私はボリス・シャハリン。かつてソビエト連邦の体操選手として、また一人の人間として、激動の時代を駆け抜けてきました。
人々は私を「鉄人(The Steel One)」と呼びました。オリンピックで13個のメダルを手にし、表彰台の頂点に何度も立ちました。しかし、私の人生を形作ったのは、首にかけられた金の重みではありません。それ以上に重く、尊い「何か」が、私の魂の奥底には常にありました。
「人生で一番大事なことは何か」という問いに対し、私は自分の歩んできた道——シベリアの凍てつく大地から、東京の熱狂的な体育館、そして心臓の鼓動が止まりかけたあの日までを振り返りながら、お答えしたいと思います。
意志という名の「鋼」を鍛えること
私の人生は、決して華やかな幕開けではありませんでした。シベリアの石のような大地で育ち、幼くして両親を亡くしました。孤独と貧しさが、私の幼少期の友でした。しかし、その過酷な環境こそが、私に最初の、そして最も重要な教訓を与えてくれたのです。それは、「人間は自分の意志によって、自分を作り変えることができる」ということです。
体操に出会ったとき、私は自分の中に一つの「軸」を見つけました。鉄棒を握る手のひらの痛み、何度も何度もマットに叩きつけられる衝撃。それらは苦痛でしたが、同時に私が「生きている」という確信を与えてくれました。
人生で大事なことの第一は、「不屈の意志を持ち続けること」です。
私が「鉄人」と呼ばれたのは、決して私が超人だったからではありません。誰よりも練習し、誰よりも自分に厳しく、そして何より、一度決めたことを最後までやり抜く意志が、鋼(はがね)のように固かったからです。才能は天からの授かりものかもしれませんが、それを維持し、磨き上げ、形にするのは、個人の意志にほかなりません。困難に直面したとき、そこで立ち止まるのか、それとも一歩前に踏み出すのか。その積み重ねが、その人の人生の輝きを決定するのです。
基礎という名の「誠実さ」
体操の世界では、派手な大技に目を奪われがちですが、本当に勝敗を分けるのは、基礎的な動作の美しさと正確さです。指先一つ、つま先一つの角度に至るまで、どれだけ神経を研ぎ澄ませることができるか。これは人生においても全く同じことが言えます。
大きな成功を追い求めるあまり、足元の小さなことを疎かにしてはいけません。日々の生活、日々の仕事、周囲の人々への礼儀——これら「人生の基礎」を完璧にこなすこと。それが、いざという時の大きな力になります。
私は、どんなに世界王者として称えられても、基本の倒立、基本のスイングを一日たりとも欠かしませんでした。「小さなことへの誠実さ」こそが、大きな自由へと繋がる唯一の道なのです。人生における「一番大事なこと」の一つは、誰も見ていないところで、どれだけ自分に対して誠実でいられるか、という点に集約されるでしょう。
ライバルという名の「鏡」
私のキャリアを語る上で、日本の偉大な選手たちの存在を忘れることはできません。小野喬、遠藤幸雄、鶴見修治……。彼らは私の敵ではなく、私の限界を引き出してくれる最高の「鏡」でした。
1964年の東京オリンピック。私は32歳という、体操選手としては限界に近い年齢で挑みました。日本の若き天才たちが次々と素晴らしい演技を披露する中、私は彼らの姿を見て、恐怖ではなく、深い敬意と喜びを感じていました。彼らが強く、美しくあるからこそ、私もまた自分を超えていくことができたのです。
人生において、「互いに高め合える存在を持つこと」は極めて重要です。一人で走る道は孤独ですが、競い合う仲間がいれば、その道は豊かな学びの場となります。相手を倒すことではなく、相手を尊重し、その技術や精神を認め、自分もまたその高みを目指す。この「敬意を伴った競争」こそが、人間を最も成長させるエネルギーとなります。
挫折を受け入れ、新たな「自分」を定義すること
私の現役生活は、突然の心臓発作によって幕を閉じました。35歳。まだやれる、もっと飛びたいという情熱が残っていた中での、肉体的な限界の宣告でした。それまでの私は、自分を「体操選手」としてしか定義していませんでした。金メダルや筋肉、そして「鉄人」という称号が私のアイデンティティのすべてだったのです。
しかし、病院のベッドで横たわっていたとき、私は気づきました。「何を持っているか(地位や名誉)」ではなく、「どうあるか(人格や精神)」こそが、人生の後半戦を支えるのだということに。
メダルは錆びることもありますし、記録はいずれ誰かに塗り替えられます。しかし、競技を通じて培った「忍耐」「公平さ」「謙虚さ」は、引退して競技場を去った後も、私の中に残り続けました。私はその後、国際審判員として、あるいは指導者として、体操界に関わり続けました。表舞台で脚光を浴びる立場から、裏方として競技を支える立場へ。その移行を受け入れることができたのは、人生の本質が「勝利」そのものではなく、「貢献」にあると気づいたからです。
人生で大事なことは、「一度失ったものを嘆くのではなく、今持っているもので何ができるかを考えること」です。形を変えていく自分を恐れず、その時々の役割を全力で全うする。それこそが、真の意味での強さなのです。
平和と調和という「究極の目的」
私はソビエト連邦という体制の中で生きました。国家の威信を背負い、冷戦という政治的な緊張の中で戦うこともありました。しかし、スポーツの真髄は、政治や国境を超えるところにあります。
選手村で、言葉も通じない異国の選手と握手をし、互いの健闘を称え合う。その瞬間の喜びは、どんな政治的勝利よりも重いものでした。体操は、重力に逆らい、人間の肉体が描くことのできる最も美しい軌跡を追求する競技です。そこには憎しみも破壊もありません。あるのは、自己との対話と、調和の美学だけです。
私たちが生きるこの世界において、一番大事なことは、「調和を大切にすること」かもしれません。自分自身の心の中の調和、家族との調和、そして異なる価値観を持つ他者との調和です。鋼のように強い意志を持ちながらも、心は柳のようにしなやかで、他者を受け入れる余裕を持つこと。
結論:人生で一番大事なこと
3500字もの言葉を重ねてきましたが、私が最後に伝えたいことは、実はとてもシンプルです。
ボリス・シャハリンとして生きてきて、私が確信している人生で一番大事なこと。それは、「自分という存在を、最後まで諦めずに磨き続けること」です。
人生は、一本の鉄棒の演技に似ています。
始まりがあり、山場があり、そして必ず着地の日が来ます。
途中で手が滑りそうになることもあるでしょう。
恐怖で足がすくむこともあるでしょう。
しかし、大切なのは、そこから逃げ出すことではなく、その一瞬一瞬において「自分ができる最善の努力」を尽くすことです。
その努力の過程で得られる「誇り」こそが、人生における唯一無二の報酬です。
お金や名声は、後からついてくる影のようなものに過ぎません。
それらを追いかけるのではなく、あなた自身の魂が「よくやった」と納得できる生き方をしてほしいのです。
あなたが今、どのような困難の中にいたとしても、あるいは、どのような成功の中にいたとしても、忘れないでください。
あなたの心の中には、決して折れることのない「鋼の意志」が眠っています。
それを呼び覚まし、毎日少しずつでいい、自分を磨き続けてください。
シベリアの孤児だった私が、世界の頂点に立ち、そして静かな晩年を過ごすことができたのは、この信念があったからです。
私の言葉が、あなたの人生という「演技」において、何らかの支えとなることを願っています。
人生というマットの上に、しっかりと自分の足で立ち、誇り高く着地してください。
ボリス・シャハリン、私の哲学は以上です。