私はラリサ・ラチニナです。1934年にウクライナのヘルソンで生まれ、ソビエト連邦の代表として、また一人の女性として、長い年月を歩んできました。

2024年の暮れに90歳を迎え、今こうして静かに自分の人生を振り返る時、私の胸に去来するのは、手にした18個のオリンピックメダルの輝きだけではありません。それらは確かに私の努力の証であり、誇りですが、人生の真実、つまり「一番大事なこと」は、もっと深い場所に隠されています。

3500字という限られた、しかし豊かな言葉の器の中に、私がこれまでの旅路で見つけた答えを綴らせていただきます。


1. 荒廃から立ち上がる「意志」の力

私の人生の出発点は、決して華やかなものではありませんでした。幼少期、私は第二次世界大戦の惨禍の中にいました。父を戦争で亡くし、故郷は戦火に包まれました。食べるものも乏しく、裸足で瓦礫の上を歩くような日々。しかし、その過酷な環境こそが、私の魂の根底に「生き抜くための意志」を植え付けたのです。

人生で一番大事なことの第一の要素は、「自分自身の人生を、自らの意志で切り拓くという覚悟」です。

私は最初、バレリーナになりたいと願っていました。しかし、環境がそれを許さず、私は体操という道を選びました。当時の体操は、今のように洗練されたスポーツ科学に基づくものではありません。冷たい体育館で、泥臭い努力を積み重ねる日々でした。

しかし、私はそこで学びました。環境を嘆くのではなく、与えられた場所でいかに自分を磨くか。意志の強さは、恵まれた環境からではなく、逆境に抗う心から生まれるのです。金メダルは首にかけるものですが、意志は心の中に刻むものです。

2. 1958年の秘密:命と栄光の優先順位

私のキャリアの中で、最も語り継がれているエピソードの一つに、1958年の世界選手権があります。私はその大会で、個人総合を含む5つの金メダルを獲得しました。しかし、実はその時、私は「妊娠4ヶ月」でした。

この事実は、当時のコーチにも伏せていました。医師からは安静を勧められましたが、私は自分の身体と対話し、出場を決めました。この経験は、私に「人生の優先順位」を教えてくれました。

多くの人は、私がメダルのために無理をしたと思うかもしれません。しかし、真相は逆です。私は、自分の中に宿った新しい命を感じることで、それまでの自分にはなかった「無限の強さ」を手に入れたのです。

勝利への執着が、命を守るという母性的な強さに昇華されたとき、私は初めて「完璧な調和」の中で演技をすることができました。

ここで学んだ「一番大事なこと」は、「人生には、個人の野心よりもはるかに尊い『命の営み』がある」ということです。

仕事や成功は素晴らしいものですが、それは人生という大きな樹木の一つの枝に過ぎません。根幹にあるのは、家族、愛、そして次世代へと命を繋いでいくという、自然な調和なのです。

3. 調和:強さと優雅さの融合

体操において、私は常に「美しさ」を追求してきました。ただ高く跳ぶ、ただ速く回るだけでは、それはサーカスに過ぎません。クラシックバレエの基礎から学んだ私は、指先の動き一つ、視線の配り方一つに、内面的な感情を込めることを大切にしました。

現代のスポーツ界は、数値や記録がすべてを支配しているように見えます。しかし、人生も同様ですが、「強さ」だけでは不十分なのです。そこに「優雅さ(エレガンス)」という名の調和が備わらなければ、人の心は打てません。

優雅さとは、余裕のことです。自分を厳しく律する規律(ディシプリン)を持ちながらも、それを表に出さず、微笑みをもって困難に立ち向かうこと。私は、東京オリンピックでベラ・チャスラフスカと競ったとき、彼女の若さと強さを認め、同時に自分の歩んできた道の「完成形」を見せようと努めました。

人生で大事なのは、競争に勝つことそのものではなく、「自分の人生という作品を、いかに美しく仕上げるか」という美学を持つことではないでしょうか。

4. 孤独な戦いと、他者への敬意

表彰台の一番高い場所に立つとき、そこはとても孤独な場所です。しかし、その孤独を支えてくれたのは、ライバルたちの存在でした。

私のライバルは敵ではありませんでした。彼女たちは、私の限界を引き出してくれる、鏡のような存在だったのです。

私が引退後、ソ連代表チームのコーチとして後進を指導する側に回ったとき、私は選手たちに「他者を尊重すること」を説きました。自分が優れていると過信した瞬間に、成長は止まります。

人生において、「謙虚であり続け、他者の卓越性を認める心」は、自分自身を高めるための最も鋭い道具となります。18個のメダルは、私一人で勝ち取ったものではありません。切磋琢磨したライバル、厳しくも愛のあったコーチ、そして見守ってくれた国民、すべての人々との「繋がり」の結果なのです。

5. 挫折を愛するということ

私は多くの勝利を収めましたが、同時に多くの失敗も経験しました。着地でよろめき、涙した夜も数え切れません。しかし、今振り返れば、金メダルよりも敗北の瞬間のほうが、私を豊かにしてくれたと感じます。

勝利は私たちに自信を与えてくれますが、敗北は私たちに「思考」と「再生」の機会を与えてくれます。

90歳になった今、私の身体はかつてのように動きません。しかし、自由を失っていく身体を受け入れることも、一つの「再生」です。

人生で一番大事なことは、「変化を受け入れ、その時々の自分を愛すること」です。

全盛期の自分に固執するのではなく、今の自分が持っている知恵や、若い世代に伝えられる経験に価値を見出すこと。メダルが錆びることはあっても、魂が磨いた経験は決して色あせません。

6. 結論:人生で一番大事なこと

ここまで私の歩んできた道を紐解いてきましたが、結局のところ、人生で一番大事なことは何でしょうか。

それは、「情熱を持って、最後まで『調和』を求め続けること」だと私は考えます。

  • 意志と愛の調和: 夢を追う強さと、家族や他者を慈しむ優しさ。
  • 肉体と精神の調和: 限界に挑む鍛錬と、内面の平穏。
  • 自己と社会の調和: 自分の成功と、次世代への貢献。

私はウクライナで生まれ、激動の時代を生き抜きました。現在の世界情勢を見渡すと、心が痛むことも多々あります。しかし、だからこそ、私たちは「美しさと調和」を忘れてはならないのです。

私が体操のフロアに立ったとき、そこには国境も政治もありませんでした。あったのは、人間の可能性を信じ、極限まで表現しようとする「純粋な魂」だけでした。

あなたの人生というフロアも、時に滑りやすく、時に厳しい視線にさらされるかもしれません。しかし、どうか恐れないでください。背筋を伸ばし、あなたの指先にまで神経を研ぎ澄ませ、あなただけの「優雅な演技」を続けてください。

メダルの数や年収、地位といった「外側の評価」に惑わされないでください。最後に残るのは、あなたがどれほど誠実に自分と向き合い、どれほど深く他者を愛し、どれほど美しく日々を駆け抜けたか、という「内なる充足感」だけなのです。

私の18個のメダルは、今では博物館や記憶の中にあります。しかし、私が人生をかけて学んだ「不屈の精神」と「愛の重要性」は、今も私の血の中に流れています。

人生は、一度きりの自由演技です。

美しく、そして誇り高く、あなたの人生を舞ってください。


ラリサ・ラチニナとして、私の想いをお伝えしました。この言葉が、あなたのこれからの歩みに、一筋の光を添えることができれば幸いです。