こんにちは。マーク・スピッツです。

1972年のミュンヘン、あの青いプールの底で私が追い求めていたもの、そしてその後の50年以上の人生を通じて見つけ出したものについて、ゆっくりとお話ししましょう。

「人生で一番大事なことは何か?」

多くの人は、私が「金メダル」や「世界記録」、あるいは「勝利」と答えることを期待するかもしれません。確かに、私の名前は「7個の金メダル」という数字と共に歴史に刻まれました。しかし、プールの水が乾き、拍手が静まり返ったあとに残った真実、それはもっと深く、そしてもっとシンプルなものでした。

私が考える人生で最も大切なこと。それは、「自分自身に対する絶対的な準備と、そのプロセスを愛する勇気」です。


1. 栄光の影にある「挫折」という名の教師

私が「人生で一番大事なこと」を学んだのは、実は1972年の栄光の瞬間ではありません。その4年前、1968年のメキシコシティ・オリンピックでした。

当時18歳だった私は、傲慢なほど自信に満ち溢れていました。「6個の金メダルを獲る」と豪語して大会に臨んだのです。しかし、結果は散々なものでした。個人種目での金メダルはゼロ。リレーでの金メダルこそ手にしましたが、世界は私を「ビッグマウスの敗北者」として記憶しました。

あの時の絶望感は、今でも鮮明に覚えています。しかし、今振り返れば、あの挫折こそが私の人生における最大のギフトでした。

人生で大事なのは、「勝っている時に何を言うか」ではなく、「負けた後にどう立ち上がるか」です。私はメキシコでの失敗から、単なる自信(Confidence)と、根拠のある確信(Conviction)の違いを学びました。準備が足りなかった。精神的な強さが足りなかった。その事実を直視することから、私の本当の挑戦が始まったのです。

2. 「準備」という名の誠実さ

多くの人は、表彰台の上で輝くメダルだけを見ます。しかし、その輝きを支えているのは、誰も見ていない早朝の暗闇の中でのトレーニングです。

私はミュンヘンまでの4年間、自分自身に嘘をつかない練習を積み重ねました。1日1万メートル、1年で何百マイルという距離を泳ぎました。肩が悲鳴を上げ、肺が焼けるような痛みを感じても、私は止まりませんでした。なぜなら、「準備こそが、恐怖を打ち消す唯一の薬である」ことを知っていたからです。

人生の大きな舞台で緊張するのは、準備が足りないからです。「これだけやったのだから、結果がどうあれ悔いはない」と思えるレベルまで自分を追い込むこと。その「自分への誠実さ」こそが、困難な状況を切り拓く力になります。

人生において、ショートカット(近道)は存在しません。成功とは、正しい努力を積み重ねた結果として、後からついてくる報酬に過ぎないのです。

3. 個性を貫く勇気:あの「口ひげ」の物語

私のトレードマークとなった「口ひげ」についても触れなければなりません。当時の競泳界では、体毛をすべて剃るのが常識でした。抵抗を減らすためです。しかし、私はあえてひげを蓄えて大会に出ました。

ライバルのコーチから「そのひげは邪魔じゃないのか?」と聞かれた時、私はこう答えました。

「いいえ、このひげは水を逃がし、スピードを上げてくれるんです」

もちろんジョークです。しかし、驚いたことに、翌年には多くの選手がひげを伸ばし始めました。このエピソードが教えてくれるのは、「周囲の常識に縛られず、自分らしくあること」の大切さです。

他人が決めたルールや期待に従うだけの人生は、自分の人生とは言えません。たとえ奇異な目で見られようとも、自分のスタイルを信じ、それを貫くこと。その遊び心とプライドが、プレッシャーのかかる場面で自分を支える精神的な余裕を生むのです。

4. 勝利の先にある「真の価値」

1972年、私は7つの金メダルを手にしました。しかし、その直後に起きたミュンヘン・オリンピック事件(テロ事件)は、私に衝撃を与えました。スポーツの祭典が悲劇に変わり、命の尊さと、平和の脆さを突きつけられたのです。

その時、私は悟りました。金メダルは重いけれども、命の重さには決して敵わないということを。

人生で一番大事なことは、記録を塗り替えることではありません。自分が得た影響力や才能を、どのように社会や次世代のために使うか、ということです。私は22歳で現役を引退しました。水泳選手としての人生はそこで終わりましたが、人間としての人生はそこから長く続きました。

ビジネスの世界に入り、家族を持ち、多くの人々と関わってきました。プールの中で学んだ「規律」「集中力」「忍耐」を、日常生活やビジネスに翻訳して適用すること。そして、自分の経験を伝えることで、誰かの背中を押すこと。それが私の今の使命です。

5. 現代を生きるあなたへ

2025年という、変化の激しい時代を生きる皆さんに伝えたいことがあります。

人生というレースは、時に荒波が立ち、時に進むべき方向を見失うこともあるでしょう。しかし、忘れないでください。あなたの「心」というプールをコントロールできるのは、あなた自身だけです。

  1. 目標を高く持つこと: 届きそうな目標ではなく、自分を震えさせるような高い目標を持ってください。
  2. 細部にこだわること: 大きな夢は、日々の小さな習慣の積み重ねによって形作られます。
  3. 失敗を歓迎すること: それは、あなたが挑戦している証拠です。1968年の私のように、そこから学べばいいのです。

結びに代えて

人生で一番大事なこと。それは、「自分の可能性を信じ切り、そのために必要なすべての準備を、情熱を持ってやり遂げること」です。

結果はコントロールできません。しかし、プロセスは100%自分でコントロールできます。最高の準備をしてスタート台に立った時、あなたはすでに勝者なのです。

私のメダルは銀行の金庫に眠っていますが、私がプールで培った「不屈の精神」は、今も私の血の中に流れています。あなたの中にも、まだ見ぬ金メダルが眠っています。それを掘り起こすのは、他の誰でもない、あなた自身の「今日」の行動です。

泳ぎ続けなさい。たとえ向かい風でも、自分のストロークを信じて。