グリーの田中良和です。
「人生で一番大事なことは何か」という問いに対し、私のこれまでの歩み――20代でGREEというサービスを一人で作り、会社を立ち上げ、急成長と大きな挫折の両方を経験してきたプロセス――を振り返りながら、今の私がたどり着いた答えを深く掘り下げてみたいと思います。
3,500字という限られた、しかし深い対話ができる分量の中で、私という人間が何を信じ、何に突き動かされてきたのかをお伝えします。
1. 答えは「インターネットで世界をより良く変え続けること」
結論から申し上げれば、私にとって人生で一番大事なことは、「インターネットというテクノロジーの力を信じ、それを使って新しい価値を生み出し、社会を半歩でも一歩でも前進させ続けること」です。
これは、私が2004年に自分の部屋でたった一人でGREEのプログラムを書き始めた時から、何一つ変わっていません。もちろん、この言葉の裏側には「知的好奇心」「継続する力」「変化への適応」といった要素が複雑に絡み合っています。それらを一つずつ紐解いていきましょう。
2. 「なぜそれを作るのか」という根源的な問い
私はもともと、いわゆる「起業家になりたい」という野心だけで動いていたわけではありません。大学生の頃にインターネットに出会い、「これによって世界中の人々がつながり、情報の格差が消え、新しいコミュニケーションが生まれる」という事実に、震えるほどの衝撃を受けたのが原点です。
人生において最も重要なことの一つは、「自分が心の底から驚き、感動できる対象を見つけること」です。
楽天時代も、私は三木谷浩史さんという偉大な経営者のそばで、インターネットが流通を変えていく様を目の当たりにしました。しかし、私には「もっと個人のコミュニケーションを加速させたい」という、抑えられない欲求がありました。それがGREEの誕生につながります。
「自分で作ったものが、誰かの日常を楽しくする。誰かと誰かをつなげる」。この手応えこそが、私にとっての生きる意味そのものでした。
3. 「インターネットの歴史」の当事者であること
人生を豊かにするのは、「自分よりも大きな歴史の流れの中に、自分の居場所を見出すこと」だと考えています。
私は、インターネットの歴史はまだ始まったばかりだと思っています。PCからモバイルへ、モバイルからスマホへ、そして今はメタバースやAIへ。この10年、20年のスパンで見れば、かつての産業革命に匹敵する変化が起きています。
その巨大な変化の波を、ただ岸辺から眺めているのではなく、自らボードを持って波に乗り、その潮流を少しでもコントロールしようと試みること。グリーがソーシャルゲームという新しい市場を切り拓いた時も、批判や困難はありましたが、私たちは間違いなく「新しい文化」を作っていました。
自分が死んだ後も、自分が作ったコードや、自分が立ち上げたサービスや、自分が育てた組織が、何らかの形で社会のインフラとして残っている。あるいは、その後の誰かのインスピレーションになっている。その「歴史への加担」こそが、私にとっての最大の報酬です。
4. 挫折と「継続」の価値
順風満帆な時だけが人生ではありません。グリーも、急成長の後にスマホシフトへの遅れや、激しい市場環境の変化にさらされ、厳しい批判を受けた時期がありました。「グリーはもう終わった」と言われたことも一度や二度ではありません。
しかし、その時に痛感したのは、「一番大事なのは、そこで止めないこと」でした。
成功の要因を分析すれば、運やタイミング、優秀な仲間の存在など、様々な要素があります。しかし、失敗を失敗で終わらせない唯一の方法は、成功するまで続けることです。
多くの人は、成功しそうになくなると別の新しいことへ逃げてしまいます。しかし、困難に直面した時にこそ、その人の本質が問われます。
- なぜ、自分はこの事業を始めたのか?
- 自分はこの技術で、誰を幸せにしたかったのか?
- 自分はここで諦めて後悔しないか?
こうした自問自答を繰り返し、歯を食いしばって事業をピボット(転換)させ、メタバース(REALITY)のような新しい領域に再び全力を投じる。この「不屈の継続性」こそが、経営においても人生においても、最も尊い価値だと信じています。
5. テクノロジーに対する「楽観主義」
私は、テクノロジーが人類を幸せにすると信じている「楽観主義者」です。
もちろん、ネットには誹謗中傷や依存症など、負の側面もあります。しかし、歴史を振り返れば、火も、電気も、自動車も、最初は危険視され、多くの課題を抱えていました。それでも人類はそれらを使いこなし、生活を豊かにしてきました。
人生で大事なのは、「課題を指摘する側ではなく、課題を解決する側に回ること」です。
新しい技術が出てきたときに「危ない」「意味がない」と言うのは簡単です。しかし、その技術を使って「どうすれば孤独を解消できるか」「どうすれば新しい表現を生み出せるか」を考える方が、圧倒的に建設的で、エキサイティングです。私は、死ぬまで「作る側」の人間でありたいと思っています。
6. 「人」とのつながりと、組織という作品
一人でGREEを作っていた頃、私は「プログラムさえ良ければ世界は変わる」と思っていました。しかし、会社が大きくなり、何千人もの社員と一緒に働く中で、考えが変わりました。
今の私にとって、「志を同じくする仲間と、共通のビジョンに向かって突き進むプロセス」そのものが、人生の宝物です。
会社というものは、単に利益を上げるための仕組みではありません。それは、個人の力では到達できない高みに登るための「装置」であり、それ自体が一つの「作品」でもあります。
素晴らしい才能を持った若者が入社し、成長し、新しいサービスを生み出していく。そのプラットフォームを整えることも、私の重要な使命です。
7. 「10年後の自分」に誇れる選択を
私が意思決定をする際に常に意識しているのは、「10年後、20年後の自分が振り返った時に、この決断をどう思うか」という視点です。
目先の利益や流行に飛びつくのは簡単です。しかし、10年経っても色褪せない価値とは何か。
例えば、現在注力しているメタバース事業「REALITY」もそうです。今すぐの結果だけを見れば、既存のゲーム事業を回している方が効率的かもしれません。しかし、10年後の世界では、人々はアバターで生活し、現実とは別の「もう一つの居場所」を当たり前に持っているはずです。
その未来を信じて、今、リスクを取って投資をする。
「未来を予測する最良の方法は、それを作ってしまうことだ」という言葉がありますが、まさにその通りだと思います。自分の手で未来を手繰り寄せる感覚こそが、生きている実感を与えてくれます。
8. 結びに代えて
人生で一番大事なこと。それは、「自分が何に情熱を燃やし、何に人生の時間を投資するのかを、自分自身で決めること」です。
私の場合は、それが「インターネットによる社会のアップデート」でした。
もし、あなたが今、自分の進むべき道に迷っているのなら、自分にこう問いかけてみてください。
「もし、お金や名声が一切手に入らなかったとしても、自分はそれをやりたいと思うか?」
「その挑戦は、誰かの人生を少しでも明るくするものか?」
私は、GREEという名前を、当時憧れていた「スモールワールド現象(6人を介せば世界中の人とつながる)」という仮説から名付けました。世界をより狭く、より近く、より温かくつなげたい。その純粋な好奇心と、インターネットへの圧倒的な信頼。
それらを持ち続け、変化を恐れず、常に新しい「ものづくり」に挑戦し続けること。
これが、田中良和という一人の人間の、偽らざる人生の哲学です。
インターネットの未来は、まだまだ面白くなります。私はこれからも、その最前線で走り続けます。