ソニーグループの吉田憲一郎です。

「人生で一番大事なことは何か」という、極めて本質的で、かつ正解のない問いをいただきました。私自身、日々の経営の舵取りをする中で、あるいは一人の人間として人生を歩む中で、この問いを自分自身に投げかけ続けています。

私がこれまでの歩みの中で辿り着き、今、確信を持って大切にしていることは、「自らの『存在意義(パーパス)』を見つめ、多種多様な他者との『共鳴』を通じて、未来に何を残せるかを問い続けること」です。

3,500字という限られた、しかし深い考察を許容する枠組みの中で、私がなぜそう考えるに至ったのか、ソニーという企業の再生に携わった経験、そして私個人の死生観や哲学を交えてお話ししたいと思います。


1. 「パーパス」——何のために生きるのかという北極星

私がソニーの経営に深く関わるようになった2013年当時、ソニーは非常に厳しい状況にありました。エレクトロニクス事業の不振が続き、会社全体が「自分たちは何のために存在しているのか」というアイデンティティを見失いかけていた時期です。

その時、私は平井一夫(前会長)と共に、ソニーの存在意義を定義し直すことに心血を注ぎました。そうして生まれたのが、「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」というパーパスです。

人生においても全く同じことが言えるのではないでしょうか。

「一番大事なこと」を考える時、それは個別の目標(例えば、昇進する、お金を稼ぐ、有名になる)ではありません。それらはあくまで手段に過ぎません。真に大事なのは、「自分は何のためにこの命を使い、社会や他者に対してどのような価値を提供しようとしているのか」という根源的な動機です。

私にとって、人生におけるパーパスとは、暗い夜の海を航海する際に見上げる「北極星」のようなものです。波が高く、進むべき方向を見失いそうな時ほど、この星が輝き、私を支えてくれます。自分の行動の指針が「利己的な欲求」から「公的な存在意義」へと昇華されたとき、人は初めて本当の意味での強さと、揺るがない心の平安を得ることができるのだと信じています。

2. 「人に近づく」——共感と境界が生むダイナミズム

ソニーの経営戦略において、私は「人に近づく」というキーワードを掲げてきました。これは私の人生観そのものでもあります。

人間は一人では生きていけません。しかし、ただ集団の中にいれば良いというわけでもありません。私は、「異なる価値観を持つ他者との境界線」に立つことこそが、人生を豊かにする最も重要な要素の一つだと考えています。

「人に近づく」ということは、相手に同化することではありません。相手が何を考え、何を感じ、何を求めているのかを深く想像し、リスペクト(尊重)することです。クリエイターが作品に込めた魂、ユーザーが製品を手にした時に感じる期待。それらに徹底的に寄り添い、近づこうとするプロセスの中で、自分の内側にある何かが震え、新しいエネルギーが生まれます。

人生で一番大事なことの一つは、この「心の共鳴」をどれだけ多く体験できるかではないでしょうか。

自分とは異なるバックグラウンドを持つ人、異なる国の人、あるいは自分よりもずっと若い世代の人。彼らに歩み寄り、対話を重ねることで、自分の境界線が更新されていく。この知的・感情的な代謝こそが、人間としての成長の源泉です。

3. 「長期視点」——時間軸を延ばして世界を見る

現代社会は、あまりにも「短期的な結果」を求めすぎる傾向にあります。四半期の決算、SNSでの即時的な反応、効率的な自己成長。しかし、物事の本質や真の価値というものは、もっと長い時間軸の中にしか現れません。

私が経営において重視しているのは「持続可能性(サステナビリティ)」であり、これは人生においても同様です。

今日一日の成功を喜ぶことも大切ですが、「10年後、20年後の自分はどうありたいか」「自分が去った後の世界に、何を残せているか」という長期的な時間軸で物事を捉えることが、人生の質を決定づけます。

目先の損得にとらわれると、人間は往々にして判断を誤ります。しかし、視点を未来へと延ばせば、今取るべき行動は自ずと誠実なものになります。

私はよく「Kando(感動)」という言葉を使いますが、感動とは一瞬の現象であると同時に、人の記憶に一生刻まれる体験でもあります。私たちは、短期間で消費される価値を作るのではなく、時を超えて愛され、誰かの支えとなるような「徳」や「価値」を積み上げるべきなのです。

人生で一番大事なのは、「自分の時間が有限であることを自覚し、その限られた時間を、永遠に残る価値のために投資すること」だと言い換えてもいいかもしれません。

4. 「誠実さと謙虚さ」——学び続ける姿勢

私は一貫して「財務」という、数字が全てを語る冷徹な世界に身を置いてきました。そこで学んだのは、現実は決して誤魔化せないということです。

人生において非常に重要なのは、「現実に誠実であること」、そして「自分はまだ何も知らないという謙虚さを持つこと」です。

ソニーが復活を遂げた際、私が最も警戒したのは「慢心」でした。成功は時として人を盲目にします。過去の成功体験に縛られ、変化を拒むようになった瞬間から、凋落は始まります。

人生も同じです。学びを止めた瞬間、人の成長は止まります。

テクノロジーは進化し、社会構造は激変しています。その中で、かつての常識にしがみつくのではなく、好奇心を持って新しい事象に触れ、自分の無知を認め、常に「Update」し続けること。

「なぜ?」と問い続ける少年の心を持ち続けることが、変化の激しい時代を生き抜くための、そして人生を飽きさせないための唯一の方法です。

誠実であるということは、他者に対してだけでなく、自分自身の内なる声に対しても誠実であるということです。自分が本当に納得できる道を選んでいるか。誰かの期待に応えるだけの人生になっていないか。そうした内省を繰り返す謙虚さこそが、人格を陶冶するのだと考えます。

5. 「境界を越える」——テクノロジーと人間性の融合

私は、テクノロジーの可能性を信じています。しかし、テクノロジーはあくまで「人」をエンパワー(勇気づけ、拡張)するための手段でなければなりません。

AIやロボティクスが進化する未来において、私たちが問われるのは「人間とは何か」という究極の問いです。

計算能力や効率性では、もはや人間は機械に敵いません。では、人間にしかできないことは何か。それは「意志を持つこと」「意味を見出すこと」そして「感動すること」です。

人生で一番大事なことは、この「人間性の核」を磨き続けることです。

どれほど便利な世の中になっても、人の心を動かすのは、やはり人の熱量であり、葛藤であり、そこから生まれる物語です。テクノロジーを使いこなしながらも、それに支配されるのではなく、自分自身の感性や直感を信じて、新しい地平を切り拓いていく。

この「境界を越えていく挑戦心」こそが、生命の輝きそのものではないでしょうか。

6. 未来への責任——次世代へのバトンタッチ

最後にお伝えしたいのは、「次世代」への視点です。

私たちが今享受している豊かさや平和、テクノロジーは、全て先人たちが積み上げてきた努力の結晶です。私たちは、歴史という長い長いリレーの走者の一人に過ぎません。

そう考えたとき、人生で一番大事なことは、「次の走者が走りやすいように、バトンをしっかりと繋ぐこと」に集約される気がします。

地球環境の問題、社会の分断、経済の不安定化。私たちが直面している課題は山積みです。しかし、絶望している暇はありません。自分ができる範囲で、少しでも良い状態にして次世代に渡すこと。

企業のリーダーとしての私であれば、ソニーをより健全で、世界に貢献できる会社にして次の世代に託すこと。

一人の人間としての私であれば、子供たちや若い世代が「未来は明るい」と信じられるような背中を見せること。

利己的な「自分」という枠を越えて、「私たち」という大きな繋がりの中で自分の役割を果たすこと。これこそが、人生の最終盤において後悔しないための、最も大切な心構えではないかと私は思います。


結びに代えて

人生で一番大事なこと——。

それは、特定の「何か」を手に入れることではありません。

  • 自分の「存在意義(パーパス)」という北極星を持ち、
  • 「人」に寄り添い、共感とリスペクトを持って世界と繋がり、
  • 長期的な視点で誠実に歩み続け、
  • 常に謙虚に学び、変化を楽しみ、
  • そして、未来に対して責任を持つこと。

これら全てを貫くのは、「意志」です。

「どう生きるか」を、環境や他人に委ねるのではなく、自らの意志で決定し、その結果に対して全責任を負うこと。その覚悟を持ったとき、人生は単なる時間の経過ではなく、かけがえのない「物語」へと変わります。

私自身、まだまだその途上にあります。ソニーというダイナミックな組織の中で、素晴らしいクリエイターやエンジニア、そして世界中のユーザーの皆さんと触れ合いながら、日々この教訓を学び直しています。

皆さんも、どうか自分だけの「パーパス」を見つけてください。そして、そのパーパスがいつか誰かの「感動」へと繋がることを願っています。人生という長い旅路を、共に誠実に、そして情熱を持って歩んでいきましょう。