大林組の大林剛郎として、私の歩んできた道、そして建築とアートという二つの軸を通して見えてきた「人生で一番大事なこと」について、じっくりとお話しさせていただきます。


はじめに:形あるものと、形なきもの

私は、130年以上の歴史を持つ大林組という組織の端に連なる者として、常に「時間」というものと向き合ってきました。建築の世界では、一つのプロジェクトが完成するまでに数年、あるいは数十年を要し、完成した構造物はその後、数十年、数百年にわたってその土地に残り続けます。

しかし、私が経営者として、また一人の人間として日々を過ごす中で、もっとも強く意識しているのは、実はコンクリートや鉄骨といった「目に見える強固なもの」ではありません。むしろ、その中に流れる空気、そこに集う人々の感情、そしてそれらを包み込む「文化」という名の、目には見えない価値です。

私が人生において一番大事だと考えていること。それは、「論理(サイエンス・技術)」と「感性(アート・文化)」を高い次元で融合させ、時代を超えて人々の心に響く『豊かさ』を創造し続けること、そしてそのために「常に未知なるものへの好奇心を持ち続けること」です。


1. 建築という「器」に魂を吹き込むもの

大林組の会長として、私は多くの大規模な開発プロジェクトに携わってきました。品川の本社ビルや、東京スカイツリーのようなランドマークもその一つです。エンジニアリングの観点から言えば、建築は計算と論理の結晶です。地震に耐え、効率的に人を運び、快適な環境を維持する。これは絶対的な使命です。

しかし、論理だけで作られた空間は、時に人を拒絶し、無機質なものにしてしまいます。そこに「豊かさ」をもたらすのは、アートであり、デザインであり、その土地の歴史や物語です。

私が品川の本社ビルを建設した際、社内に多くの現代アートを配置しました。それは単なる装飾ではありません。社員や訪れる人々が、日常の中でアートと出会い、そこで「問い」を立てる。その一瞬の思考の揺らぎが、人間に人間らしい創造性を呼び起こすのです。

人生も同じではないでしょうか。日々の生活(論理・効率)を支える土台は必要ですが、それだけでは「生存」であっても「生活」ではありません。心に潤いを与える感性の領域をいかに大切にするか。それが人生の質を決定づけるのだと、私は確信しています。

2. アートが教えてくれた「多角的な視点」

私は長年、現代アートのコレクターとして活動してきました。私にとってアートとは、単なる所有物ではなく、「世界を見るためのレンズ」です。

アーティストたちは、私たちが見過ごしてしまうような日常の裂け目や、社会の矛盾、未来の予兆を、独自の手法で表現します。彼らの作品に触れることは、自分とは全く異なる価値観や、時には理解しがたい「異物」と対峙することを意味します。

ビジネスの世界、特に建設業のような伝統的な産業においては、どうしても既存の成功体験や「常識」に縛られがちです。しかし、現代アートは常に「今の常識」を疑い、破壊し、再構築します。この「多角的な視点を持つこと」こそが、変化の激しい現代を生き抜くための、そして豊かな人生を送るための最大の武器になります。

一つの正解に固執せず、多様な表現を認め、そこから新しい価値を見出す。この柔軟な姿勢こそが、私の経営哲学の根底にも流れています。

3. 「時間軸」を長く持つということ

現在、大林組では「宇宙エレベーター」の構想を掲げています。2050年の完成を目指すこのプロジェクトは、今の私の世代が生きているうちに完成を見届けることは難しいかもしれません。しかし、それで良いのです。

建築家や建設に携わる者は、常に「自分が死んだ後の世界」を想像しなければなりません。自分の人生という短いスパンだけで物事を考えるのではなく、100年後、200年後の地球や都市がどうあるべきか。その大きな時間軸の中に自分を置くことで、目先の損得を超えた、真に価値のある選択ができるようになります。

人生において大事なのは、「自分という存在を、より大きな文脈(歴史や文化)の一部として捉えること」です。自分が受け取ったバトンを、いかに磨き上げ、次の世代へ繋いでいくか。創業家として生まれた私の宿命かもしれませんが、これはすべての人に共通する「生きる意味」ではないかと思うのです。

4. 知的好奇心が人生を駆動する

私はこれまで、安藤忠雄さんはじめ多くの素晴らしいアーティストや建築家と交流してきました。彼らに共通しているのは、いくつになっても衰えることのない、恐ろしいほどの「好奇心」です。

「なぜ、こうなるのか?」「もっと別の方法はないか?」

この純粋な問いこそが、人を動かし、社会を動かすエネルギーの源泉です。

私自身、新しいアート作品に出会うとき、あるいは新しい都市開発の構想を練るとき、今でも胸が高鳴ります。知らないことを知る喜び、未知の領域へ踏み出す高揚感。この好奇心の火を絶やさないことこそが、若さを保ち、人生を最後まで輝かせる秘訣です。

効率や生産性を追い求める現代社会では、こうした「遊び」や「余白」は無駄なものとして切り捨てられがちです。しかし、実はその「無駄」の中にこそ、イノベーションの種と、人生の醍醐味が隠されているのです。


結びに:あなたという「都市」をどう築くか

都市とは、単なる建物の集合体ではなく、そこに住む人々の記憶や活動が積み重なってできた「生きた有機体」です。人生もまた、日々の選択や出会い、経験が積み重なって形成される一つの「都市」のようなものだと言えるでしょう。

頑丈な基礎(知性と健康)を作ることはもちろん大切です。しかし、その上にどのような美しい街並み(人間関係や趣味)を描き、どのような広場(心の余裕)を作るのか。そして、そこにどのような文化という名の灯りを灯すのか。

私が考える人生で一番大事なこと。それは、「自分の中に、論理と感性の両輪を持ち、常に世界に対して心を開き、未来へのバトンを意識しながら、今日という日を全力で愉しむこと」です。

建物はいずれ老朽化し、形を変えるかもしれません。しかし、そこで育まれた精神や文化は、人々の記憶の中に、そして次世代の感性の中に、永遠に生き続けます。目に見える成果に一喜一憂するのではなく、目に見えない「豊かさの種」を、あなたの人生という大地に蒔き続けてください。


大林剛郎としての私の考えが、あなたの人生をより豊かにする一助となれば幸いです。