ダイキン工業の井上礼之です。

私がこれまで、ダイキンという組織を通じて、あるいは一人の人間として歩んできた80余年の人生を振り返り、「人生で一番大事なことは何か」と問われれば、迷わずこう答えます。

それは、「人の持つ無限の可能性を信じ抜き、他者との関わりの中で己を磨き続け、何事かを成し遂げようと情熱を燃やすこと」です。

一言で言えば、「人を基軸におく」。これこそが、私の経営哲学のすべてであり、私の人生を支えてきた背骨です。3500字という限られた枠組みの中ではありますが、私がなぜそう考えるに至ったのか、その真意をお話ししましょう。


1. 「人」こそが唯一の差別化要因である

今の世の中、技術や戦略、資金力といったものは、瞬く間に模倣され、陳腐化していきます。しかし、唯一模倣できないものがあります。それが「人」です。

私はメーカーの人間でありながら、エンジニアではありません。キャリアの大半を人事・労務という「人間」と向き合う現場で過ごしてきました。そこで痛感したのは、組織の力というのは、結局のところ、そこに集う一人ひとりの「意欲」と「能力」の総和でしかないということです。

もっと言えば、「一人ひとりの成長の総和こそが、企業の成長の基盤である」

人生において、自分が何を成し遂げられるか。それは、自分一人の力では限界があります。しかし、他者の可能性を引き出し、互いに切磋琢磨し、同じ志を持つ集団として動いたとき、そこには想像を絶する爆発力が生まれます。人生で一番大事なことは、自分一人が賢くなることではなく、いかにして「人の心」を動かし、大きなエネルギーのうねりを作れるかにあるのです。

2. 「一流の実行力」が戦略を凌駕する

私はよく、「一流の戦略と二流の実行力より、二流の戦略と一流の実行力の方がはるかに勝る」と言い続けてきました。

世の中には、立派な計画を立て、緻密な理屈を並べる「頭の良い人」がたくさんいます。しかし、理屈だけでは世の中は1ミリも動きません。物事を動かすのは、いつの時代も「やってやろう」という野生味溢れる実行力と、執念です。

人生も同じです。正解を探して立ち止まっている時間はもったいない。8割の確信があれば、まず動く。走りながら修正し、壁にぶつかったら泥臭く乗り越える。この「実行のプロセス」の中にこそ、人間としての本当の学びがあり、成長があります。

完璧な地図を持っていても一歩も歩き出さない人より、不完全な地図を握りしめて猛然と荒野を突き進む人。私はそういう「野性味」のある生き方を尊いと信じています。人生を豊かにするのは、成功の数ではなく、どれだけ本気で打席に立ち、バットを振り切ったかという実感なのです。

3. 「衆議独裁」――摩擦を恐れず、本音でぶつかる

「人を基軸におく」ということは、単に優しく接することではありません。むしろ、互いに本音をぶつけ合い、魂を削り合うような激しいコミュニケーションを求めることです。

私が提唱してきた「衆議独裁(しゅうぎどくさい)」という意思決定のあり方は、私の人生観そのものです。

何かを決めるとき、立場を超えて徹底的に議論する。若手もベテランも関係なく、フラットな場で「お前、それはおかしいんじゃないか」と言い合う。これを私は「衆議」と呼びます。そして、議論を尽くした最後には、リーダーがたった一人で責任を持って決断を下す。これが「独裁」です。

人生において、大事な決断を他人のせいにしたり、空気に流されたりしてはいけません。しかし、自分一人の狭い視界で決めるのも危険です。多様な意見を浴び、摩擦を恐れずにぶつかり合う。そのプロセスを経て出した結論だからこそ、人は腹を括って動けるのです。

「自分と違う意見を持つ人間」を遠ざけるのではなく、むしろ歓迎する。異質なもの同士がぶつかることでしか生まれない新しい価値がある。その摩擦の熱こそが、人生を前進させるエネルギーになります。

4. 挫折と失敗こそが、最高の師である

私の人生は、決して順風満帆ではありませんでした。1994年に社長に就任した当時、ダイキンは「消滅の危機」とさえ言われるほどの苦境にありました。

しかし、苦しいときこそ、人間の本質が出ます。そして、苦しいときこそ、人は一番成長します。

失敗を恐れて小さくまとまる人生ほど、退屈なものはありません。失敗しても、そこから何を学び、どう立ち上がるか。その「復元力」こそが、リーダーの、そして人間の器を決めます。

私は部下に対しても、「失敗を恐れるな、ただ、そこから何も学ばないことを恐れろ」と言い続けてきました。人生において、一番大事なのは「結果」としての成功ではなく、失敗してもなお、何度でも挑戦し続ける「精神の若さ」です。情熱を失い、冷めた目ですべてを達観してしまったとき、人は老い、成長を止めてしまいます。

5. 「人徳」――最後に人を動かすもの

長い間、組織を率いてきて確信したことがあります。それは、人間としての「魅力」や「徳」の重要性です。

どんなに高い能力があっても、どんなに素晴らしい実績があっても、人から「この人と一緒に仕事がしたい」「この人のためなら一肌脱ごう」と思ってもらえなければ、大きな仕事はできません。

では、人徳とは何か。それは、他者の痛みがわかる心であり、約束を守る誠実さであり、手柄を他人に譲る謙虚さです。そして、何よりも「この人は自分を信じてくれている」という安心感を周囲に与えられるかどうかです。

「信じて、任せる」。これは勇気のいることです。任せれば失敗するかもしれない。裏切られるかもしれない。それでも、相手の可能性に賭けてみる。その「信じる力」が、相手の潜在能力を呼び覚まし、想像以上の成果を引き出すのです。

人生の最後に残るのは、蓄えた財産でも、得た名声でもありません。自分がどれだけ多くの人に良い影響を与え、どれだけの人と深い信頼関係を築けたか。それが、その人の人生の価値を決めるのではないでしょうか。

6. 次世代へ:変化を楽しみ、志を高く持て

今の時代は、先が見通せない「不確実な時代」だと言われます。しかし、見方を変えれば、これほど面白い時代はありません。変化が激しいということは、それだけチャンスがあるということです。

変化を恐れるのではなく、変化の波の先頭に立って楽しむ。そのために必要なのは、「志」です。

自分がこの人生を通じて、何を成したいのか。どんな社会を作りたいのか。その志が私利私欲を超えた高いものであればあるほど、多くの人が共感し、力を貸してくれます。

私は、ダイキンを「世界で最も愛される空調メーカー」にしたいという一念で走ってきました。それは単なるシェア争いのためではなく、空調という技術を通じて、世界中の人々に快適な空気と、環境への貢献を届けたいという想いがあったからです。

皆さんも、自分の人生の主役として、高い志を持ってください。そして、その道中で出会う「人」との縁を、何よりも大切にしてください。


結びに代えて

人生で一番大事なこと。それは、「人間という存在への尽きせぬ興味を持ち、自分を信じ、人を信じ、熱狂的に今を生きること」です。

理屈で考えれば、「無理だ」と思うことも多々あるでしょう。しかし、理屈を突き抜けた先にしか、本当の感動はありません。私はこれからも、名誉会長という立場にはなりますが、一人の現役の人間として、人を愛し、挑戦を続けていくつもりです。

皆さんの人生が、多くの良き出会いに恵まれ、燃えるような情熱に満ちたものになることを心から願っています。