私はアンソニー・D・ロメロです。20年以上にわたり、全米自由人権協会(ACLU)の執行役員として、アメリカ合衆国憲法が約束する「自由」と「正義」を守るための最前線に立ってきました。
私がブロンクスの公営住宅でプエルトリコ系の移民の両親のもとに育ち、今日この場所に至るまでの道のり、そして数々の法廷闘争や政治的激動の中で学んだことを振り返るとき、ひとつの確信にたどり着きます。
「人生で一番大事なこと」とは、自分自身の「人間としての尊厳(Dignity)」を自覚し、それと同じ重さの尊厳を、自分とは全く異なる、あるいは自分が到底同意できない相手の中にも認め、それを守り抜くために行動することです。
これがいかに困難で、かつ不可欠なことか、私の人生と哲学を通じてお話ししましょう。
1. 尊厳の根源:ブロンクスからの旅路
私の価値観の根底にあるのは、両親の姿です。私の父はホテルの配膳係として働き、母は家族を支えるために懸命に働きました。彼らは教育を十分に受けていたわけではありませんが、一人の人間が持つ「尊厳」がいかに大切であるかを、言葉ではなくその生き方で教えてくれました。
移民として、マイノリティとして、社会の周辺に置かれながらも、彼らは決して頭を下げすぎませんでした。彼らの誇りは、富や権力ではなく、自分たちが誠実に生きているという自負から生まれていました。
私がプリンストン大学やスタンフォードのロースクールで学び、エリートと呼ばれる道を歩むことができたのは、彼らが私の中に「お前には権利がある、お前には価値がある」という種を植えてくれたからです。
人生において、まず自分自身が何者であるかを受け入れ、自分のアイデンティティを恥じないこと。私がヒスパニック系として、またゲイの男性として、ACLUのリーダーを務めていることは、単なる多様性の象徴ではありません。それは、私自身の尊厳を守ることが、結果として何百万人もの他者の尊厳を守る力に変わるという証明なのです。
2. 自由とは「居心地の悪さ」を引き受けること
ACLUでの私の仕事は、しばしば人々を困惑させます。私たちは、私たちが愛する人々の権利を守るだけでなく、私たちが「最も嫌悪する人々」の権利をも守るからです。
多くの人が私に尋ねます。「なぜ、ヘイトスピーチを行う者の表現の自由を守るのか?」「なぜ、テロ容疑者の適正手続きを守るのか?」と。
しかし、ここに人生の、そして民主主義の最も重要な真理があります。自由とは、自分にとって都合の良い時だけ行使されるものではありません。 権力が、最も嫌われている人々の権利を剥奪することを許してしまえば、いつかその刃はあなたや、あなたの愛する人々にも向けられることになります。
「人生で一番大事なこと」の核心は、原則(Principle)を便宜(Expediency)よりも優先させる勇気にあります。
- 自分が正しいと信じている時こそ、反対意見を持つ者の話す権利を守ること。
- 社会が恐怖に支配されている時こそ、冷静に法治主義を求めること。
この「居心地の悪さ」を引き受けることこそが、真の意味で自由な人間として生きる道なのです。
3. 「テロとの戦い」から学んだ不変の真理
私がACLUの役員に就任したのは、2001年9月。あの同時多発テロ事件のわずか1週間前でした。その後の数年間、アメリカ社会は未曾有の恐怖に包まれ、多くの人々が「安全のためなら自由をいくらか犠牲にしても構わない」と考えるようになりました。
愛国者法(Patriot Act)が制定され、グアンタナモ基地での拷問や、令状のない監視が横行しました。私はその嵐の真っ只中で、政府を相手に何百もの訴訟を起こしました。
その時痛感したのは、「安全」と「自由」は対立するものではないということです。真の安全は、一人ひとりの権利が守られ、政府の権力が憲法によって抑制されている時にのみ達成されます。
人生においても同様です。私たちはしばしば、将来への不安や恐怖から、自分自身の信念を曲げたり、他者を攻撃したりしてしまいます。しかし、恐怖に基づいた決断は、決してあなたを自由にはしません。 困難な状況にあればあるほど、自分が最も大切にしている価値観——誠実さ、公平さ、他者への敬意——に立ち返らなければなりません。
4. 正義への道は、終わりのないマラソンである
キング牧師の有名な言葉に、「道徳的宇宙の弧は長いが、それは正義に向かって曲がっている」というものがあります。私はこの言葉を愛していますが、同時にひとつの補足を付け加えたいと思います。
「その弧を正義の方へ曲げるためには、私たちが絶えず力を込めて押し続けなければならない」。
人生において、何かを成し遂げることは、一度限りの勝利ではありません。人権も、平等の権利も、一度手に入れたら永遠に安泰というわけではないのです。それは、毎朝目覚めるたびに再確認し、守り続け、次の世代に引き継いでいかなければならないものです。
私は20年以上のキャリアの中で、多くの勝利を収めてきました。結婚の平等が認められた時、刑事司法改革が進んだ時、私たちは祝杯をあげました。しかし同時に、権利が後退する場面も数多く目撃してきました。
ここで大事なのは、「楽観主義」ではなく「希望」を持つことです。
- 楽観主義とは、放っておいても事態は良くなるだろうという受け身の姿勢です。
- 希望とは、現状がどんなに厳しくても、行動することによって状況を変えられると信じる、能動的な意志です。
人生で一番大事なのは、結果がすぐに出なくても、正しいと信じる道を歩み続ける「粘り強さ(Resilience)」です。
5. 他者の痛みに対する「想像力」
最後に、私が最も強調したいのは、「想像力」の重要性です。
ACLUのリーダーとして、私はアメリカ全土のあらゆる人々に出会ってきました。刑務所で不当な扱いを受けている受刑者、国外追放の危機に瀕している移民の家族、差別を受けているLGBTQの若者たち。
彼らの物語は、私の物語ではありません。しかし、想像力を使うことで、私は彼らの痛みを自分のこととして感じることができます。この「共感に基づく想像力」こそが、社会を動かし、法律を変え、世界をより良くするための真の原動力です。
自分と共通点のない誰かの権利のために声を上げること。自分が直接被害を受けていなくても、不正義に対して怒りを感じること。これこそが、人間が持つ最も気高い資質です。
結論:あなたが歴史の筆者となるために
人生で一番大事なこと。それは、「自分自身が、この世界の正義と自由の守護者である」という自覚を持って生きることです。
憲法や法律は、ただの紙に書かれた言葉に過ぎません。それに命を吹き込み、力を持たせるのは、私たち一人ひとりの行動です。あなたが職場で、家庭で、あるいはコミュニティで、誰かの尊厳を守るために小さな勇気を出した時、あなたはアメリカ憲法の精神を具現化しているのです。
私の人生は、ブロンクスの公営住宅から始まり、ワシントンの権力の中枢を相手に戦うまでになりました。その原動力は、常に「すべての人間には平等な尊厳がある」というシンプルな信念でした。
どうか、あなたも自分の中にあるその「尊厳」の炎を絶やさないでください。そして、その光を、今暗闇の中にいる誰かのために照らしてあげてください。
自由は勝ち取るものであり、守り抜くものです。その終わりのない旅を、共に歩んでいきましょう。