ルネサス エレクトロニクスの柴田英利として、私のこれまでの歩み、そして半導体という「産業の米」を司る企業の経営を担う中で辿り着いた、人生で最も大切にしている哲学についてお話しします。
3,500字という限られた、しかし思索を深めるには十分なこのスペースを借りて、私の思考の根底にあるものを丁寧に紐解いていきましょう。
はじめに:論理と感性の交差点で
私が人生で一番大事だと考えていること。それは一言で表現するならば、「自分自身の論理(ロジック)を研ぎ澄まし、変化を恐れずに自己変革を続ける意志」です。
私はこれまで、金融の世界、プライベート・エクイティ、そしてルネサスの経営という、常に数字と論理、そして「結果」がすべてを物語る厳しい環境に身を置いてきました。そこで学んだのは、世界は残酷なほどに変化し続けるということであり、昨日の正解が今日の不正解になることは日常茶飯事であるという事実です。
その荒波の中で、溺れずに、かつ目的地に向かって船を進めるために必要なのは、感情的な固執ではなく、冷徹なまでの論理的思考と、その論理が導き出した答えに従って自分自身をアップデートし続ける勇気なのです。
1. 徹底的な「合理性」という誠実さ
多くの人は「合理的であること」を、冷たい、あるいは人間味に欠けると捉えがちです。しかし、私はそうは思いません。経営において、あるいは人生において、徹底的に合理的であることは、関わるすべての人々に対する「最大の誠実さ」であると考えています。
私がルネサスのCEOに就任した際、まず取り組んだのは、過去の慣習や日本企業の「当たり前」を疑うことでした。かつての日本企業には、不採算部門であっても「伝統だから」「雇用を守るためだから」という情緒的な理由で維持し続け、結果として組織全体を沈没させてしまう傾向がありました。
しかし、それでは誰も救えません。論理的に考えて、成長の可能性がないもの、あるいは会社全体の足を引っ張るものに対しては、厳しい決断を下さなければならない。それは短期的には痛みを伴いますが、中長期的には組織を健全化し、より多くの社員やステークホルダーに利益をもたらす唯一の道です。
人生も同じです。自分の時間やエネルギーは有限です。何に注力し、何を捨てるか。その判断基準が曖昧で情緒的なものに支配されていると、結局は自分自身を消耗させ、本質的な価値を生み出すことができなくなります。「なぜそれをするのか」という問いに対し、誰に対しても、そして自分自身に対しても、曇りのない論理で説明できること。 この積み重ねが、人生の密度を決定づけます。
2. 「変化」をデフォルト(標準設定)にする
半導体業界は、ムーアの法則に象徴されるように、凄まじいスピードで進化し続けています。数年前の最先端技術があっという間にコモディティ化し、勢力図が塗り替えられます。この世界で生き残るための唯一の方法は、自分が変わるスピードを、周囲が変わるスピードよりも速くすることです。
私はよく「現状維持は退化である」と言います。今日と同じ自分で明日を迎えることは、進歩している周囲との相対的な関係において、一歩後退していることと同義です。
人生で最も大事なことの一つは、この「変化に対する耐性」を超えて、「変化を渇望する姿勢」を持つことです。
自分を安定した場所に置きたがるのは人間の本能かもしれません。しかし、真の安定とは「変化しない環境」にいることではなく、「どんな変化が起きても、それに対応して自分を最適化できる能力」を身につけている状態を指します。
私は自分のキャリアにおいて、あえて困難な道、あるいは自分の経験が通用しないかもしれない領域に飛び込んできました。それは、自己否定を繰り返すプロセスでもあります。過去の成功体験は、往々にして新しい挑戦を阻む「足枷」になります。その足枷を自ら断ち切り、自分を常に「ベータ版」の状態に置いておくこと。それが、変化の激しい時代を生き抜くための核心です。
3. グローバルという「鏡」に照らす
私はルネサスを、日本企業という枠を超えた「真のグローバル企業」にすることに心血を注いできました。なぜなら、半導体に国境はないからです。顧客も競合も世界中に存在し、最高の才能も世界中に散らばっています。
日本という島国の中だけで通用する論理、いわゆる「ガラパゴス」な思考に陥ることは、自らの可能性を著しく制限することになります。私が人生において重視しているのは、「自分の立ち位置を常にグローバルな視点から相対化する」ことです。
多様な背景、文化、価値観を持つ人々と対峙したとき、自分の常識が通用しない場面に多々遭遇します。その際、相手を拒絶するのではなく、「なぜ彼らはそう考えるのか」を論理的に分析し、自分の思考の枠組みを広げるチャンスにする。
グローバルな環境で揉まれることは、自分の中にある「偏見」や「甘え」を浮き彫りにします。それは苦しいプロセスですが、その鏡に照らされて磨き上げられた個人のアイデンティティは、どこへ行っても通用する本物の強さとなります。
4. プロフェッショナルとしての「規律」
自由であるためには、規律が必要です。私は自分自身に対しても、共に働く仲間に対しても、高いプロフェッショナリズムを求めます。
プロフェッショナルとは、気分や体調に左右されず、常に高いアウトプットを出し続ける人のことです。そのためには、徹底した自己管理と規律が欠かせません。私はCEOとして、非常に多忙なスケジュールをこなしていますが、その中で思考の質を落とさないために、自分の生活リズムや意思決定のプロセスを厳格にルール化しています。
人生において、何かを成し遂げたいのであれば、「情熱」と同じくらい、あるいはそれ以上に「規律」を大切にすべきです。 情熱は火のように燃え上がりますが、放置すればいつかは消えます。一方、規律は炭火のように、静かに、しかし確実に熱を供給し続けます。
毎日決まった時間に思考を整理する、必要なインプットを怠らない、感情に流されそうなときほど一度立ち止まってデータを見る。こうした小さな「規律」の積み重ねが、人生の大きな分岐点において、正しい選択を導く力になるのです。
5. 人間関係における「透明性」と「信頼」
私は非常にロジカルで厳しい人間だと思われているかもしれません。確かにその通りですが、同時に、人間関係において最も大切にしているのは「透明性」です。
不透明なコミュニケーションは、組織においても人生においても、最大のコストになります。「何を考えているかわからない」「裏があるのではないか」という疑念は、エネルギーを無駄に消費させ、スピードを鈍らせます。
私は、良いニュースも悪いニュースも、可能な限りオープンに、かつ迅速に共有することを心がけています。特に悪いニュースほど、速く共有することが重要です。事実を隠さず、透明性を確保することで、初めて建設的な議論が可能になり、真の信頼関係が築かれます。
誰に対してもおもねることなく、事実に基づいた直球のコミュニケーションを取る。それは時に摩擦を生みますが、長期的に見れば、それが最も効率的で健全な人間関係の形であると確信しています。「誠実であること」とは、耳当たりの良いことを言うことではなく、真実を語り、責任を取ることです。
結びに:人生という「未完のプロジェクト」
私にとって人生とは、完成することのない、終わりのないアップデートの連続です。
今日、この瞬間に出した「一番大事なこと」という答えさえも、明日にはさらに磨かれ、変化しているかもしれません。それで良いのです。いや、それこそが望ましい姿です。
人生で一番大事なことは、特定の「正解」を見つけることではありません。「問い続け、考え抜き、変わり続けるプロセスそのもの」を愛し、そのプロセスに責任を持つこと。
論理を武器にし、変化を友とし、世界を舞台に、自分という存在の可能性を極限まで引き出していく。その知的な格闘こそが、人生を豊かにし、社会に価値をもたらす源泉になると信じています。
ルネサスの経営も、私自身の人生も、まだまだ道半ばです。これからも、一切の妥協を排し、冷徹な論理と熱い意志を持って、未知の領域を切り拓いていきたいと考えています。
あなたも、自分自身の内なるロジックを信じ、変化の先にある新しい自分に出会うことを楽しんでください。