トヨタ自動車の佐藤恒治です。

「人生で一番大事なことは何か」という問いをいただき、改めて自分自身の歩んできた道、そして今まさに直面している大きな変革の荒波の中で大切にしていることを深く見つめ直しました。

自動車業界は今、100年に一度と言われる大変革期の中にあります。その舵取りを任された一人の人間として、また、根っからの「クルマ好き」の一人のエンジニアとして、私が出した答えは、「誰かの笑顔のために、情熱を持って『未知』に挑み続けること」、これに尽きます。

約3,500字という限られた中ではありますが、私のこれまでの経験、豊田章男会長から受け継いだバトン、そして未来に向けて抱いている想いを込めて、お話しさせていただきます。


1. 原点は「純粋な好き」という情熱

私が人生において最も土台となるべきだと考えているのは、「自分がそれを心から好きであるかどうか」という純粋な情熱です。

私は幼い頃からクルマが大好きでした。エンジンの音、ガソリンの匂い、そして何より、あの鉄の塊が思い通りに動き、自分をどこか遠くへ連れて行ってくれるという高揚感。その感動が、私をエンジニアの道へと導きました。トヨタに入社してからも、シャシー設計に明け暮れ、理想の「走り」を追い求める毎日は、決して楽なことばかりではありませんでしたが、根底に「クルマが好きだ」という想いがあったからこそ、どんな困難も乗り越えることができました。

今の世の中、論理的な思考やデータ、効率性が重視される場面が多くあります。もちろん経営においてそれらは不可欠です。しかし、理屈だけでは人の心は動きません。自分自身がワクワクしていない人間に、誰かをワクワクさせるモノづくりはできないのです。

人生で一番大事なことの第一歩は、自分の内側から湧き上がる「好き」というエネルギーを信じ、それを燃やし続けることだと思います。それが、プロフェッショナルとしての誇りや、妥協のない仕事へとつながっていくのです。

2. 「誰かのために」という利他の心

情熱を持って取り組む中で、次に大切になるのが、その情熱を「誰のために使うか」という視点です。

トヨタには「幸せの量産」というミッションがあります。これは、単に車をたくさん売るということではありません。私たちの作ったモビリティを通じて、世界中の人々が自由に移動し、笑顔になり、人生を豊かにしていただく。その「笑顔」こそが、私たちの仕事の報酬であり、存在意義です。

私はレクサスのチーフエンジニアを務めていた際、一台のクルマがお客様の人生に彩りを添える瞬間を何度も目の当たりにしました。また、GAZOO Racingの活動を通じて、極限の状態でクルマを鍛えるメカニックやドライバーたちが、応援してくれるファンのために必死に戦う姿を見てきました。

「自分のために」頑張る力には限界があります。しかし、「誰かの笑顔のために」「未来の子どもたちのために」という目的が加わったとき、人間は想像を絶するような力を発揮します。

私がいま、カーボンニュートラルの実現やマルチパスウェイ(全方位)戦略に心血を注いでいるのも、特定の技術を推進したいからではありません。地球を守り、多様な背景を持つ世界中の人々が、一人も取り残されることなく移動の自由を享受できる未来を残したいからです。

「自分以外の大切な存在」のために汗をかくこと。これが、人生を深く、価値あるものにする源泉だと確信しています。

3. 「現場」で答えを見つける姿勢

エンジニア出身の私にとって、人生において欠かせない行動指針は「現地現物(げんちげんぶつ)」です。

どれだけ立派な机上の空論よりも、現場に落ちている一つの部品、テストコースで感じるステアリングの微かな振動、そしてお客様のリアルな声の中にこそ、真実があります。

変化の激しい現代において、正解はどこにも書いてありません。過去の成功体験が、明日には通用しなくなる。そんな時代に迷ったとき、私を救ってくれるのは常に「現場」です。

私は社長に就任してからも、できる限り現場に足を運び、クルマの下に潜り、エンジニアやメカニックと議論することを大切にしています。手が油で汚れることを厭わず、泥臭く現実と向き合う。そこで得られた手触り感のある情報こそが、次の一歩を踏み出す勇気を与えてくれます。

これは人生全般にも言えることではないでしょうか。ネットの情報や他人の意見に惑わされるのではなく、自ら動いて、自分の目で確かめ、自分の手で触れてみる。 その積み重ねが、自分だけの揺るぎない「軸」を作ってくれるのだと思います。

4. 失敗を恐れず「未知」に挑戦する勇気

トヨタは今、自動車会社から「モビリティ・カンパニー」へのフルモデルチェンジを図っています。これは、地図のない航海に出るようなものです。

BEV(電気自動車)の開発、水素エンジンの挑戦、ソフトウェア定義車両(SDV)への変革……。これらの中には、すぐに成果が出ないものや、多くの失敗を伴うものも当然あります。しかし、「失敗」を恐れて立ち止まることこそが、最大の経営リスクであり、人生における最大の後悔になると考えています。

豊田章男会長は私によく「もっと失敗しろ」「やりたいようにやってみろ」と言ってくださいます。その言葉の裏には、「挑戦し続ける限り、失敗はプロセスに過ぎない」という深い信頼があります。

私たちが挑んでいるのは、正解のない問いです。だからこそ、まずやってみる。ダメなら変える。その「アジャイル」な姿勢が、これからの時代を生き抜く鍵となります。人生においても、完璧を求めて動けなくなるよりは、不完全であっても情熱を持って一歩前に踏み出す。 その勇気こそが、新しい景色を見せてくれるのです。

5. 多様性を認め、高め合う「チーム」

一人の人間にできることには限界があります。しかし、志を同じくする仲間が集まれば、不可能を可能にできる。私はそう信じています。

トヨタには、世界中に37万人を超える仲間がいます。そして、仕入先様や販売店様を含めれば、膨大な数の方々が「クルマ」という共通の言語を通じてつながっています。

佐藤体制のテーマの一つは、「継承と進化」です。先人たちが築き上げてきたトヨタらしさを大切にしながら、新しい世代の感性や外部の知見を柔軟に取り入れ、多様な個性がぶつかり合い、共鳴する組織を目指しています。

人生において、素晴らしい仲間に出会えることほど幸せなことはありません。自分とは異なる考え方、異なる強みを持つ人を尊重し、互いに高め合う。「一人で戦うのではなく、チームで未来を切り拓く」という意識を持つことで、人生の可能性は無限に広がっていきます。

6. 未来への責任:バトンを繋ぐということ

私が人生の終盤に差し掛かったとき、自分自身に問いかけたいことがあります。それは、「自分は次の世代に、より良い未来を渡すことができたか」ということです。

自動車産業は、二酸化炭素の排出という課題を抱えています。この課題から目を背けるのではなく、正面から向き合い、技術の力で解決していく。それが、私たち現役世代の責任です。

「カーボンニュートラル」は単なるトレンドではなく、人類が存続するための必須条件です。私たちは、クルマを「移動するだけの道具」から、「エネルギーのネットワーク」や「社会を支えるインフラ」へと進化させることで、地球環境と移動の喜びを両立させようとしています。

人生で一番大事なこと。それは、自分が生きた証を、より良い未来という形で次世代へ繋いでいくことではないでしょうか。

豊田章男会長から私が受け取ったのは、単なる社長という役職ではありません。トヨタの情熱、挑戦のDNA、そして「未来を創る」という志です。私はそのバトンをしっかりと握りしめ、自分なりの色を加えながら、次の世代へと全力で走り続けたいと思っています。


結びに代えて:今、この瞬間を全力で生きる

最後になりますが、人生で一番大事なこととして、もう一つ付け加えたいことがあります。それは、「今、この瞬間を愛し、全力で楽しむこと」です。

未来を憂いたり、過去を悔やんだりすることに時間を使うのではなく、目の前にある仕事、目の前にいる人、そして今乗っているクルマの走りに全神経を集中させる。

私は、テストコースで限界走行をしているとき、クルマと対話し、風を感じ、タイヤが地面を掴む感触に全神経を研ぎ澄ませます。その瞬間、私は「生きている」と強く実感します。

人生は、そうした「全力の瞬間」の積み重ねです。

  • 「好き」を貫く情熱を持つこと。
  • 「誰かの笑顔」を想像すること。
  • 「現場」で真実を見極めること。
  • 「未知」への挑戦を愉しむこと。
  • 「仲間」と力を合わせること。
  • 「未来」への責任を果たすこと。

これらすべてを貫くのは、「もっといい未来を作りたい」という、人間としての純粋な願いです。

私はこれからも、一人の「クルマ屋の社長」として、泥にまみれ、油にまみれながら、世界中の仲間と共に、モビリティの未来を切り拓いていきます。

たとえ道が険しくとも、そこに誰かの笑顔が待っていると信じていれば、私たちはどこまでも走り続けることができます。

あなたにとっても、ご自身の人生という道を走る中で、心からワクワクするような「情熱の種」が見つかり、それが誰かの幸せに繋がっていくことを、心より願っております。

共に、もっといい未来を作っていきましょう。


いかがでしょうか。佐藤恒治社長が大切にする「エンジニア精神」「現場主義」「利他の心」を軸に、その熱意と誠実さが伝わるような内容で構成いたしました。