こんにちは、アナベル・セルドーフです。

ニューヨークの私のスタジオで、窓から差し込む光の角度が変わるのを眺めながら、あなたの問いについて考えています。「人生で一番大事なことは何か」という問いは、私たちが建築を設計する際に投げかける「この空間が果たすべき真の目的は何か」という問いと、驚くほど似ています。

建築家としての私の仕事は、単に壁を立て、屋根を架けることではありません。それは、人々の営みが紡がれるための「器」を造ることです。30年以上にわたって建築と向き合い、数多くの美術館、ギャラリー、そして住宅を設計してきた中で、私が行き着いた人生の哲学をお話ししましょう。

私にとって、人生で最も大切なこと。それは「静寂の中にある誠実さを追求し、他者との対話を深めるための場所(スペース)を守り続けること」です。


1. 静寂と「控えめな自信」:本質を見極める

現代社会は、あまりにも多くの情報と、自己主張の強いデザインに溢れています。しかし、私が建築において、そして人生において最も価値を置くのは「静寂(Quietness)」です。

これは決して、音がないことや無個性であることを意味しません。むしろ、「自分は何者であり、何が必要でないか」を明確に理解していることから来る、揺るぎない自信のことです。

建築の世界では、建築家のエゴが前面に出た、彫刻的で派手な建物が注目を浴びがちです。しかし、私はそうした手法を好みません。私の設計する空間が「控えめな自信(Quiet Confidence)」と評されるのは、建物そのものが主役になるのではなく、そこに展示されるアートや、そこで過ごす人々が主役になることを意図しているからです。

人生も同じではないでしょうか。自分を飾り立て、周囲の目を引くことに躍起になるよりも、自分の内側にある本質を磨き、余計なものを削ぎ落としていく。そのプロセスの中にこそ、真の豊かさがあります。「Less is more」という言葉がありますが、それは単なるミニマリズムではなく、本質に集中するために「雑音を排除する」という強い意志なのです。

2. 文脈(コンテクスト)への敬意:歴史と現代の対話

私はドイツのケルンで、建築家の父のもとに生まれました。古い石畳の街並みと、戦後のモダニズムが共存する環境で育ったことは、私の感性に大きな影響を与えました。ニューヨークに渡ってからも、私は常に「過去と現在をどう繋ぐか」を考えてきました。

人生において大切なことの二つ目は、「自分が立っている場所の文脈を理解し、敬意を払うこと」です。

例えば、ニューヨークのフリック・コレクションやロンドンのナショナル・ギャラリーの改修に携わるとき、私は既存の建物の歴史的な重みを深く掘り下げます。過去の建築家たちが何を考え、どのような素材を選んだのか。それを無視して自分のスタイルを押し付けるのは、傲慢でしかありません。

私たちの人生も、決して真空の中で営まれているわけではありません。家族の歴史、地域の文化、先人たちが築き上げてきた知恵。そうした「文脈」の上に私たちは立っています。新しいものを生み出そうとするとき、あるいは自分の人生を切り拓こうとするとき、足元にある土壌への敬意を忘れてはなりません。過去を否定するのではなく、それを現代の感覚で再解釈し、未来へと繋いでいく。 その「対話」の姿勢こそが、人生に深みと継続性をもたらすのです。

3. 誠実さという名のマテリアル:品質とディテールへのこだわり

建築において、素材(マテリアル)は嘘をつきません。コンクリート、レンガ、木材、ガラス。それぞれの素材が持つ特性を理解し、正しく使うことが、建物の誠実さ(Integrity)に繋がります。

私が設計において最も神経を研ぎ澄ませるのは、ディテールです。階段の手すりの感触、窓枠の細さ、床と壁が接する部分の処理。一見すると気づかないような細部に、その建築の品格が宿ります。

人生においても、「細部への誠実さ」は欠かせません。日々の仕事の進め方、言葉の選び方、身近な人への接し方。そうした小さな積み重ねが、あなたの人生という大きな建築物のクオリティを決定します。

誰にも見られない場所だからといって手を抜くのではなく、自分自身の規律として「質の高い仕事」を追求すること。真のラグジュアリーとは、豪華な装飾のことではなく、空間、光、そして素材の比率が完璧に調和している状態を指します。 人生におけるラグジュアリーも同様に、高価な所有物ではなく、自分の信念に基づいた「質の高い時間」を過ごせているかどうかにかかっているのです。

4. スペース(空間)を作る:人間性の回復

建築家としての最大の使命は、人々が「人間らしくいられる場所」を提供することです。特に美術館の設計では、アートと鑑賞者の間に「親密な関係(Intimacy)」が生まれるような空間作りを心掛けています。

現代の私たちは、時間に追われ、デジタルな繋がりに拘束され、自分自身と向き合うための「スペース」を失いつつあります。しかし、人間が創造性を発揮し、精神的な安らぎを得るためには、物理的な空間だけでなく、精神的な「余白」が必要です。

人生で一番大事なことは、この「余白を守り抜くこと」かもしれません。

何もしない時間、光の移ろいを眺める時間、一つのアート作品の前で立ち止まる時間。そうした効率性とは無縁の時間が、私たちの心を豊かにし、他者への想像力を養います。私が設計する建物が、自然光をふんだんに取り入れ、透明感を重視するのは、そこを訪れる人々が自分自身を解放し、世界との繋がりを再確認してほしいと願っているからです。

5. 変化を受け入れ、永続性を築く

建築は、完成した瞬間から変化し始めます。素材は風化し、周囲の環境は変わり、建物を使う人々も入れ替わります。私は、完成した時がピークであるような建築ではなく、「美しく歳を重ねる(Aging Gracefully)建築」を目指しています。

人生もまた、絶え間ない変化の連続です。キャリアの浮き沈み、個人的な喪失、社会状況の変化。そうした荒波の中で、何に固執し、何を柔軟に変えていくべきか。

大事なのは、「変わらない核を持ちながら、変化に対してオープンであること」です。

私が手がけるリサイクル施設(サンセット・パーク素材回収施設)のプロジェクトでは、機能性を追求しながらも、それが地域社会にとっての誇りとなり、持続可能な未来の象徴となるようなデザインを目指しました。インダストリアルな目的を持つ場所であっても、そこには尊厳と美しさが必要です。

私たちの人生も、日々のルーチンや義務(=機能)に追われるだけでなく、そこに「美意識」と「長期的視点」を持ち込むべきです。今日一日の成功だけでなく、10年後、20年後に自分がどのような足跡を残していたいか。「永続性(Permanence)」を意識して生きることは、目先の流行に惑わされないための羅針盤となります。


結論:人生という名の建築

最後にもう一度、問いに戻りましょう。人生で一番大事なことは何か。

それは、「自分という存在の比率(プロポーション)を整え、誠実な素材で、他者を受け入れるための美しい空間を築き続けること」です。

光がなければ建築が成立しないように、希望や情熱がなければ人生は輝きません。しかし、その光を受け止めるための「構造」がしっかりしていなければ、光はただ通り過ぎていくだけです。

  • 自分の本質を見極め、余計な装飾を捨てること(静寂)。
  • 自分のルーツと環境を尊重し、対話を続けること(文脈)。
  • 日々の営みを丁寧に行い、品格を保つこと(誠実さ)。
  • 心に余白を持ち、人間らしさを守ること(空間)。

これらを意識して、あなた自身の人生を設計してください。建築に完成がないように、人生もまた、私たちが息を引き取る瞬間まで続く進行中のプロジェクトです。そのプロセスそのものを、一つの芸術作品として楽しんでください。

私が設計したフリック・コレクションの新しいギャラリーを、いつかあなたが歩く日が来るかもしれません。その時、そこにある静かな光と調和した空間が、私のこの言葉を代弁してくれることを願っています。