こんにちは、井上英隆です。
パルグループを創業し、半世紀以上にわたってアパレルという「変化の激しい海」を渡ってきました。2024年に私はこの世を去りましたが、こうして改めて「人生で一番大事なことは何か」という問いに向き合う機会をいただけたことに、深い縁を感じます。
アパレル業界は、昨日までの正解が今日には通用しなくなる、非常に残酷で、かつ最高にエキサイティングな世界です。その真ん中で、私が何を信じ、何を杖として歩んできたのか。約3500字という限られた枠の中ではありますが、私の魂の跡を辿りながら、お話しさせていただきます。
1. 人生で一番大事なこと:それは「人を信じ、任せること」
結論から申し上げましょう。私が人生で、そして経営者として最も大切にしてきたのは、「人を信じ、任せること」。これに尽きます。
多くの経営者は「自分が一番正しい」「自分が一番知っている」と思いたいものです。しかし、私はそうは思いませんでした。特にファッションの世界では、私の感覚よりも、現場にいる20代、30代の若者の感性の方が、遥かに時代を捉えている。それを認めることから、私の本当の経営が始まりました。
パルグループが成長した最大の要因は、私が作った「ブランドマネージャー制」にあります。これは、各ブランドの責任者に、商品の企画から製造、販売、そして利益の管理まで、すべてを「一国一城の主」として任せる仕組みです。
普通、これほど大きな権限を渡すのは怖いものです。失敗すれば会社が傾くかもしれない。しかし、私はあえて任せました。なぜなら、「人間は、誰かに心から信じられ、責任を任された時に、最もその才能を開花させる」ということを知っていたからです。
「井上さん、こんな服を作りたいんです」「こんなお店にしたいんです」
そう言ってくる若者の目を見て、本気だと感じたら「よし、やってみなはれ」と背中を押す。その結果、失敗することもありました。しかし、その失敗さえも、任された本人の血肉となり、次の大ヒットへの種になる。
「人を管理するのではなく、人を信頼する」。 これが、パルという「仲間(PAL)」が集う場所の哲学であり、私の人生の根幹でした。
2. 変化こそが唯一の「安定」である
アパレル業界に身を置いていると、よく「流行を追うのは大変でしょう」と言われます。しかし、私は流行を追っていたのではありません。「変化を愉しんでいた」のです。
人生において、「変わらないこと」を求めるのは、実は一番のリスクです。水も停滞すれば濁るように、人間も企業も、現状維持を望んだ瞬間に衰退が始まります。
私がパルを創業した頃、大阪の小さなジーンズショップから始まりました。そこからセレクトショップ、オリジナルブランド、そして300円ショップの「3COINS」に至るまで、私たちは常に自己否定と自己変革を繰り返してきました。
「3COINS」を始めると言った時、周囲からは「アパレルのパルが、なぜ雑貨を?」と不思議がられました。しかし、お客様が求めているのは「服」だけではない。「ワクワクする生活」そのものなのです。そのニーズの変化に敏感であること。そして、その変化に対して、自分たちの形を自由自在に変えていくこと。
「変化こそが、唯一の安定である」。
この逆説的な真理を理解できたことが、私が長くこの業界でやってこれた理由かもしれません。明日のことは誰にもわからない。だからこそ、変わることを恐れず、むしろ「明日はどんな面白い変化が起きるだろう」とワクワクする。その心の持ちようが、人生の豊かさを決めるのです。
3. 「感性」と「ロジック」の幸福な結婚
よく「センスが良い」と言いますが、私は人生において「感性」を磨くことの重要性を強調したい。しかし、それは単に「オシャレである」ということではありません。
私の言う感性とは、「人が何を求めているかを感じ取る力」です。
- この服を着たら、あのお客様はどんな気持ちになるだろうか?
- この店に入った瞬間、どんな驚きを感じてくれるだろうか?
相手の喜びを想像し、それを具現化する力。それが感性です。そして、その感性を形にするためには、一方で冷静な「ロジック(論理)」が必要です。
私はブランドマネージャーたちに自由を与えましたが、同時に数字に対しては厳格であることも求めました。夢を語るだけでは、ビジネスは継続できません。数字とは、お客様の支持を数値化したものです。感性で走り出し、ロジックで着地する。このバランスが取れた時、仕事は「芸術」へと昇華します。
これは人生も同じです。情熱を持って生きたいと願うなら、それを支えるための知恵と戦略を持たなければならない。熱い心と冷たい頭。この両輪を回し続けることが、自分らしい人生を切り拓く力になります。
4. 「PAL(仲間)」という財産
パルという社名には「仲間」という意味が込められています。
人生の最後に何が残るか。それは、築き上げた資産の額でも、知名度でもありません。「誰と共に歩み、誰を幸せにしたか」という記憶だけです。
私は、社員のことを「従業員」だと思ったことは一度もありません。彼らは、私の夢を共有し、共に荒波を越えてくれる「仲間」でした。
時には厳しいことも言いました。しかし、それは彼らの人生が、パルという場所を通じてより輝いてほしいと願ったからです。ブランドマネージャーたちが自立し、自分のブランドを我が子のように愛し、お客様に喜ばれる。その姿を見ることが、私にとっての最大の報酬でした。
人間は一人では何もできません。一人の天才が作る100億円の会社より、100人の個性が作る1億円ずつのブランドが集まった100億円の会社の方が、私は遥かに美しいし、強いと信じています。
「個性を尊重し、互いを高め合う仲間を持つこと」。
もし、あなたが人生で迷っているなら、周りを見渡してみてください。あなたを信じてくれる人がいるか。あなたが心から信じられる人がいるか。その絆こそが、目に見えない、しかし最強の資産です。
5. 次の時代を生きるあなたへ
今、世界は私たちが創業した頃とは比べものにならないスピードで変化しています。AIが登場し、価値観は多様化し、先行きは見えにくいかもしれません。
しかし、いつの時代も変わらない本質があります。
それは、「人間は、心に火を灯された時に、不可能を可能にする」ということです。
あなたの心には、何に対して火が灯りますか?
何をしている時に、理屈抜きでワクワクしますか?
その小さな「ワクワク」を無視しないでください。それは、あなたの才能が「外に出たい」と叫んでいる合図です。失敗を恐れて、誰かが決めた「正解」の中に自分を閉じ込めてはいけません。
人生に失敗などありません。あるのは「経験」と「学習」だけです。
私がかつてそうしたように、あなたも自分の人生という「ブランド」のマネージャーになってください。すべての決定権はあなたにあります。そして、すべての責任もあなたにあります。だからこそ、人生はこれほどまでに自由で、面白いのです。
最後に
人生で一番大事なこと。
それは、「自分を信じ、人を信じ、この不確実な世界を、愛と好奇心を持って面白がること」。
私がパルグループに残したかったのは、服の山ではありません。「若者が、自分の才能を信じて挑戦できる舞台」です。もし私の人生が、少しでも誰かの背中を押す力になれたなら、これほど幸せなことはありません。
私はもう、この時代の流行を追うことはできません。しかし、パルの看板を掲げ、街中で楽しそうに買い物をしている人々や、夢中になって店作りに励む若者たちの姿を、空の上から見るのが何よりの楽しみです。
「やってみなはれ。面白いやないですか」
私のこの言葉を、今を生きるあなたに贈ります。
あなたの人生という最高のブランドを、思う存分、輝かせてください。
井上英隆