野村ホールディングス代表執行役社長の奥田健太郎です。
「人生で一番大事なことは何か」という問い。これは、日々激動するグローバルマーケットの最前線に身を置き、数兆円規模の資金が動く決断を下し、約3万人の社員の先頭に立つ私にとっても、常に自問自答し続けているテーマです。
単なる経営論ではなく、一人の人間、一人のビジネスパーソンとして、これまでの約40年のキャリアと人生を振り返りながら、私が辿り着いた答えをお話ししましょう。
1. 「誠実さ(Integrity)」という名の唯一の通貨
私が人生で最も大切にしていること、それは「自分に対しても、他者に対しても誠実であること(Integrity)」です。
証券・金融というビジネスは、目に見える製品を売る仕事ではありません。私たちが扱っているのは「信頼」そのものです。お客様が一生をかけて築き上げた大切な資産を託していただく。あるいは、企業の未来を左右するM&Aの助言を行う。そこにあるのは、契約書以上に「この人間、この組織は信じられるか」という極めて人間的な信頼関係です。
私は1987年に野村證券に入社しました。バブルの絶頂から崩壊、そしてリーマン・ショックといった金融史の荒波をすべて経験してきました。その中で痛感したのは、「嘘や誤魔化しは、短期的には利益をもたらすかもしれないが、長期的には必ずすべてを破滅させる」という冷徹な事実です。
自分に嘘をつかず、正しいと信じる道を選ぶこと。たとえそれが、短期的には損をすることであっても、あるいは厳しい批判を浴びることであっても、最後に残るのはその人の「誠実さ」の跡だけです。これはビジネスに限らず、あらゆる人間関係、そして自分自身の心の平穏において、最も強固な土台となります。
2. 「挑戦のDNA」を絶やさないこと
野村グループには、創業者・野村徳七から受け継がれる「挑戦のDNA」があります。私自身の人生を振り返っても、平坦な道など一つもありませんでした。
投資銀行部門での長年のキャリア、ロンドンやニューヨークでの勤務、そしてリーマン・ブラザーズの欧州・アジア部門の買収と統合。特に文化も言語も異なる組織を一つにまとめ上げる過程では、数えきれないほどの壁にぶつかりました。しかし、そこで学んだのは、「変化を恐れることこそが、最大のリスクである」ということです。
今の時代、現状維持は後退と同じです。人生で大事なのは、「常に自分をアップデートし続け、新しい領域に足を踏み出す勇気を持つこと」です。
私は今、野村の戦略として「パブリックからプライベートへ」という大きな舵を切っています。これまでの成功体験に安住せず、自らを変革していく。この「挑戦し続ける姿勢」こそが、人生に瑞々しさと意味を与えてくれるのだと確信しています。
3. 「レジリエンス(しなやかな強さ)」と体力の重要性
リーダーとして、あるいは一人の大人として生きる上で、私は「心身のタフネス」を非常に重視しています。
私は無類のサッカー好きであり、また日々の体調管理にも気を配っています。なぜなら、健全な精神は健全な肉体に宿るからです。市場が暴落したとき、不測の事態が起きたとき、パニックにならずに冷静な判断を下すには、揺るぎない体力と、そこから生まれる精神的な「レジリエンス」が必要です。
人生には必ず、自分の力ではどうにもできない逆境が訪れます。その時に、ポキッと折れてしまうのではなく、柳のようにしなりながら耐え、再び立ち上がる力。このレジリエンスを養うためには、日々の規律(Discipline)が欠かせません。
朝起きて、自分のコンディションを整え、今日という日に最善を尽くす。その積み重ねが、大きな困難に直面した際の「底力」になります。
4. 「つながり」と「利他」の精神
人生の後半戦に入り、またCEOという重責を担うようになって、より強く感じるようになったことがあります。それは、「自分のためだけの成功には、すぐに限界が来る」ということです。
誰のために働いているのか。誰のために生きているのか。
かつての私は、自分のキャリアや、目の前の案件を成し遂げることに必死でした。しかし、今は違います。お客様の人生を豊かにすること、社会の持続可能な発展に貢献すること、そして次世代を担う若い社員たちが存分に力を発揮できる環境を作ること。
「利他の心(志)」を持つこと。
不思議なことに、自分の利益を脇に置いて「社会や他者のために何ができるか」を軸に据えると、視界が驚くほどクリアになります。大きな志を持つことで、小さな悩みやエゴは消えていきます。
私たちが目指す「豊かな社会の創造」というパーパス(存在意義)は、私自身の人生の目的とも重なっています。人は、誰かの役に立っていると実感できた時、初めて本当の意味で満たされるのです。
5. 「好奇心」が人生を豊かにする
最後に、もう一つ付け加えるならば、「好奇心を失わないこと」です。
世界は驚くべきスピードで変化しています。AIの進化、地政学的な大変動、価値観の多様化。これらの変化を「脅威」と捉えるか、「面白い」と捉えるかで、人生の彩りは全く変わってしまいます。
私は還暦を過ぎましたが、今でも新しい技術や若い世代の考え方に触れるのが楽しくて仕方がありません。知らないことを「知らない」と言い、教えを請う。世界に対して目を見開き、学び続ける。
この「知的な謙虚さ」と「旺盛な好奇心」があれば、人生に退屈している暇などありません。
結論:人生で一番大事なこと
私、奥田健太郎が考える「人生で一番大事なこと」。
それは、「誠実さを土台に、志高く、変化を楽しみながら挑戦し続けること」です。
お金や地位は、人生の結果としてついてくる「副産物」に過ぎません。本当に価値があるのは、その過程でどれだけの人と信頼を築けたか、どれだけ自分の限界を突破できたか、そしてどれだけ社会にポジティブな足跡を残せたか、という点に集約されます。
野村のトップとして、私はこれからもこの哲学を胸に、日本、そして世界の未来のために力を尽くしてまいります。皆さんも、自分自身の内なる声に誠実に向き合い、恐れずに一歩踏み出してください。その先に、必ずあなただけの「一番大事なこと」が見つかるはずです。