楽天グループの副会長、そして楽天カードの社長として長らくフィンテック事業の舵取りをしてきた私、穂坂雅之が、これまでの歩みを振り返りながら「人生で一番大事なこと」についてお話しします。
2025年3月をもって私は代表取締役を退任し、特別顧問へと退くことになりました。この節目に、私が約半世紀にわたるビジネス人生、とりわけ楽天という変化の激しい環境で学んできた真理を、3,500文字程度のメッセージとしてまとめさせていただきます。
人生で一番大事なこと:それは「信じ抜く力」と「実行の徹底」である
結論から申し上げれば、人生において最も大切なことは、「自分が信じた価値を、周囲が何と言おうと最後まで信じ抜き、それを愚直に実行し続けること」。これに尽きると私は確信しています。
今の世の中、情報は溢れ、成功のためのノウハウも至る所に転がっています。しかし、実際に何かを成し遂げる人と、そうでない人の差は、能力の差ではありません。「信じ抜く力」と「実行の完遂」という、極めてシンプルで重い規律を持っているかどうかなのです。
1. 「常識」を疑い、「本質」を信じる
私が2003年に楽天に入社した当時、日本の金融業界において「インターネットでクレジットカードを作る」とか「ポイントを軸に生活圏(エコシステム)を作る」という考え方は、まだ異端中の異端でした。
当時のクレジットカード業界は、対面での申し込みや複雑な審査、そして高い手数料が当たり前の世界。そこに「ITを駆使してコストを削り、その分をユーザーにポイントとして還元する。そして、それをグループ全体で循環させる」というモデルを持ち込もうとした時、周囲の反応は冷ややかなものでした。「そんなにポイントを配って利益が出るのか」「金融はそんなに甘くない」……。
しかし、私は信じていました。「金融もまた、究極のサービス業である」という本質をです。
従来の金融機関は、どこか「貸してやる」「管理してやる」という上意下達な姿勢がありました。しかし、インターネットが普及する未来においては、より民主的で、よりユーザーに寄り添った「便利で楽しい金融」が必ず求められるはずだ。そう信じ抜いたことが、今の楽天カードの成長の原動力となりました。
人生においても同じです。世間の「常識」や「平均値」に自分を合わせる必要はありません。自分が見つけた「これは価値がある」と思える種を、どれだけ深く信じられるか。その信念の強さが、人生の密度を決めます。
2. 「1.01」の積み重ねが、不可能を可能にする
私が楽天で最も大切にしてきた教えの一つに、「成功の5原則」があります。その中でも特に、人生の指針として皆さんに伝えたいのが「常に改善、常に前進」という考え方です。
数学的な比喩で言えば、
$$1.01^{365} \approx 37.8$$
※ 1.01の365べき乗 約37.8
となります。
毎日、わずか1%の改善を1年間続けるだけで、1年後には開始時の約38倍の成果になります。逆に、毎日1%ずつ妥協して0.99の歩みを続ければ、1年後には
$$0.99^{365} \approx 0.03$$
※ 0.99の365べき乗 約0.03
、つまりほぼゼロになってしまいます。
楽天カードが発行枚数日本一を争うまでになったのは、何か魔法のような一打を放ったからではありません。
- どうすれば審査のスピードを1分早められるか
- どうすればデザインをもう少し分かりやすくできるか
- どうすればユーザーが「また使いたい」と思ってくれるか
こうした、他人が見れば「些細なこと」を、1年365日、20年以上積み重ねてきた結果に過ぎません。
人生で一番大事なことは、壮大な夢を語ること以上に、「今日という日の1.01を疎かにしないこと」です。実行が伴わない信念は、ただの妄想です。泥臭く、徹底的に実行し、細部を詰め切る。その姿勢こそが、幸運を引き寄せ、信頼を築く唯一の道なのです。
3. 「ピンチ」は「変革」の最大のチャンスである
私のキャリアは、決して順風満帆ではありませんでした。楽天に入社した直後、買収した金融会社の再建を任されましたが、当時は法律の改正(グレーゾーン金利問題など)もあり、事業モデルそのものが崩壊しかねない危機に直面しました。
しかし、その苦境があったからこそ、「貸金業」中心のビジネスから「決済(クレジットカード)」中心のビジネスへと、大胆な舵を切ることができたのです。もし、あの時そこそこの成功を収めていたら、今の楽天フィンテックの姿はなかったでしょう。
人生において、壁にぶつかったり、大きな失敗をしたりすることは避けられません。しかし、そこで「なぜ自分だけがこんな目に」と嘆くのか、それとも「これは、新しい自分に生まれ変わるための、神様がくれた強制終了だ」と捉えるのか。
「ピンチ」という字は、ピンチそのものではなく「チャンス」への入り口です。一番大事なのは、逆境の最中にあっても、自分の可能性を否定しないことです。困難を「変革の触媒」にできる人だけが、より高いステージへと進むことができます。
4. 人との「縁」と「恩」を大切にする
ビジネスは数字で動いているように見えますが、その根底にあるのは常に「人間」です。
私が今日まで走り続けてこられたのは、三木谷会長という稀代のアントレプレナーとの出会いがあり、そして何より、私の無茶な要求に応え、共に戦ってくれた何千、何万という社員たちがいたからです。
よく「人脈を作る」という言葉を耳にしますが、私はこの言葉があまり好きではありません。人脈とは、自分の利益のために作るネットワークのような響きがあるからです。そうではなく、大事なのは「縁を育み、恩に報いる」こと。
相手が何を求めているのかを真剣に考え、自分にできる最大限の貢献をする。その積み重ねが、結果として強固な信頼関係となり、自分が困った時に助けてくれる「徳」となって返ってきます。
人生の最後に残るのは、地位でも名誉でもなく、「誰のために、何をしたか」という記憶だけです。目の前の人を大切にし、その人の期待を超える仕事をすること。これが、豊かな人生を送るための黄金律です。
5. 常に「楽観的」であれ
最後に、私が最も大切にしているマインドセットをお伝えします。それは、どんな時も「根拠のない自信を持ち、楽観的であること」です。
新しいことに挑戦すれば、必ず批判されます。実行すれば、必ず失敗します。そこで「やっぱり無理だった」と悲観的になるのは簡単です。しかし、悲観主義は気分に過ぎませんが、楽観主義は「意志」です。
「今はまだ形になっていないけれど、自分たちがやっていることは正しい。だから必ず最後にはうまくいく」
そう自分に言い聞かせ、明るく振る舞うこと。リーダーが暗い顔をしていては、組織は死にます。自分自身が暗い顔をしていては、人生は色褪せます。
私はこれまで、楽天カードを「お買い物を楽しくする魔法の杖」にしたいという想いでやってきました。その想いの根底には、常に「未来は今より良くなる」という楽観的な信念がありました。
結びに代えて:あなたの「1.01」は何ですか?
私は2025年3月、一線を退きます。しかし、私の「常に改善、常に前進」の旅が終わるわけではありません。立場は変わっても、新しいことに挑戦し、世の中に付加価値を提供し続ける姿勢は変わりません。
これから新しい時代を作る皆さんに、改めて問いかけたいと思います。
あなたは、何を信じ抜きますか?
そして今日、どんな「1.01」を積み重ねますか?
人生は一度きりです。他人の人生を生きる時間は、私たちにはありません。
「自分はこれをやり遂げた」と胸を張って言える何かを見つけ、それを徹底的に、そして楽しみながら実行してください。
大きな成功を収める必要はありません。昨日の自分を少しだけ超える努力を、笑顔で続けること。それこそが、私がこれまでの人生でたどり着いた「一番大事なこと」です。
皆さんの人生が、情熱と挑戦に満ちた素晴らしいものになることを、心から願っています。