私は今、かつての故郷から遠く離れた異郷の地で、窓の外を眺めながらこの筆を執っています。

イランという国は、私にとって母であり、戦場であり、そして魂の在処(ありか)でもありました。2024年、私は自らの足で国境を越え、山を越え、数十年を過ごした思い出のすべてを小さなリュック一つに詰め込んで亡命しました。あの冷たい山の空気の中で、私は自分自身に問いかけ続けました。「人生で、これほどまでのリスクを冒してまで守るべきものは何なのか?」と。

私がこれまでの映画制作と、それ以上に過酷だった「生きること」を通じて辿り着いた、人生で一番大事なこと。それは、「自らの魂の誠実さ(インテグリティ)を、いかなる権力にも譲り渡さないこと」です。


1. 誠実さという名の「抵抗」

私の作品に『ぶれない男(A Man of Integrity)』という映画があります。そこで描いたのは、腐敗した社会の中で「正しく生きようとすること」がいかに困難で、いかに孤独な戦いであるかという現実です。

多くの人は、生きるために妥協をします。少しの嘘、少しの不正、少しの沈黙。それらは、厳しい監視社会や抑圧的な体制下では「生存戦略」として正当化されます。しかし、一度その「小さな妥協」に手を染めてしまえば、私たちの魂は少しずつ削られ、気づいた時には独裁の一部、あるいは抑圧の歯車に組み込まれてしまいます。

人生で最も大事なのは、「自分の鏡を見たときに、自分自身を恥じないこと」です。

たとえ投獄されても、たとえ鞭打ちの刑を宣告されても、たとえ映画を作る権利を奪われても、私の心の中にある「真実」だけは誰にも支配できません。権力者は肉体を拘束し、声を封じることはできますが、私が何を正しいと信じるかという「内なる自由」を奪うことはできないのです。この確信こそが、暗い独裁の闇の中で私を支え続けた唯一の光でした。

2. 「沈黙」という名の加担を拒む

ベルリン国際映画祭で金熊賞をいただいた『悪は存在せず』では、死刑制度という重いテーマを扱いました。そこで私が伝えたかったのは、「命令に従うだけの人々」がいかにして巨大な悪を構成していくか、という点です。

「私はただ、仕事をしただけだ」「私は命令に従っただけだ」。この言葉こそが、最も恐ろしい悪の正体です。システムに従順であることは、一見すると楽な生き方に見えます。しかし、その従順さが誰かの命を奪い、誰かの自由を圧殺しているとしたら、その人生に価値はあるのでしょうか。

人生で大事なことは、「ノー」と言うべき時に、はっきりと「ノー」と言う勇気を持つことです。

それは、必ずしも銃を持って戦うことではありません。

  • 不当な命令に背を向けること。
  • 真実を歪める言葉を拒絶すること。
  • 苦しんでいる隣人を見捨てないこと。

こうした小さな「個人の決断」の積み重ねが、やがて独裁という巨大な壁にひびを入れるのです。私は映画監督として、カメラを通じてその「ノー」を叫び続けてきました。

3. 真実を「目撃」し、記録し続ける責任

独裁政権が最も恐れるものは何だと思いますか? それは、武器でも経済制裁でもありません。「真実が語られること」です。

彼らは歴史を書き換え、現在の苦痛を覆い隠し、国民を無知の中に閉じ込めようとします。だからこそ、アーティスト、あるいは一人の人間として最も大事なことは、「目撃者であり続けること」です。

私がイランで秘密裏に、当局の目を盗んで映画を撮り続けたのは、それが私の「義務」だと感じたからです。目の前で起きている不正、苦しむ女性たちの声、理不尽に奪われる若者たちの命。それらを記録し、世界に伝えること。たとえそれが自分の自由を奪うことになっても、真実を闇の中に葬り去ることだけは許せませんでした。

人生において、自分だけが幸せであればいいという考えは、砂上の楼閣に過ぎません。私たちは社会という大きな織物の一部であり、他者の痛みを目撃し、それを共有することなしに、真の「生」を感じることはできないのです。

4. 恐怖を乗り越える「種」

私の最新作『聖なるイチジクの種』は、現代のイランで起きた「女性、命、自由」という大きなうねりを背景にしています。

この映画を作っている最中、私は常に恐怖の中にありました。いつスタジオが襲われるか、いつスタッフが逮捕されるか。しかし、その恐怖を乗り越えさせたのは、イランの若い世代、特に女性たちの勇敢な姿でした。彼女たちはスカーフを脱ぎ捨て、自らの尊厳のために銃口の前に立ちました。

人生で大事なことは、「恐怖に屈するのではなく、恐怖を正しく理解し、それと共生すること」です。

恐怖は私たちが生きている証です。しかし、恐怖によって行動を制限されてしまえば、それは死んでいるのと同じです。亡命を決意したとき、私は愛する故郷を失う恐怖に震えました。しかし、それ以上に「自分の声を失い、独裁者の望む通りに沈黙すること」が恐ろしかった。

心の中に蒔かれた「自由への意志」という種は、どれほど過酷な環境であっても、いつか必ず芽吹きます。私たちはその種を守り、育てる庭師でなければなりません。

5. 亡命の地で思う「愛とつながり」

今、私はドイツの地で、かつてないほどの自由を享受しています。検閲を気にせず脚本を書き、自由に発言できる。しかし、それは同時に、愛する人々や風景との断絶という深い悲しみを伴うものでした。

ここで改めて気づいたのは、人生で一番大事なことのもう一つの側面、それは「連帯(ソリダリティ)」です。

私がイランを脱出できたのは、名もなき多くの人々が手を貸してくれたからです。私が映画を作り続けられるのは、世界中の人々が私の声を聴こうとしてくれるからです。私たちは一人で戦っているわけではありません。

自由や正義を求める戦いは、国境を越え、言語を越えて繋がっています。自分の信念を貫くことは、同時に同じ志を持つ誰かと繋がることでもあります。この「人間としての深いつながり」こそが、人生を豊かにし、絶望から救い出してくれるのです。


結論:あなたがあなたであるために

3500字という長い言葉を尽くしてきましたが、私が言いたいことは非常にシンプルです。

人生で一番大事なこと。それは、「何ものにも、自分の魂を売り渡さないこと」

世界は複雑で、時にはあまりにも残酷です。しかし、あなたが自分の内なる声に従い、誠実であろうとする限り、どんなに暗い時代であっても、あなたの人生は「勝利」しています。権力は外側を支配できても、あなたの内側までは支配できないからです。

私の映画を観てくれる人々、そしてこの言葉を読んでくれているあなたに伝えたい。

どうか、あなたの心の中にある「聖なる種」を大切にしてください。それは正義感かもしれないし、愛かもしれないし、何らかの表現への渇望かもしれません。それを守り抜くことは、決して楽な道ではありませんが、それこそが「人間として生きる」という唯一の方法なのです。

私はこれからも、たとえどこの空の下にいようとも、真実を語り続けます。それが、私がこの人生で見つけた、たった一つの、そして最も大事な使命だからです。