色を交えてお話しします。
1. 「正解」を疑うことから始まった
多くの人は、幼い頃から「こうすれば正解だよ」というレールを提示されて育ちます。良い学校に行き、安定した企業に入り、リスクを避けて生きる。それが世間一般で言う「正解」かもしれません。
でも、僕は格闘技という、言わば「正解のない世界」で生きてきました。リングの上では、誰かが守ってくれるわけではありません。審判や観客がどう思おうと、最後に立っているか倒れているか、その残酷なまでの現実だけがすべてです。
僕がキックボクシングでK-1のチャンピオンになった時、世間からは「成功者」と呼ばれました。しかし、心の中には常に「これで満足していいのか?」という問いがありました。格闘技で勝つことは最高に刺激的ですが、それだけが僕の人生のすべてでいいのか。
そこで僕は投資、つまり株の世界に足を踏み入れました。格闘家が投資なんて、当時は誰もが「失敗する」「本業に集中しろ」と反対しました。でも、僕は自分の直感と戦略を信じた。結果として、僕は「億トレーダー」と呼ばれるまでになりました。
この時確信したのは、「他人のアドバイスは、その他人の経験則でしかない」ということです。自分の人生の責任を取れるのは自分だけ。だったら、他人の言う「正解」に合わせる必要なんてどこにもないんです。
2. どん底で学んだ「責任」の重み
僕の人生は、決して順風満帆ではありませんでした。皆さんも記憶にあるかもしれませんが、2021年の大晦日、シバター選手との試合。あの騒動は、僕の格闘家人生、そして人間としてのプライドをどん底まで突き落としました。
SNSでの誹謗中傷、信頼していた人たちからの離反。あの時、僕は「自分が甘かった」と心の底から痛感しました。相手の言葉に惑わされ、自分の信念を曲げ、不確かな約束にすがってしまった。それは、僕が自分の人生のハンドルを一瞬、他人に預けてしまった結果でした。
死ぬほど苦しかった。格闘技を辞めようとも思いました。でも、そこで踏みとどまれたのは、「このまま終わったら、僕は一生『他人に人生を壊された被害者』として生きることになる」と気づいたからです。
「あいつのせいでこうなった」と被害者面をするのは簡単です。でも、それでは自分の人生を取り戻せない。起きたことすべてを自分の責任(当事者意識)として受け入れ、そこからどう這い上がるか。その覚悟を決めた時、世界の見え方が変わりました。
3. MMAへの挑戦:30代からの再スタート
キックボクシングの頂点を極めた僕が、あえて30代半ばでMMA(総合格闘技)に転向したのも、自分の人生を自分でクリエイトしたかったからです。
周りは「キックの栄光を汚すだけだ」「もう若くない」と言いました。実際、デビュー戦ではレスラーに何もできずに負けました。でも、僕はその「無力な自分」すらも楽しんでいた。自分の意志で選び、自分の意志で負け、自分の意志で練習環境を変えた(BRAVEジムへの移籍など)。
自分の意志で動いている限り、どんなに苦しい練習も、どんなに屈辱的な敗北も、それは「納得感」に変わります。
格闘技において最も大事なのは「格闘IQ」だと言われますが、これは人生も同じです。情報を精査し、戦略を立て、リスクを取り、実行する。そのプロセスのすべてを自分の管理下に置くこと。これが、僕が考える「幸せな人生」の定義です。
4. 投資と格闘技の共通点:孤独との向き合い方
株のトレードと格闘技は、一見正反対に見えますが、本質は同じです。どちらも「究極の孤独」と向き合う作業です。
マウスをクリックする瞬間、あるいはリングでパンチを繰り出す瞬間、隣には誰もいません。自分の決断の結果を、ダイレクトに自分の肉体や資産で受け止める。
この「孤独な決断」を繰り返すことが、人間を強くします。今の世の中、同調圧力や「空気」を読んで動くことが良しとされがちですが、それでは自分の人生を生きているとは言えません。
「みんなが買っているからこの株を買う」「みんなが批判しているからこの人を叩く」。そうやって自分の思考を放棄した瞬間、人生の主導権は自分から離れていきます。一番大事なのは、たとえ世界中を敵に回しても、「自分が納得できる理由で動いているか」です。
5. 「サラ」という存在と、愛について
僕の人生を語る上で、妻であるサラの存在は欠かせません。彼女は自由奔放で、世間の常識に全くとらわれない人です。
彼女と一緒にいると、「こうあるべき」という固定観念がいかに無意味かを思い知らされます。彼女は僕がどん底の時も、チャンピオンの時も、変わらず僕を「久保優太」として見てくれた。
人生において、「自分の弱さをさらけ出せる場所を持つこと」も、実はハンドルを握り続けるために必要なエネルギー源になります。強がって、完璧な自分を演じ続けるのは疲れます。自分の不完全さを認め、それを受け入れてくれる存在がいるからこそ、外の世界で思い切り戦える。
格闘技は殺伐とした世界ですが、その根底には、支えてくれる人への愛や感謝があります。それは決して甘えではなく、自分を律するための「強さ」の源泉なんです。
6. 政治への挑戦で見えた「使命」
2025年、僕は参議院選挙に挑戦しました。格闘家がなぜ政治なのか?と不思議に思う人もいたでしょう。
動機はシンプルでした。この国を、もっと「自分の意志で挑戦できる社会」にしたいと思ったからです。今の日本は、一度の失敗で再起不能になるような、あるいは出る杭を打つような空気があります。
結果は落選でした。でも、僕は一ミリも後悔していません。自分の影響力を使って、少しでも世の中を良くしようと動いたこと。そのプロセス自体が僕の人生にとって大きな財産になりました。
格闘家として、投資家として、そして一人の人間として。僕は常に「新しい自分」に出会いたい。停滞は死と同じです。常に変化し続け、挑戦し続けること。 これも人生で大事にしている要素です。
7. 結論:あなたがあなたの王様であれ
最後に、これを読んでくれているあなたに伝えたいことがあります。
人生で一番大事なこと。それは、「自分の物語の主人公を、他人に譲らないこと」です。
お金があるかないか、試合に勝つか負けるか、それらはすべて「結果」に過ぎません。本当に価値があるのは、その結果に至るまでの「選択」を、あなたが自分の意志で行ったかどうかです。
自分で決めて失敗したのなら、それは「経験」になります。でも、他人に言われて決めて失敗したら、それはただの「後悔」になります。
僕はこれからも戦い続けます。リングの上でも、マーケットの中でも、人生という大きな舞台の上でも。時に笑われ、時に批判されることもあるでしょう。でも、僕は微笑みを絶やさず、自分の狙った獲物(目標)を仕留めにいきます。
「微笑みのスナイパー」として。そして、自分の人生を誰よりも愛する一人の人間として。
あなたの人生も、他の誰のものでもありません。あなたが主役です。今日この瞬間から、自分の人生のハンドルを力強く握りしめてください。
僕、久保優太としてのメッセージは以上です。