大和工業の井上浩行です。
人生で一番大事なことは何か。そう問われたとき、私は迷わずこう答えます。それは「国境や文化を超えた、人と人との真の信頼関係を築くこと」、そして「いかなる困難にあっても折れない、しなやかな精神力(ヤマトスピリット)を持つこと」です。
私はこれまで、鉄鋼という無骨な産業の中で、一貫して「鉄」と、そして「人間」と向き合ってきました。兵庫県姫路市の一地方企業であった大和工業を、世界各国で展開するグローバル企業へと成長させる過程で、私が学び、確信した「人生の真理」について、私の歩みと共に詳しくお話ししたいと思います。
1. 鉄は熱いうちに、そして「信頼」は握手の中に
私の人生を大きく変えたのは、1980年代後半の米国進出でした。当時、日本の鉄鋼業界は安定成長期を過ぎ、内需は飽和状態にありました。多くの同業他社が国内でのシェア争いに明け暮れる中、私は「外へ出るしかない」という危機感を持っていました。
そこで出会ったのが、米国のニューコア(Nucor)社です。当時の彼らは急成長中の新興メーカーでしたが、日本の一企業である我々が提携を持ちかけるのは、ある種の無謀とも言える挑戦でした。しかし、私は単身アメリカへ渡り、当時のニューコア会長、ケン・アイバーソン氏と対峙しました。
そこで私が学んだのは、ビジネスにおいて最も重要なのは契約書の厚さではなく、「相手の目を見て、魂で共感できるかどうか」だということです。彼と私は、鉄鋼という仕事に対する情熱、そして「良いものを安く作り、社会に貢献する」という理念で深く結ばれました。
人生で一番大事なことの第一は、この「裸の付き合いができる信頼」です。国籍が違っても、言葉が完璧に通じなくても、誠実さと情熱を持って向き合えば、必ず道は開けます。彼との握手から始まった「ニューコア・ヤマト・スチール」の成功は、私に「世界は信頼でつながることができる」という揺るぎない確信を与えてくれました。
2. 「地産地消」が教える、相手を敬う心
大和工業の海外展開は、米国からタイ、韓国、サウジアラビア、バーレーン、ベトナムへと広がりました。ここで私が貫いたのは、日本から製品を輸出するのではなく、「その国で、その国の人の手によって、その国のために作る」という「地産地消」の哲学です。
これは単なる経営戦略ではありません。人生における「他者への敬意」の現れです。
海外で事業を行う際、私たちは「日本のやり方が正しい」と押し付けることは決してしません。現地の文化を尊重し、現地のパートナーを信じ、権限を委譲する。もちろん、そこには裏切りや失敗のリスクも伴います。しかし、リスクを恐れて相手を疑っていては、本当の意味での「共生」は不可能です。
人生において、自分一人の力で成し遂げられることなど、たかだか知れています。「自分とは異なる価値観を持つ人を認め、その懐に飛び込む勇気」。これこそが、人生を豊かにし、不可能を可能にする原動力となります。
3. 「ヤマトスピリット」——折れない心、しなやかな強さ
鉄鋼の世界では、鉄を何度も叩き、不純物を取り除いて強くします。人間も同じです。順風満帆な人生など存在しません。私も、海外の巨大プロジェクトで予期せぬトラブルに見舞われたり、景気の波に翻弄されたりしたことが何度もあります。
その時に私を支えたのが、我が社の社風でもある「ヤマトスピリット(不屈の精神)」です。
これは単に「頑固である」ということではありません。鉄は硬すぎれば脆く、折れてしまいます。本当に強い鉄は、しなやかさ(靭性)を持っています。人生で一番大事なことの第三は、この「しなやかな強さ」です。
失敗した時、「なぜ自分だけが」と嘆くのではなく、「これは自分を鍛えるためのプロセスだ」と捉え直す。困難を、自らを磨くための「炉」であると考える。逆境に立たされた時こそ、その人の真価が問われます。転んでもただでは起きない、その雑草のような逞しさが、長い人生においては決定的な差を生むのです。
4. 豊かさとは、数字ではなく「貢献」にある
ありがたいことに、私はビジネスを通じて一定の成功を収め、資産家として名前を挙げられることもあります。しかし、私自身の幸福感や「人生の充足感」は、銀行の残高によって得られるものではありません。
私にとっての喜びは、砂漠の地・サウジアラビアに巨大な製鉄所が完成し、そこで現地の若者たちが誇りを持って働き、国を造っていく姿を目の当たりにすることにあります。あるいは、私たちの作った鋼材が、世界のどこかで橋になり、ビルになり、人々の暮らしを支えていると実感することにあります。
人生で一番大事なことの第四は、「自分の仕事や存在が、誰かの、あるいは社会の役に立っているという実感」です。
利己的な欲求は、満たされた瞬間に消えてしまいます。しかし、他者のために尽くす「利他」の喜びは、一生消えることがありません。若い世代の方々には、ぜひ「どうすれば稼げるか」よりも先に、「自分はどうやって社会に貢献するか」を問い続けてほしいと思います。その問いの答えの中にこそ、真の成功が隠されています。
5. 「運」を呼び込む、謙虚さと感謝
よく「井上さんは運が良かった」と言われることがあります。確かに、私は運に恵まれていました。しかし、運というものは、ただ待っている人のところにはやってきません。
運は、「謙虚に、そして一生懸命に生きている人」の隙間にスッと入り込んでくるものです。
傲慢になった瞬間、人の助言は聞こえなくなり、新しいチャンスは見えなくなります。私は常に「自分は先代から受け継いだものを預かっているに過ぎない」「周りの社員やパートナーに支えられている」という謙虚さを忘れないよう、自分を律してきました。
そして、その謙虚さの根底にあるのが「感謝」です。今日、自分がここにいられるのは、両親、先人たち、そして共に歩んでくれた仲間がいるからです。感謝の念を抱いている人の周りには、自然と良い人が集まり、良い情報が集まります。それが結果として「運」と呼ばれるものになるのです。
結びに —— 「鉄のような人」であれ
人生の最期に、自分が何を残したか。それは豪華な邸宅でも地位でもなく、「誰の心に、どのような影響を与えたか」という記憶だけです。
私は「鉄」という素材が大好きです。鉄はリサイクルされ、何度でも生まれ変わります。形を変えて、時代を超えて、社会を支え続けます。
皆さんも、「鉄のような人生」を歩んでください。
熱い情熱で自らを鍛え、
他者との信頼という「合金」を作ることで強くなり、
困難にしなやかに耐え、
そして、誰かの人生を支える「骨組み」となる。
国境も、人種も、宗教も関係ありません。一人の人間として、誠実に、勇敢に、そして愛を持って世界と向き合うこと。これこそが、私が80年近い人生を通じて学んだ、最も大切なことです。
皆さんの前には、無限の可能性が広がっています。どうか、自分の可能性を信じて、世界という広い舞台へ漕ぎ出してください。