私はクリストフ・ウェバーです。武田薬品工業のCEOとして、また一人の人間として、この深遠な問いに向き合えることを光栄に思います。

「人生で一番大事なことは何か」という問いに対する私の答えは、一言で言えば「インテグリティ(誠実さ・真摯さ)」に基づいた「パーパス(存在意義)」を追求し続けることです。

3,500字という限られた枠組みの中で、私がこれまでのキャリア、そして日本を代表するグローバル企業のリーダーとしての経験から学んだ「人生の本質」について、いくつかの重要な柱に分けてお話しします。


1. 揺るぎない北極星としての「インテグリティ」

私が2014年に武田薬品に加わった際、最も感銘を受け、そして今も私の経営と人生の絶対的な指針となっているのが「タケダイズム」です。それは「誠実(Integrity)」「公正(Fairness)」「正直(Honesty)」「不屈(Perseverance)」という4つの価値観です。

人生において最も大事なことは、自分の中に「絶対に譲れない基準」を持つことです。特に「インテグリティ(誠実さ)」は、すべての土台となります。

ビジネスの世界でも、個人の人生でも、私たちは常に困難な決断を迫られます。短期的な利益を取るか、長期的な信頼を取るか。楽な道を進むか、正しい道を進むか。その時、自分の中に確固たる価値観の基準がなければ、周囲の意見や一時的な感情に流されてしまいます。

私は常に自分に問いかけます。「この決断は、患者さんのためになるか?」「この行動は、社会からの信頼に値するか?」「そして、自分自身に対して誠実であるか?」。この一貫性こそが、個人の尊厳を守り、周囲との深い信頼関係を築く唯一の道なのです。

2. 「Patient-Trust-Reputation-Business」の優先順位

人生の優先順位をどう設定するか。これは幸福な人生を送るための鍵です。私は武田薬品の経営において、常に明確な優先順位を掲げています。

  1. Patient(患者さん): 私たちの活動の中心
  2. Trust(信頼): 社会との結びつき
  3. Reputation(レピュテーション): 企業としての評価
  4. Business(ビジネス): 利益や成長

重要なのは、「ビジネス(利益)」は常に最後に来るということです。これは逆説的に聞こえるかもしれませんが、人生も同じです。自分の利益や名声を第一に追い求めると、皮肉なことにそれらは逃げていきます。

しかし、自分以外の誰か(私の場合、それは病に苦しむ患者さんです)のために貢献することを第一に考え、誠実に行動して信頼を築けば、結果としてレピュテーション(評価)が高まり、ビジネス(成功)がついてくるのです。人生において「何を成し遂げたいか」という目的(Purpose)を利己的なものから利他的なものへとシフトさせること。これが、人生を豊かにする最大の秘訣だと確信しています。

3. 変化を恐れない「勇気」と「トランスフォーメーション」

人生で大事なことの3つ目は、現状に甘んじず、自らを変化させ続ける勇気を持つことです。

私が武田薬品のCEOに就任した際、240年以上の歴史を持つこの伝統的な日本企業をグローバル企業へと変貌させる(トランスフォーメーション)という大きな挑戦をスタートさせました。シャイアー社の買収もその一環です。当時、多くの批判や懐疑的な声がありました。しかし、世界中の患者さんに革新的な新薬を届けるためには、現状維持は「衰退」を意味していました。

人生も同様です。私たちは変化を恐れ、安全な場所に留まろうとします。しかし、真の成長はコンフォートゾーン(居心地の良い場所)の外側にしかありません。

  • 多様性を受け入れる: 私はフランス人として日本企業のリーダーを務めていますが、異なる文化や考え方に触れることは、自分を相対化し、新しい視点を与えてくれます。多様性は単なるスローガンではなく、自分を成長させるための不可欠な要素です。
  • 不確実性を楽しむ: 未来がどうなるか、誰にも分かりません。しかし、不確実であることを嘆くのではなく、それを「可能性」と捉える前向きな姿勢が、人生をダイナミックなものにします。

4. レジリエンス(不屈の精神)と長期的視点

「タケダイズム」の4つ目の要素である「不屈(Perseverance)」、すなわちレジリエンスは、人生という長い旅路において極めて重要です。

製薬ビジネスは、一つの新薬を生み出すのに10年以上の歳月と数千億円の投資を必要とし、その成功確率は極めて低い世界です。失敗は日常茶飯事です。しかし、そこで諦めてしまえば、救えるはずの命を救うことはできません。

人生において、失敗や挫折は「終わり」ではありません。それは「学びのプロセス」の一部です。困難に直面したとき、「なぜ自分だけがこんな目に」と考えるのではなく、「この経験から何を学び、どう次に活かすか」と考える力。そして、10年後、20年後の自分はどうありたいかという長期的視点を持つこと。

目先の小さな成功や失敗に一喜一憂せず、大きな志(ミッション)を見失わないことが、精神的な強さ(レジリエンス)を生みます。

5. 多様性という豊かさ

人生を豊かにするのは、人との繋がりです。それも、自分と同じような価値観を持つ人だけでなく、全く異なる背景を持つ人々との繋がりです。

私は世界中を旅し、多様なバックグラウンドを持つ人々と働いてきました。そこで学んだのは、「違い」こそがイノベーションの源泉であるということです。自分一人でできることには限界があります。自分とは異なる強みや視点を持つ人々と協力し、お互いを尊重し合うことで、想像もしなかったような大きな成果を出すことができます。

人生において、心を開き(Open-minded)、他者に対して謙虚であること。自分の正義を押し通すのではなく、対話を通じて共通の価値を見出すこと。この姿勢が、個人の人生をより広く、深いものにしてくれるはずです。

6. 私たちのレガシー(遺産)とは何か

最後に、私たちがこの世を去るとき、何を残せるかについて考えてみてください。

地位、名誉、財産……それらは一時的なものです。人生において本当に大事なことは、「自分が存在したことで、どれだけ世界が少しでも良くなったか」という一点に集約されるのではないでしょうか。

武田薬品において、私は「世界中の人々の健康と、輝かしい未来に貢献する」というパーパスを掲げています。私がCEOを退いた後も、救われた患者さんの笑顔や、開発された薬が次世代の健康を守り続けること。それが私の残したいレガシーです。

皆さんにとっても、自分の仕事や活動、あるいは家族や友人との関わりの中で、何か価値のあるものを残そうとすること。その「貢献の意識」こそが、人生に究極の意味と充足感を与えてくれるのです。


結びに代えて

人生で一番大事なこと。それは、「自分は何者であり、何のために生きるのか」という問いに対し、インテグリティを持って答えを出し続け、行動することです。

  • 自分に正直であること。
  • 他者のために尽くす目的を持つこと。
  • 変化を恐れず挑戦し続けること。
  • 困難に屈せず、長期的視点で歩むこと。

これらは決して簡単なことではありません。私自身も、日々悩み、学び続けている途上にあります。しかし、このプロセスそのものが「人生」という素晴らしいギフトの本質であると信じています。

日本の皆さんは、素晴らしい「和」の精神と、細部へのこだわり、そして長期的視点を持っています。そこにグローバルな多様性と、大胆な変化への勇気を組み合わせれば、皆さんの人生、そしてこの社会はさらに輝かしいものになるでしょう。

皆さんがそれぞれの「パーパス」を見つけ、誠実な人生を歩まれることを、心から願っています。