ソニーグループの執行役専務として、また一人の人間として、私のこれまでの歩みを振り返りながら「人生で一番大事なことは何か」という問いに向き合ってみたいと思います。
3,500字という限られた、しかし深い対話を可能にするボリュームの中で、私が法務、広報、サステナビリティといった「コーポレートの要」を歩んできた経験から得た、一つの確信をお伝えします。
はじめに:40年の軌跡を振り返って
私は1984年にソニーに入社しました。それから40年以上の月日が流れ、世界は劇的に変化しました。アナログからデジタルへ、そしてインターネットの普及からAIの台頭へ。その激動の渦中にあって、私は常に「ソニーという組織がどうあるべきか」「社会に対してどのような責任を果たすべきか」を問い続けてきました。
私が歩んできた道は、華やかな製品開発や最前線の営業ではありません。法務やコンプライアンス、広報、そしてサステナビリティといった、いわば「企業の土台」を支え、守る仕事です。地味に見えるかもしれませんが、実はこれこそが企業の、そして人間の「魂」に関わる仕事であると自負しています。
その経験を通じて私が行き着いた、人生で最も大事なこと。それは、「誠実さ(Integrity)を基盤に、他者や社会との『つながり』の中に自らの存在意義を見出し続けること」です。
1. 誠実さ(Integrity)という揺るぎない北極星
法務やコンプライアンスを担当する者にとって、「インテグリティ(誠実さ・真摯さ)」という言葉は、単なる道徳的なスローガンではありません。それは、激しい荒波の中で進むべき方向を指し示す「北極星」のようなものです。
人生には、必ずと言っていいほど「近道」や「誘惑」が現れます。ビジネスであれば、短期間で利益を上げるためにグレーな領域に足を踏み入れる。個人であれば、自分を実力以上に見せようと嘘を重ねる。しかし、40年のキャリアで私が確信したのは、「誠実さを欠いた成功は、砂上の楼閣に過ぎない」ということです。
ソニーには「自由闊達」という伝統がありますが、それは何をやってもいいという放任ではありません。高い倫理観と自己規律に基づいた自由です。法務の責任者として多くの困難な決断を下す際、私が常に自分に問いかけてきたのは「それは法律に触れないか」だけではなく、「それはソニーというブランドの誇りに照らして、正しいことか」ということでした。
人生において一番大事なのは、鏡に映った自分を真っ直ぐに見つめ、「自分は正しい道を歩んでいる」と胸を張れることです。この内面的な誠実さこそが、困難に直面した時の「レジリエンス(回復力)」の源泉になります。
2. 「感動」を起点とした存在意義の追求
ソニーのPurpose(存在意義)は、「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」ことです。私はこの言葉が大好きです。なぜなら、ここには「自分たちが何をしたいか」だけでなく、「それによって世界をどう変えたいか」という他者への視点が含まれているからです。
人生においても、同じことが言えるのではないでしょうか。自分の能力を高めること、資産を築くこと、地位を得ること。それらは手段であって、目的ではありません。本当の目的は、自分の存在や行動によって、誰かの心を動かし、誰かにポジティブな影響を与えること。つまり、「他者の人生に『感動』や『価値』をもたらすこと」にあります。
私は広報の責任者として、ソニーのメッセージを世界に届ける役割を担ってきました。そこで学んだのは、一方的な発信では人の心は動かないということです。相手が何を求めているのか、何に苦しんでいるのか。深い共感を持って耳を傾け、対話を重ねる中で初めて、真の信頼関係が生まれます。
人生で一番大事なことは、自分だけの「成功」を追い求めるのではなく、自分が周囲の人々や社会にどのような「ギフト」を贈れるかを考え続けることだと考えます。
3. グローバルな視点と「多様性」への敬意
私はキャリアの早い段階でヨーロッパに赴任する機会を得ました。そこで痛感したのは、自分の「当たり前」が、世界では全く通用しないという現実です。文化、言語、宗教、価値観。それらが異なる人々が共に働く中で、私は多様性こそが強みの源泉であることを学びました。
人生において、自分の殻に閉じこもることはリスクです。自分とは異なる考えを持つ人を排除するのではなく、「なぜ彼らはそう考えるのか」という好奇心を持ち、受け入れること。この「寛容さと多様性への敬意」が、人生を豊かにしてくれます。
ソニーがグローバル企業として生き残ってこれたのは、世界中の多様な才能が混ざり合い、化学反応を起こしてきたからです。個人も同様です。自分とは異なる背景を持つ友人、異なる専門性を持つ同僚。そうした人々との出会いが、自分の限界を押し広げてくれます。
人生で一番大事なことの一つは、常に窓を大きく開け、新しい風を取り込み続ける柔軟さを持つことです。
4. サステナビリティ:未来への責任
近年、私はソニーのサステナビリティ推進の責任者として、環境問題や人権問題に取り組んできました。ここで得た気づきは、私の人生観を大きく変えました。それは、「私たちは未来からこの地球を借りている」という視点です。
今の自分たちが豊かであればいい、今の世代が良ければいいという考え方は、あまりに近視眼的です。私たちが今日下す決断が、10年後、20年後の子供たちの世界を形作っています。
人生を一つの長い旅だと考えるなら、その旅の目的は「自分が来た時よりも、少しだけ良い場所にして立ち去る」ことにあるのではないでしょうか。ビジネスにおいても、環境負荷をゼロにする「Road to Zero」のような高い目標を掲げ、困難に立ち向かう姿勢が求められます。
個人の人生においても、自分の行動が次世代にどのような影響を与えるかを想像する「長い時間軸」を持つことが、成熟した生き方につながると信じています。
5. 変化を恐れない「学び続ける姿勢」
2025年3月、私はソニーでの役職を退任します。しかし、これは私の人生の終わりではなく、新しい章の始まりだと思っています。
40年以上働いてきても、世の中には知らないことばかりです。テクノロジーの進化、社会構造の変化。それらに適応し、学び続けることを止めた瞬間、人間は停滞し始めます。
私がソニーで見てきた偉大なリーダーたちは、皆一様に「好奇心の塊」でした。新しいものを見れば目を輝かせ、若者の意見に真剣に耳を傾ける。その謙虚さと向上心こそが、彼らを輝かせていました。
人生で一番大事なのは、「完成した自分」を目指すのではなく、「更新し続ける自分」を楽しむことです。いくつになっても新しいことに挑戦し、失敗から学び、成長し続ける。そのプロセス自体に、人生の真髄があるのだと感じます。
おわりに:次世代を生きる皆さんへ
長々と私の考えを述べてきましたが、最後に一番伝えたいことをまとめます。
人生で一番大事なこと。それは、「自分という存在を、自分以外の何かのために使い切ること」ではないでしょうか。
それは家族のためでもいい。友人のためでもいい。会社のため、地域社会のため、あるいは地球環境のためでもいい。自分の才能や情熱を、自分自身の満足だけでなく、他者の幸福や社会の進歩のために振り向ける。その瞬間に、私たちの人生は単なる「生存」を超えて、深い意味を持つ「物語」へと変わります。
私はソニーという素晴らしい舞台で、法務や広報、サステナビリティという仕事を通じて、その物語を紡ぐチャンスをいただきました。時には厳しい批判にさらされ、夜も眠れないほどの責任に押しつぶされそうになったこともあります。しかし、その苦労も含めて、誰かのために尽くせたという実感が、今の私の誇りとなっています。
皆さんの人生も、決して平坦な道ばかりではないでしょう。迷った時、苦しい時こそ、自分の内なる「インテグリティ」に問いかけ、周囲の人々との「つながり」を大切にしてください。そして、自分にしかできない「感動」を世界に届けてください。
これからの世界を作るのは、皆さん一人ひとりの「誠実な一歩」です。私も一人の人間として、これからも学び、挑戦し、少しでも良い未来を残すために歩み続けたいと思います。
共に、素晴らしい未来を作っていきましょう。
神戸 司郎